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肉汁たっぷりハンバーグの秘訣は『低温』『肉の鮮度』『塩』

食の博識、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的「おいしい料理」のつくり方。15回目のテーマは『ハンバーグ』。ご紹介するのは樋口直哉流の新レシピ。卵を使わず玉ねぎも炒めない新しい調理法です。思わず唸るようなハンバーグ調理のポイントの数々をぜひご覧ください。

洋食の定番ハンバーグは、みんな大好きなメニュー。しかし、料理をする側からすると、なかなか悩ましい料理です。

まず、ハンバーグ自体がむずかしい料理の部類に入ること。一番の問題は焼き加減の見極めです。ハンバーグには空気が入っているので、火の通りが悪いのです。そのため「焼けた!」と思っても、まだ中は生の状態という失敗も多く、かといって火を通し過ぎると肉汁が失われてしまいます。

また、おいしいハンバーグの定義も様々。一般的なのはふんわり感を強調し、ソースとの一体感を目指した仕上がりで、いわゆる正統派、日本のハンバーグです。「炒め玉ねぎ」「卵」「パン粉」が入り、挽き肉の種類は合い挽き肉が普通。

もう一つの方向性はこのところ台頭してきている肉の味を強調したハンバーグ。こちらはフランス料理で言うところのステーク・アッシェに近く、「卵」や「パン粉」をほとんど入れずに、牛肉100パーセントのかみ応えを味わいます。こだわり派のハンバーグですね。

この二つのハンバーグ。欧風カレーとインドカレーの違いのようなもので、同じ名前がついていても、まったくの別物。人によって好みも分かれます。つまり、誰もが好む完璧なハンバーグは存在しないのです。

「ハンバーグには二つの方向性がある」

という前提を共有いただいたところで、今回、ご紹介する作り方は、この相反するハンバーグの作り方のいいとこどり。家庭用のニュースタンダードになるようなレシピを目指しました。目指すのは正統派日本風のハンバーグのやわらかさを残しつつ、肉の味もしっかりと感じられる仕上がりです。

ハンバーグ

材料(2人前)

合い挽き肉  300g(できれば黒毛和牛の牛挽き肉が入ったもの)
生パン粉   20g
玉ねぎ    100g(1/2個)(できるだけ細かいみじん切り)
バター    大さじ1(室温でやわらかくしておく)
塩      3g(小さじ1/2)
コショウ   少々
ナツメグ   少々(あれば)
日本酒      50cc
ウスターソース  大さじ1と1/2
トマトケチャップ 大さじ2

1.氷水を当てたボウルに、やわらかくしたバター、挽き肉、塩を入れて、粘りが出るまで手で混ぜる。手も冷やしながら練るのが理想。

*肉は練りすぎてはいけない
料理書には「肉をよく練ると成形しやすくなり、あとから玉ねぎや調味料を加えても肉がバラバラにならない」と書かれています。しかし、買ってきた挽き肉を手でまとめれば、練らなくても丸くなりますし、手荒に扱わなければ焼いても崩れたりしません。

実際、ハンバーグは「肉をあまり練らないほうがいい」と主張している人もいます。なんのために肉を練るのでしょうか?

肉に塩を加えて練るとミオシンというタンパク質が溶け出し、これに火を通すと凝固し、ゲル(ゼリーの回を参照)の網目構造をつくります。つまり、肉を練る目的は内部に抱え込む肉汁を増やし、ジューシーな仕上がりにするためです。

網目構造をつくるポイントは『塩』『肉の鮮度』『低温』の三つ。塩は加えればいいので、まず考慮すべきは肉の鮮度です。

鮮度のいい肉を使う必要があるので、挽き肉は信頼できるお店から買いましょう。

戦後に発表されたハンバーグのレシピ(=正統派日本のハンバーグ)の肉種には、ほぼすべて卵が入っています。これは昔、流通していた挽き肉が、鮮度の悪いものばかりだったので、不足した結着力を補うために入れる必要があったからでしょう。

卵を入れると肉だねがやわらかくなり、ふんわり感が出ますが、現在、流通している挽き肉であれば必ずしも卵を使う必要はありません。卵を使わないことで肉の味がしっかり出るからです。

