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おいしい焼き魚は餃子方式でつくる!

noteで人気の料理家、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的「おいしい料理」のつくり方。5回目のテーマは「焼き魚」です。
定番の「鮭の塩焼き」を例に、フライパンで“身はふっくらと、皮はこんがりと”おいしく仕上げるコツをご紹介します。

ゴミを捨てるのが大変、調理が面倒などの理由で、家庭では敬遠されがちの魚料理。しかし、魚料理がおいしくつくれれば、生活のクオリティは向上します。というわけで今日のテーマは魚料理。なかでも今日はシンプルな「焼き魚」を解説します。

まず、『調理が面倒』というのは昔からある意見。しかし、イメージに反して魚を料理すること自体は簡単です。

肉と魚ではタンパク質の構成が異なります。陸上で生きる動物は自分の体重を筋肉で支えなくていけませんが、水のなかで生きている魚は浮力のお陰で、その必要がないからです。そのため、筋肉が弱い=やわらかいので、生で食べられるのです。魚は肉と比べるとタンパク質の変性温度も低く、短時間の加熱で済みます。結果的に調理時間は短くなるので、手軽に調理できるのです。

次に解決するべきはゴミの処理。最近、スーパーなどでは「ゴミ回収日の前日しか魚が売れない」と言われていますが、たしかに一匹の魚を買うとどうしても内臓などの生ゴミが出ます。

解決策は「切り身」を買うこと。「切り身」はお魚屋さんや鮮魚担当者がきっちりと下処理を済ませてくれたものです。購入して、家に帰れば、すぐに調理にとりかかれますし、ゴミもほとんど出ません。

もちろん、魚は切った瞬間から鮮度が落ちていきます。魚屋さんでおろしてもらうのが理想的です。頭や中骨の料理は慣れてきたら挑戦することにして「三枚おろしにして、適当な大きさの切り身にしてください。頭と中骨はいりません」と頼めば、可食部位だけをパックにしてくれます。

魚は氷水に沈めて保存する

魚を扱う時に気をつける点は保存温度。購入してきた魚はキッチンペーパーで水分をふき取ってからラップで包み、冷蔵庫のチルド室に保存します。

無理を承知で理想をいえば空気を抜いたビニール袋に入れ、氷水に沈めた状態で冷蔵庫に入れるのがベターです。普通、食品を保存する場合は冷蔵庫に入れるだけで充分ですが、魚だけは例外。冷たい水のなかで生きる魚はそうした環境に適応した酵素を持っており、冷蔵庫の温度ではその酵素が活発に活動してしまうのです。

マギーキッチンサイエンスによると、魚を氷温(0℃)で保存すると、冷蔵庫(5℃〜7℃)で保存するよりも2倍(魚の種類によって異なりますが、1週間〜3週間は食用できる)長持ちするとのこと。

氷水に沈めた状態で冷蔵庫に保存する場合は、一日一回、溶けた分の氷を足すだけで氷温(0℃)を維持できます。もちろん、悪くなる前に食べてしまいましょう。

とれたての魚には匂いがありませんが、時間を置くと酵素によってタンパク質が分解し、生臭みの原因であるトリメチルアミンという物質が生成されます。筋肉に増えたこの物質は対処できませんが、表面のぬめりに雑菌が増えることで生じる生臭みであれば洗うことで物理的に対処できます。また、トリメチルアミンはアルカリ性なので、酸性の物質で中和できます。魚料理にはレモンやスダチが添えてあることが多いのはこのためですが、調理する前に生臭みを感じたらレモン汁か酢で表面をさっとすすぐと効果があります。

知っておきたい3種類の加熱方法

昔から魚を焼くときのコツは「強火の遠火」といわれています。これは魚を七輪の炭火で焼いていた時代の言葉で、炭火の強い火で、しかもある程度距離を離して焼くといい、という教えです。

どういうことでしょうか? 炭火に近づけて焼くと、中まで火が通るより先に表面が焦げてしまいます。そこで、火から距離をおく=遠火にすることで、放射熱の範囲を広げ、全体を均一に加熱するのです。

