ペアリング用ノンアルコールドリンクを考える その2〈炭酸水出し緑茶+グレープフルーツジュース〉
ノンアルコールペアリングを考えるシリーズです。
前回は食中ドリンクの口のなかを洗う役割や味覚に与える影響などについて触れました。
この図は新しい料理を考える上でそれなりに役に経つのでもう一度、載せておきますね。
上の図のなかで食中ドリンクにとって重要な要素はなんでしょうか? この図でいえば『アルコール』『甘味』『苦味』『酸味』です。(アルコールとは化学的には分子構造の類似した様々な化合物の総称ですが、ここではざっくりと日常的に使われる意味で用いています)
そもそもノンアルコールドリンクを考えるにあたっては「なぜアルコールドリンクが優れているのか?」という点を考えなければいけません。なぜ、ワインは世界の食中酒の中心になったのでしょうか? それはワインがすべての要素を満たしているからです。
簡単な実験でアルコールの性質を確かめましょう。水(わかりやすくするために食紅で色をつけました)に98%のエタノール(アルコール)を加えて撹拌します。
アルコールはすぐに馴染んで見えなくなりました。アルコールは水に馴染みやすい性質があります。様々な味が溶け込んだ水分とアルコールはよく馴染むので、ワインは複雑な味がします。
次にオリーブオイルにエタノールを加えて撹拌してみます。
すぐに乳化しました。アルコールは水とも油とも馴染みやすい性質があります。油脂を含んだ食べ物を食べたあとに、ワインを飲むと口のなかがさっぱりするのはこのため。最初に述べた口のなかを洗う役割ですね。
一般的に油脂には様々な香りが溶け込み、水分には味が溶け込みます。アルコールはその両方に馴染むので、ワインには複雑な風味があるのです。
ワインをグラスでまわすと側面についたワインが筋となって残ります。これは「ワインの涙」や「ワインの足」と呼び、特にアルコール度数の高いワインで見られる現象です。
これすごく、複雑な物理現象なので、説明するのは難しいんですが、ワインは水とエタノールの混合物で、エタノールは蒸発しやすい性質があります。アルコールが蒸発すると水分は逆にグラスの内側に引きつけられ、その結果としてこのようなワインの足ができるのです。さて、料理を考える上で重要なのはこの「アルコールは揮発性が高い」という部分。揮発性が高いことによって、食事中にワインを飲むと食材の香りが鼻に到達しやすいんですね。これも食中ドリンクとして重要な役割です。
時々、ワインの涙を糖分と勘違いしている方がいますが、それは違います。マギーキッチンサイエンスによるとワインに含まれる糖分は一般的に1%程度。(ただし貴腐ワインのような特殊なワインは10%を超すので、明確な甘味を感じます)
でも、ワインにはちょっとした甘味がありますよね? あの正体はなんなのでしょうか?
実はこの甘味は糖ではなくアルコールに由来します。アルコール分子には糖分子と類似する部分があるので、甘味受容体を刺激するのです。酸味は主に酒石酸に由来します。酸味があることで料理の味が引き立つ。酒石酸はぶどうに含まれるちょっと特殊な酸味で、分解できる微生物があまりいません。それが発酵にとって有利に働くので、ぶどうからワインはつくりやすかった。どんな果物もお酒にはなるのですが、ぶどうは糖分が多く、乾燥にも強かったので世界中で栽培され、今でも世界で一番栽培されている果物はぶどうです。
渋みはタンニンに由来します。タンニンは収斂性のある物質で、タンパク質を凝固させます。肉をガシガシ食べたあとに赤ワインを飲むとリフレッシュしてもっと食べられるのは口のなかのタンパク質を凝固させ、洗い流しているからです。こうして考えるとワインというのはかなり理想的な食中ドリンクだとわかります。
炭酸水出し緑茶+グレープフルーツジュース
さて、アルコールの働きがわかったところで、ノンアルコールドリンクの開発に移ります。今回は緑茶とグレープフルーツの組み合わせを選びました。
お寿司を食べるとき、暖かい緑茶を飲むと口のなかがさっぱりします。緑茶にはタンニン(緑茶の場合はほとんどがカテキン類)が含まれているからでしょう。しかし、お寿司屋さんの上がり(粉茶)はややその味が強すぎて料理を引き立てるところまでいかないのも事実。また酸味が弱いのも気になります。