次の「低温」も重要なポイント。肉は温度が15℃を越えると結着力が弱くなっていき、20℃を越えると完全に失われてしまいます。従って、肉を練る時はボウルに氷水を当てるなどして冷やしながら作業を行う必要があるのです。手で練って「粘りが出た!」と思っても、実は脂肪が溶けているだけ、ということも……。

お店では挽き肉を入れたボウルに氷水を当て、さらに手を冷やしながら練っています。手を使うメリットは作業が早いこと。手の攪拌力はかなり強いので、1分も混ぜれば充分に粘りが出ます。

ここでもう一つ、重要なポイントがあります。粘りが出てきたら、練るのはやめましょう。網目構造は保水性を向上させますが、強くなりすぎると加熱した時に縮んで、ちょうどスポンジを絞るように肉汁が流出してしまうので、食感が硬くなります。また、手で練りすぎると肉の粒が潰れてしまい、肉の風味が弱くなるのもデメリット。

低温で肉をよく練り、結着力を充分に高めたソーセージやウインナーを想像してもらうとわかりやすいと思いますが、それらを噛むと肉汁が溢れますよね? 加熱をすることで肉が絞られ、肉汁が出てきているのです。

でも、ソーセージやウインナーの場合は皮があるので、肉汁を内部に留めておけますが、肉が剥き出しの状態のハンバーグは無理なので、粘りが出てきたらすぐに止める必要があるのです。

さて、手ごねハンバーグという表現がありますが、ここまで考えると家庭で少しの量の肉種を練る場合、手を使うのは合理的ではないとわかります。そこで少量であればすりこぎで練るのがオススメです。

すりこぎの場合は3分ほど練れば大丈夫でしょう。手の温度が伝わることがないので、氷水を当てなくても、肉とボウルを冷やしておけば大丈夫です。目安は写真のように肉種がひとまとまりになり、挽き肉のあちこちに小さな角が立った状態です。

2.玉ねぎのみじん切り、パン粉20g、コショウ、ナツメグ少々を加えて、玉ねぎが肉種に馴染むまで混ぜる。

*玉ねぎは生のままか、炒めるべきか問題
肉を練ったところで、副材料を加えます。副材料のまわりではタンパク質の強い結合が起きないので、ふんわりとした仕上がりになるからです。逆に肉の歯ごたえを味わうこだわり派のハンバーグの場合は副材料はあまり入れません。

定番の副材料は肉との相性がいい玉ねぎ。正統派日本風のハンバーグのレシピでは玉ねぎは飴色になるまで炒めて、よく冷やしてから加えるのが普通です。

玉ねぎを炒めるメリットは以下の二つ。

1 玉ねぎを炒めることでコクと甘味が出る
2 水分が抜けるので肉と馴染みやすく、焼いているあいだにハンバーグが割れにくくなる

ですが、今回は生のまま使っています。玉ねぎを生のまま加えると、さっぱりとした仕上がりになるのが特徴。

炒め玉ねぎを入れる場合には一度、炒めてから充分に冷やす、といった手間が必要になりますが、生のままであればそのまま使えるので手軽です。焼いているあいだに玉ねぎから水分が出ますが、パン粉が吸うので問題はありません。(玉ねぎのみじん切りがうまくできない、という方はこちら

パン粉を入れる理由は他にもあります。パン粉は流れ出る肉汁を吸収するので、濃厚な味になるのです。ところで既存のレシピには「パン粉は牛乳に浸す」とありますが、それはパン粉が乾燥しすぎて硬かった時代の話。最近のパン粉であればそのまま加えたほうがいいでしょう。

牛乳に浸してしまうと肉汁を吸う効果がなくなってしまいますが、パン粉+牛乳を混ぜたものをフランス料理の世界ではパナードと言い、ふんわりさせる効果があります。肉汁や脂を吸う効果を期待するのではなく、ふんわりさせたいのであればパン粉と牛乳を混ぜたものを混ぜるのもアリです。ただ、入れすぎるとパンの味が強く出るので量には注意。多くても5%程度に留めましょう。

今回、ナツメグを加えていますが、省略してもまったく問題なし。ただ、ナツメグの甘い香りはハンバーグらしい風味を与えてくれます。腐るものではありませんし、容器ごと冷凍庫に入れておけばかなりの期間、香りも保てます。

3.ハンバーグの種を二つに分け、油を塗った手で厚さ1.5cm〜2cmの平らな楕円形に成形する。

*中心を凹ます必要はなし
肉種を両手でキャッチボールをするようにして成形する「空気抜き」という工程がありますが、このレシピの場合は必要ありません。肉が充分に結着していれば空気が入る余地がないため、省略しても大丈夫。