弱い火で魚に焦げ目がつくまで焼くと時間がかかるので、結果的に水分が蒸発し、パサパサになってしまいます。そこで焦がさないようにしつつ、強火で短時間に焼く必要があり、それには炭火の放射熱が最適なのです。

ここまでの文章で何度か〈放射熱〉という単語が出てきました。中学校の理科の時間に習う加熱原理は他の料理を考察する際にも関係してくるので、ここで復習しておきましょう。

加熱には『熱伝導』『対流』『放射』の3種類があります。

『熱伝導』
レンガを火にかけると、まず外側の部分が熱くなり、その熱は次第に内側に伝わっていきます。これが熱伝導です。前回の目玉焼きのように、フライパンの熱を卵に伝える形も『熱伝導』による加熱です。

料理で重要なのは材料の一番冷たい部分が、望む温度に上がるまでどれくらい時間がかかるか、ということ。要点だけ書いておくと『調理時間は食材の大きさの2乗に比例』します。つまり、食材の厚さが2倍になれば調理時間は4倍に、3倍になれば調理時間は9倍かかるのです。

『対流』
例えばジャガイモと水を鍋に入れ、火にかけると、底で熱くなった部分の水が上昇しながら熱を伝え、ジャガイモを加熱していきます。これが『対流』による加熱です。対流によって熱が伝わればあとは熱伝導による加熱と同じなので調理時間は同様に大きさに比例します。

対流する流体は水に限らず、空気であればオーブンでの加熱になります。ファン付きのオーブン(コンベクション・オーブン)なら、対流がより進むので、より早く加熱できるでしょう。

『放射』
日向ぼっこをしていると身体がじんわりと温かくなるのは、太陽から放射される熱を身体が吸収しているから。これが『放射』による加熱です。

熱はあらゆる物質から放射されています。運動をしてきたばかりの人の近くに立つと、なんとなく熱く感じますね? それはその人から熱線=赤外線が放射されているからです。温度が低い物質が放射する赤外線の量は少なく、温度が高い物質ほど多くの赤外線を放射します。

こちらも放射された熱を吸収してからは熱伝導と同じ。しかし、放射──例えば炭火での加熱の魅力は、高火力にあります。高温、短時間で火を入れることで、表面を焦がしつつ、内側に水分を残すことができるのです。

最近、一般的に使われるようになった魚焼きグリルは、これを再現したもので、七輪に比べても熱が届く範囲がさらに広く、均一になっており、特に両面焼きグリルは優れものです。

さて、加熱原理を復習したところで実際に魚を焼いてみましょう。炭で焼くのが一番ですが、家庭では不可能。さらに、魚焼きグリルも家にない、という声も聞くので、今日はフライパンでおいしい焼き魚をつくるコツを紹介します。

身はふっくらと、皮はこんがりと

鮭の塩焼き

材料(1人前)
鮭の切り身(甘塩) 1切れ
日本酒 大さじ1

* 鮭の種類
白鮭、銀鮭、紅鮭など様々な種類があり、白鮭のなかでも秋が旬の秋鮭(アキアジ)、春の時鮭(トキシラズ)など様々な呼び方があります。脂の量などで好みがわかれるので、スーパーの鮮魚売り場やお魚屋さんに好みを伝えて相談するのが一番です。

注意したいのは『甘塩』や『中辛』『辛口』という表示。この表示がある場合はあらかじめ塩をしてある(=塩鮭)ので、味付けする必要はありません。普通の焼き魚には『甘塩』を、おにぎりの具にする場合は『中辛』という具合に選びましょう。今回は『甘塩』を使いましたが、生の鮭を使う場合は1%重量の塩を振って、20分ほど置き、表面に出てきた水気をペーパーでふき取ってから焼きます。

* 塩の働き
塩には適度な塩気を与える以外に、魚の肉質を変化させる働きもあります。塩を振ることでタンパク質の一部が溶け、身質がしっかりするので、焼くときに扱いやすくなります。ふっくら感を優先するなら塩を振ってすぐに焼きますが、焼き魚の場合は扱いやすさを優先して、塩を先に振っておくのがベターです。

