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蘇とアイスクリームの話

新型コロナ対策として3月から全国の小中学校の休校措置がとられたことで、学校給食に回される予定だった牛乳が余り、農林水産省や業界団体から消費喚起がされました。その後、4月に入って農林水産省は「プラスワンプロジェクト」を打ち出しました。

これは「4月の業務用生乳の需要は、生クリームを中心に前年同月より5~7割も減る見込み」である一方、生乳生産が4月下旬から6月中旬にピークを迎えるため、この需給ギャップを減らすために〈もう一杯牛乳〉を飲んで欲しい、というプロモーションです。

さて、現在は6月の後半。幸いなことに生乳の廃棄は回避された模様。良かった、良かった、と思っていたのですが、先日那須高原にある『森林ノ牧場』がミルク救助隊というサイトを立ち上げていました。

業務用需要が落ち込むと自社で組合に卸していない牧場は牧場で、調整の苦労があるんですね。

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今の所、まだ廃棄は回避できているようですが、やはり応援したいところ。

蘇の話

ところで応援といえば3月後半から4月にかけて家で『蘇』をつくるのがちょっとした話題になりました。

樋口も4/11に公開されたこちらの動画で使用した蘇のレシピを作成しました。(とは言っても牛乳を煮詰めるだけですが)蘇とは古代の乳製品の一つ。

日本の古代乳製品には醍醐、蘇、酪、乳餅の4つの名前が上がりますが、これらは中国からの影響。醍醐に関しては存在が疑われ、乳餅に関しては『和名紗』という文献以外に登場しないことから明らかではありません。

蘇と酪に関しては複数に名前が現れることから存在が確かなものとされています。蘇はかつて『バターのようなもの』と考えられていました。その根拠となっているのが瀧川政次郎『日本上代の牛乳と乳製品』1939年という論文です。(『日本社会経済史論考』所収)瀧川さんは蘇と酪を同一なもの、と考えています。

一方、1988年に発表された『日本古代における乳製品酪・酥・醍醐等に関する文献的考察』(斉藤)という論文では「多分子層の範囲まで牛乳を濃縮した乳製品」で「牛乳を濃縮率14%にまで加熱濃縮した粒状」と推察しています。それに異論を唱えたのが帯広畜産大学の有賀秀子先生です。有賀さんは箱ではなく、籠にいれて貢納するようにと命じた記述から〈粒ではなく固形状と考えるのが自然〉と指摘し、現在ではこの形が一般的に考えられる『蘇』となっています。

製法としてわかっているのは「牛乳を10分の1にまで煮詰める」というもの。500ccの牛乳から50ccの蘇がとれる計算になりますが、現在の牛乳の乳固形分は12.6%なので「これは無理」です。牛の種類も餌も違いますから、当時の牛乳は現在のものとは違い、もっと濃度が薄かったのでしょう。

材料
牛乳 成分無調整 500cc

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26cmのフライパンに牛乳500ccを注ぎ、中火にかけます。沸騰してきたら吹きこぼれない程度に火を弱めますが、弱火にしすぎると水分が蒸発しないので注意。

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20分くらい経つと牛乳が凝固しはじめるので、ゴムベラでかき混ぜます。鍋のフチに凝固した牛乳がこびりつきやすいので注意。はがすようにして煮詰めていきます。ある程度、強い火で煮詰めたほうがメイラード反応が進むので、色が濃く、風味もよくなります。

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45分くらい加熱を続けると、ゴムベラでなぞったときに鍋底が見えるくらいまで凝固してきます。さらに鍋底にくっついた牛乳を剥がすように混ぜ、団子状にまとまるくらいまで煮詰めます。

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この状態になったらラップなどで丸めて冷蔵庫で一晩冷やします。出来上がりの目安重量は70g〜80gのあいだ。軽量すれば失敗なし。

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一晩寝かすと色が多少濃くなり、味も落ち着きます。

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ラップでしっかりとくるみ、ソーセージ状に成形します。四角くしてもいいのですが、丸いのが楽。冷蔵庫で保存しますが、ラップをかけずに冷蔵庫に入れておき、少し乾燥させたほうが長持ちします。この状態だとちょっと水分が多すぎるのです。

この点を考えると論文で粒状か、固形状か、という論争がありましたが、粒状というのも考えられるとは思います。蘇は献上してから消費されるまで四ヶ月の時間があるのですが、乾燥させる工程を踏まないと保存が利かないですよね。冷蔵庫がない時代、乾燥させるには粒状のほうが具合がいいのではないでしょうか?

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食べ方ですが、チーズのように削ってサラダや魚料理にかけるのがおすすめです。動画で紹介した食べ方はアイスクリームにかけること。乳糖の甘さを感じさせる濃縮味が加わることで普通のアイスクリームがぐっとおいしくなるはず。乳製品同士をかけあわせると相乗効果でおいしくなります。

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ラクトアイスにかけました。なぜラクトアイスを選択したか、というと原材料に脱脂粉乳を使っているからです。バターの消費が伸びると余るのがこの脱脂粉乳。逆に言うと脱脂粉乳が余るのでバターを増産するのは難しい、ということ。

農水省は5月から「生乳をハードチーズや全脂粉乳に仕向けるための助成」を出し、全農とともに生乳廃棄に向けて難しい舵取りをしていますが、チーズをつくればホエー(乳清)が余ります。では、このホエーはなにに使うのか。このように考えていくと、なかなか牛乳、乳製品の需要と供給の均衡を計るのは難しいものだとわかります。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!