また、昔のレシピでは「ハンバーグを成形するときは中心を凹ます」と書かれていますが凹まさなくても大きな問題は生じません。凹ます理由は「焼いている最中に中心が膨らんで火が通りにくくなるから」とありますが、実際にはそんな事態は起きないからです。中心が膨らむ理由は肉の縮みで、主に肉種の練りすぎによるもの。ここまでレシピ通りにつくれていれば、中心が膨らんで困るようなことはないでしょう。

それよりも成形する時には表面を滑らかにしておくことが重要です。表面を滑らかにしておくと、さきほど説明したミオシンが膜になって肉汁をとどめてくれます。

4.中火に熱したフライパンにサラダ油小さじ1(分量外)を敷き、肉種を焼きはじめる。まずは片面3分間が目安。

*強火ではなく中火でじわじわと焼く
冒頭にハンバーグを焼くのは難しい、と書きましたが、この焼き方を参考にしていただければ上手に焼けるはずです。理想は表面には焦げ目がつき、なかはしっとりとした焼き上がり。

まず、火加減は中火からはじめます。強火で焼くとタンパク質が急速に収縮し、肉汁が流れ出てしまいます。かといって最初から最後まで弱火で加熱すると、今度は加熱に時間がかかりすぎるので、水分が蒸発してしまい、硬い仕上がりになります。そこでまず中火でスタートして、片面に焼き色をつけます。

焦げ目がついたら裏返します。

5.肉種を裏返したら、火を弱火に落とし、蓋をして3分間加熱する

ハンバーグ自身の水分を利用して、ゆっくりと温度を上げていきます。

6.3分経ったら蓋を開け、日本酒50ccを注ぐ。沸騰してきたらまた蓋をして3分間〜4分間、蒸し焼きにする。

*とどめの加熱は日本酒で蒸し焼きに
ハンバーグの上下には焦げ目がつき、いい感じに焼き上がっていますが、安全のためにはもう少し内部の温度を上げる必要があります。オーブンに入れてもいいのですが、水分を逃さないために加熱を短時間で済ませたいので、空気よりも熱伝導がいい蒸気の力で蒸し焼きにしています。

7.蓋を開けて、火をとめる。5分間、休ませて余熱で火を通す。

火が通った状態のハンバーグは肉汁でパンパンの状態。試しに串を刺しましたが、そこから肉汁が流出しているのがわかりますか? 内部の肉汁が落ち着くまで休ませることが重要で、予熱でさらに火が入ります。このあたりはステーキと同じです。ちなみに串を刺して失われる肉汁は串の穴の周りだけで全体には影響しないので、一回や二回串を刺して火の通り具合をたしかめても問題ありません。

8.ハンバーグを皿に移し、残った日本酒にウスターソース、トマトケチャップを加えて煮詰めて、ソースにする。器に盛り付けて完成。つけ合わせに茹でたブロッコリーやインゲン、缶詰のコーンなどを添える。

フライパンの液体には肉汁と肉のエッセンスが残っています。これをソースに活用しない手はありません。ウスターソースとケチャップを軽く煮立ててソースにしましょう。

今回は合い挽き肉を使っていますが、ハンバーグは牛肉100%でつくるもの、という意見もあります。たしかにできたてであれば牛肉100%でつくったほうがおいしいかもしれません。しかし、豚肉は脂の融点が低いため、少し混ぜると冷めても味が落ちないというメリットもあります。お弁当に入れる場合には特に豚肉の割合を増やすといいでしょう。ただ、出来たてを食べる場合であれば、豚肉の量は25%くらいまでに抑えたほうがいいでしょう。豚肉の割合が増えすぎると牛肉の香りが弱くなってしまいます。

長々と書いてきましたが、この「卵は入れない」「玉ねぎは炒めない」という新しい調理法を使えばハンバーグは手早く、しかも安価にできるおいしい料理です。

もちろん、ソースなどを凝ればもっとおいしくできます。しかし、作家の開高健はハンバーグのことを〈これはもともとがざっかけな料理である〉と言っていますが、気取らないのがハンバーグの良さ。肩の力を抜いて、さっと手早くつくるのがこの料理には向いている気がします。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!