1.テフロン加工フライパンに皮目を下にして魚を入れ、日本酒大さじ1を注ぎ、蓋をして、弱火にかける。

* 秘密兵器は日本酒
熱伝導によるフライパンの加熱では、全体を加熱することができません。そこでここでは日本酒を加えて蓋をしながら加熱することで、充満する水蒸気によって全体を加熱していきます。

つまり、この加熱方法は『熱伝導』と『対流』の組み合わせ。水蒸気による加熱は100℃を超さないので、火が通り過ぎるリスクも低く、さらに水は空気よりも早く熱を伝えるので、加熱時間も短くできます。また、蒸気のおかげでパサパサになることもありません。

おいしさの理由は日本酒を使う点にもあります。水でも同様に水蒸気で加熱できますが、日本酒を使うことで、様々な効果が期待できます。

まず酒のエキス分によって味と香りがつくでしょう。次にアルコールが浸透することで食材組織が軟化し、火が通った後もしっとり感が残ります。また、酒を加熱することで魚の生くささをマスキング(臭みの成分を覆って人に感じさせなくさせる効果)することができます。

2.火加減によっても異なりますが、8分〜10分でフライパンから水気がなくなるはずです。蓋をとって、中の状態を確認しましょう。裏返して皮目の焦げをたしかめます。

* 魚の皮
魚を焼くのが難しいのは皮と身という2つの異なる素材に火を入れる必要があるから。ちょうど前回の目玉焼きの場合に考えた白身と黄身と同じですね。

魚は皮をつけたまま加熱をするのが鉄則。皮が緩衝材となって、身に火が入りすぎるのを防いでくれるからです。もしも、皮が焦げてしまったら……簡単に剥がれるので、食べるのを諦めればいいだけなので、皮を味方につけて上手に加熱しましょう。

3.フライパンの底に水分がなければ鍋肌の温度は上昇を続けるので、火加減は弱火のまま。身の方は蒸気によって火が入っているので、焼かなくても大丈夫。火が通ったかたしかめて、もしも生っぽい状態なら、身から数分間加熱します。

* 仕上がりの目安
火の通り具合をたしかめるには温度計を使うのが確実で、63℃以上であれば大丈夫。温度計がない場合には一部を剥がしてみるのが簡単です。火が通った魚の身はフレーク状になるので、写真のように身が剥がれたらOK。

お皿に盛れば出来上がり。炊きたての白いご飯と焼き鮭の組み合わせは最高。好みで大根おろしと醤油を添えてもいいでしょう。

水分で表面を加熱し、皮面を焦がすこの調理法(焼き餃子方式とでも言いましょうか)で加熱すると身はふっくらと、皮はこんがりと風味良く仕上がります。この調理法は身が厚い魚であれば鮭以外にも応用が利きます。

もしも、皮目が焦げてしまったら、それは長く焼きすぎたか、火が強すぎた場合。次回は焼き時間を短くするか、火を弱めればいいでしょう。身が崩れて、パサパサになってしまったら、焼きすぎ。次回は焼き時間を短くするか、厚い切り身を使いましょう。

加熱方法を組みあわせることで、お店で食べる炭火焼きにも負けない焼き魚をつくることができます。市販のセラミック焼き網で魚を焼く場合には上に行平なべをかぶせるのがおすすめです。

こうすることで下のセラミックから『放射熱』が伝わるだけでなく、内部の熱が『対流』するので、早く火を入れることができ、魚を上手に焼き上がることができます。(鍋はかなり熱くなるので火傷に注意)

魚離れという言葉もありますが、日本人一人当たり消費量が減っていること以外にも、魚自体の資源量が減っているという問題もあります。その点、養殖の銀鮭などは技術の進化もあって味も良く、適正な資源管理のもとで食べられる魚種なので、安心して食べましょう。

おまけ

noteでスズキのオイル焼きの作り方をご紹介しています。


参考文献

農林水産統計
マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで- ハロルド・マギー著 香西みどり他訳 共立出版
酒と調理 西谷尚道著 日本調理科学会誌 30 -2


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