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どんな肉も最高においしくなる。 低温調理の「肉の教科書」刊行に寄せて

3/8日、グラフィック社より新刊『どんな肉も最高においしくなる。 低温調理の「肉の教科書」』を刊行しました。

低温調理の本の企画自体は2年ほど前からあったのですが、なかなか取りかかれず昨年着手し、ようやく刊行の運びになりました。低温調理のレシピが31品+αを掲載しています。

僕がはじめて低温調理(真空調理)に触れたのは入学した服部栄養専門学校でのこと。服部栄養専門学校は1989年に日本ではじめて真空調理の講習会を開いた経緯があり、真空調理についての授業がありました。たしか鴨肉を真空調理し、わさび醤油をつけて食べた記憶があります。当時は『新しい』印象で、機材の導入に経費がかかるがランニングコストを考えると高くはない、というレストラン向けの調理法という話でしたが、Anovaなどの投げ込み式サーキュレーターが普及したことで、一般家庭でもすっかりお馴染み(?)になりました。業務用のテクニックが普及にともなって導入コストが下がり、一般に広まるという流れですね。

真空調理の基本ステップは

  1. 下ごしらえ

  2. パッケージング

  3. 調理

  4. 仕上げ

の4ステップです。下ごしらえでは食材を1人前に切ることが多く、厚さをできるだけ揃えるなどの工夫が必要になります。パッケージには真空包装機が使われます。

家庭用の真空パック機は安価ですし、使い方もかんたんです。しかし、真空調理をするとき真空包装機は必ずしも必要というわけではなく、ジッパー付きの袋でも充分です。真空包装機より優先順位が高いのは湯煎機です。

湯煎機は様々なメーカーから市販されており、基本的にはどれを使っても問題はありません。安価な湯煎機は温度誤差がある、と指摘する方もいますが、温度計で計り仮に1℃低いのであれば設定温度を1℃上げておけばいいだけです。(通常の場合も目標温度から1℃〜2℃高めに設定しておくのがおすすめです)

最近ではホットクックやインスタントポットなどの電気鍋にも温度調節機能がついているので、それでも問題なく使えます。ホットクックやインスタントポットなどは温度調整がゆるやかなので、食材を入れると温度が下がる瞬間もあります。ただ、温度が変わっても影響を受けるのは肉の外側だけなので、大きな影響はありません。短時間の揺らぎは重要ではなく、大事なのは平均温度が安定していることです。クーラーボックスやシンクでも加熱はできますが、温度を安定させるには機械を買うのがやはり無難。

加熱温度は安全性にも関わってくるので、基本的にはレシピにしたがってください。ちなみに調理時間は厚さによって変わってきます。基本的には調理時間は厚さの2乗に比例するので、厚さが2倍になれば時間は4倍に、3倍になれば9倍になる、という具合です。(殺菌に関わってくる中心温度の保温時間は厚さが変わっても同じです)

低温調理の安全性について、このあたりがよく議論になります。その点についてはこちらのnoteに考え方を記載しているので、参考にしてください。

こちらの本ではリスクが高い内臓肉やジビエなどは除外しましたが、安全性についての配慮はもちろん必要。低温調理における基本的な考え方は「低温殺菌」(パスチャライズ)です。前述の記事にも書きましたが、一応頭に入れておきたい数字がD値です。

『鶏胸肉における 安全かつ重量損失を抑えた 加熱温度帯と加熱時間について』志賀元清他より表引用

D値は菌数が1/10になる時間で、食品衛生の基本的な考え方は特定の微生物を6桁減少させることを目的とするので、 10⁶ (6D レベル)まで加熱する時間を割り出します。例えば鶏むね肉を65℃で加熱する場合、一番熱に耐性があるリステリア・モノサイトゲネスのD値は1.55ですから

1.55×6=9.3分

という加熱時間が計算上割り出せます。低温調理では中心温度が目的まで到達する時間は肉の厚さによって異なり、25mm の厚さの肉は開始 5°C(冷蔵庫から出したて)から 65°Cまで到達させる時間は50~75分です。つまり

50〜75分+9.3分=59分18秒~1時間24分18 秒

という加熱時間が割り出せます。これが60℃の場合 

D値7.12×6(桁)=42.72分

になりますから温度を保温しておくべき時間は30分以上増えますし、温度が低い分中心温度まで達する時間も長くなります。実際にはその後の仕上げ(焼くor煮るor揚げる)を組み合わせることで、安全性は確保できます。豚肉などはE型肝炎ウイルスのリスクもあるので、やはり温度が高めになりますが、実際には高い温度で加熱したほうがおいしいので、その点は問題にならないのです。

強調したいのは低温調理の目的は低温で加熱することではなく、安全性を確保しつつ、もっともおいしくなる温度で加熱することです。この本では主素材+付け合わせ+ソースという提案をしています。

低温調理の「肉の教科書」より写真引用

本には牛ヒレのステーキにブロッコリーのソースを添えた料理を紹介していますが、牛ヒレを豚ロース肉に置き換えてもいいわけです。

ソースと付け合せのパーツをとにかくたくさん紹介しているので、そのあたりを読み取っていただけるとうれしいです。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!