ほんだしのテクニック
うま味調味料についての記事で「うま味調味料は出汁ではない」と書きました。そのときに紹介したのが即席だし。業界的には『風味調味料』と呼ばれているジャンルです。日本農林規格では「調味料(アミノ酸等)及び風味原料に砂糖類、食塩等(香辛料を除く。)を加え、乾燥し、粉末状、か粒状等にしたものであつて、調理の際風味原料の香り及び味を付与するものをいう」と定義されています。
日本で最もポピュラーな即席だしは味の素社が販売している『ほんだし』です。発売は大阪万博が開催された1970年。発売から五年でシェアの40%を獲得し、2018年決算の資料の情報ではシェア58%と圧倒的。ある大学で平成18年に行われた調査(「大学生の味覚感受性(特にうま味)と食習慣について」)によると顆粒だしを使っている家庭は全体の52.2%とのこと。もちろん、ほんだし以外にも顆粒だしの製品はたくさんありますが、顆粒だしが日本の家庭の味を作ったと言っても過言ではありません。
出汁に必要な要素は「香り」「コク」「うま味」の3つ。味の素にはもともとコクとうま味の技術はありましたが、香りの研究では苦労したようです。ちなみにこんぶだしの発売は2008年と結構最近。しかし、スーパーの棚に商品としてラインナップされると強いインパクトがありますね。
ほんだしはうま味調味料とは違い、砂糖や食塩、鰹節などの風味原料の味+うま味で構成されています。塩がすでに入っているので味付けには若干の注意が必要です。うま味を支えているのはほとんど場合「酵母エキス」という原料です。うま味の塊である酵母エキスについては別の記事で追って紹介します。余談ですが、有名な茅の舎の出汁なんかは酵母エキスの使い方が非常に巧みで、香りは天然原料、うま味は酵母エキスという具合に構成していることが推測できます。
さて、味噌12gをお湯150ccで溶いた湯溶き味噌を用意しました。そのままでもなかなか美味しいのですが、ご飯のおかずにするにはやや物足りない、と思う方もいるかもしれません。
そこにほんだしを0.3g足すと途端に「味噌汁らしい」味になります。おそらく多くの人にこの二種類を食べ比べてもらえば、大多数の人がほんだし入りの味噌汁を支持する結果になるでしょう。うま味調味料を入れてもこうはならないのは、うま味調味料には「香り」がないからですし、出汁らしい雑味もないから。こうして考えると料理のおいしさを決める要素として香りや雑味の重要性がわかります。
さて、ほんだしのパッケージには300ccにスティック1/4本(2g)という表記があります。
パッケージ表記に従って300ccに2gの顆粒だしを溶かしました。
ここからは個人的な嗜好の話になってしまいますが「ちょっと濃いかな」という味です。原価的なこともありますし、水600ccにたいして2gで充分な気がします。やはり、うま味調味料と同じく〈使いすぎには注意〉というのは強調しておいていいか、と思います。
少量ずつ使ったほうがいいのですが、問題は使い残しの扱い。この風味調味料、うま味調味料と違い、湿気に弱いのが弱点です。湿気を吸湿するために砂糖が入っているのですが(デキストリンを入れる場合もあります)保存には注意が必要です。袋の口をしっかりと閉じて、湿気の少ないところで保管してください。
さて、出来上がった出汁ですがやや濁っていますね。これは鰹節の粉が漂っているため。
すまし汁やお茶漬け、餡にする場合は濁っているとよくないので網ですくうと澄んだ仕上がりになります。
これがまずテクニック1「濾せば澄んだ仕上がりに」です。
より完璧を求めるのであればはじめからお茶などを入れる際に使う不織布のパックに入れてしまうという手もあります。
沸騰したところにパックを入れて、火を止めて置きます。
お玉で積極的に溶かしても大丈夫です。ご覧通り、完璧に澄んだ仕上がりになりました。味噌汁や煮物などに使う場合には不要なので、こういうテクニックは頭の片隅に入れておいてください。
ほんだしの汁を味見をしてみると頬袋の内側にグーと広がるようなうま味は充分に感じますが、昆布と鰹節からとった出汁のようなおいしさは感じないかもしれません。最初に述べた通り料理には「香り」が重要だからです。「香り」は顆粒だしのもう一つの弱点です。顆粒状にする関係で香り成分の多くが失われてしまうこと、やはり香りを出すほどの原料を使うと原価がかかってしまうからでしょう。
それをカバーするのが2つ目のテクニック「ほんだし+追い鰹」です。ほんだし2gを600ccの湯に溶き、沸騰させたところに鰹節のパック2g(本枯節を使ってもかまいませんが)を投入し、火を止めました。
ざーと濾します。
濾しているので澄んだ仕上がりになります。
単体で味わうのならともかく、料理に使ってしまえばほんだしを使っているとなかなかわからないのではないでしょうか。個人的にはほんだしは他社の製品と比べると風味原料の味は薄く、単純に旨味に特化した製品だと思います。
なので通常の出汁をとる際に少量を隠し味として使う、という使い方もおすすめです。
鰹節を濾すのが面倒、という場合には鰹節粉を使う方法もあります。
お椀に鰹節粉を入れておき、熱い汁を注ぐと香りが立ちます。味噌汁に入れるのであれば鰹節粉は気にならないはず。作ってから時間が経過すると香り成分はどんどん揮発していきますが、それを補う意味もあります。
本物の鰹節を入れたり、濾したりしたら手間は一緒やん、という意見もあるかとは思いますが、いずれにせよ顆粒だしは香りが弱め。なので、煮物などに使う場合は半量を先に入れ、残りの半量を後から足したほうがおいしくできます。これが三番目のテクニック「後入れで香りを強調」です。豚汁なんかをつくるときにも二回にわけて入れたほうがおいしくできます。
最後のテクニックは加熱をギリギリまで控えて、香りを生かす方法です。というのもこのほんだし、水に溶けるという特徴があります。そこで水にほんだしを溶かし、味噌を溶きます。清潔なボウルや泡立て器を使ってください。
この状態で冷蔵庫でストックします。具材を入れると痛みやすくなるので、なにもいれないのがコツ。中途半端に温度を上げていないので、3〜4日は楽に日持ちします。
あとは食べる分だけ加熱します。ここではじめて加熱するので香りが揮発する心配はありません。
その代わり、具材はすぐに火が入るものを選んでください。最近は味噌汁の具の乾燥ミックスが市販されているのでそれを使うのが楽だと思います。
この手法は大量に味噌汁を提供するお店で使われているテクニックですが、家庭でも家族それぞれの夕飯の時間が違う、という場合にも応用できると思います。味噌汁をまとめて作り置きしておけば後は買ってきた惣菜でもなんとかなる、というわけ。
次に新顔のほんだしのこんぶだしです。こんぶだしは他社がすでに製品を市場に投入しているのでなかなか難しいと思ったのですが、案外定着しているようですね。北海道産の真昆布使用とあります。昆布だしも使い方としてはほんだしと同じ。使用量はお湯600ccにスティック1/4本(4g)とありますが、これは使いすぎ。半量で充分です。味の素のこんぶだしは昆布の香りが弱めでうま味しかない印象なので、鍋物のベースに使うときも昆布をひとかけら足すとおいしくなります。
注目すべき点は原材料表記の塩化カリウムという表記。前回の記事で論文から「グルタミン酸ナトリウム以外にもナトリウムとカリウムの関与」という記述を引用しましたが、まさにこれです。塩化カリウムを添加することでより昆布らしい味を強調しているわけですね。
前回紹介した水をスプレーする手法を昆布だしに応用すると簡易的な昆布じめとして使えます。水200ccに塩6g、昆布だし1gを溶かした液体を準備しておき、スプレーして冷蔵庫で寝かせるだけです。昆布じめの場合、昆布のロスが出るので、単価が高くなってしまいますが、この手法を使えば無駄が抑えられます。とにかく昆布が穫れない時代──近い将来絶滅するのでは、と言われていますが、今後さらに昆布の価格は上がっていくと思います。そうしたなかでお店でも家庭でもこうした風味調味料は存在感を増していくのではないでしょうか。