今回は緑茶には少し後ろに下がってもらい、全体のバランスをとりました。
アルコールの口のなかを洗う働きを期待して、炭酸水を使うことにしました。炭酸にも脂肪分を洗い流す働きがあるからです。口の中を洗う働きについていえば使用する水は硬水の方が効果が高い可能性もあるので、ウィルキンソンではなくペリエを使ったほうが効果的かもしれません。
炭酸水500ccに対して緑茶5g〜8gを少しずつ入れて冷蔵庫で一晩低温抽出します。
ある程度、炭酸が抜けるのは想定内です。炭酸でおなかが膨れてもしょうがないので。
出来上がりの状態がこちら。微炭酸くらいの状態ですね。
150ccに対してグレープフルーツ果汁を30cc加えます。グレープフルーツ果汁には酸味と甘味、微かな苦味を担当してもらいます。グレープフルーツと緑茶ってすごく相性がいいんですよ。
出来上がり。デリケートな味です。
悪くないです。前回のハイビスカスドリンクが肉料理にあうノンアルだとするとこちらは魚介類を使った前菜をイメージしています。あとはここにフレーバー(例えばレモングラスやカフェライムリーフなど)を足していくこともできるでしょう。
料理と組み合わせるうえで考えるべきは料理の強さと飲み物の強さを合わせることです。例えばよく「チーズには白ワインがあう」という定説があります。これはチーズの専門家は必ず主張することで、たしかに個人的にもチーズの味を引き立てるのは白ワインだよな、と思います。チーズが赤ワインよりも白ワインの方があう、とする実験結果もちゃんとあります。また、チーズを食べることで、ワインの芳香を感じにくくなるという実験結果もあり、ワインの専門家のなかにも「チーズとワインはあわない」と主張する人もいます。
こういった意見を聞くとつい誰かに「チーズと赤ワインは合わないらしいよ」と言いたくなりますが、それはちょっと待ってください。例えば前述の実験結果は仕切られたブースのなかで少量を味わう官能検査のスタイル。いわば静的な状況での比較で、たくさんを摂取する動的な状況での結果ではないからです。
例えば「Use of Multi‐Intake Temporal Dominance of Sensations (TDS) to Evaluate the Influence of Cheese on Wine Perception」という論文はその点について考察したものです。フランスで行われたこの実験では31人の被験者が白、赤それぞれ二種類のワインと四種類のチーズを味わい、その差を比較しています。
(補足するとパシュランとマディランというのは同じ地域でつくられているワインで、マディランはいわゆるタンニンの強いボルドータイプの赤ワインです)
結果、被験者たちは一回目の実験よりも二回目の実験、二回目よりも三回目の方がチーズと一緒にワインを飲むことを好みました。はっきりとした傾向が出たのはマディランワインで、多くの被験者がそれと一緒にチーズを食べることを好みました。チーズのタンパク質や脂質が口のなかに膜をつくるので、渋みを軽減してくれるからでしょう。科学は「白ワインとチーズがあう」と言うのかもしれませんが、実際の人間は「赤ワインとチーズもおいしいよね」という風に感じるのです。
余談ですけど、この話が僕にはとても面白くて、林さんもプロなのでやはり「チーズが白ワインとあう」ということに触れたあと
でもですね、お客様に「チーズに合う赤ワインをください」って言われると、「チーズと赤ワインって厳密に言うと、マリアージュは難しいんです」って言えないんです。「チーズと赤ワインは合う」って普通、お客様は思っているから、それを否定するのって難しいんです。
と仰っています。ペアリングは提案するものであって、押し付けるものではない。言わない(言えない)という林さんの姿勢はプロの接客ですよね。さきほどの実験結果から考えても、否定する必要はまったくない。
「相性とは? 相性がいいとはどういうことか?」という研究があまり進んでいないのは、それが困難だからです。声の大きい人がいいと叫べばそれがわりとまかり通るジャンルといえるかもしれません。
それでも最近は少しずつフレーバーの研究は進んでおり、例えばフランソワシャルティエさんというソムリエの方が書いたこの本はベストセラーになりました。シャルティエさんがフレーバーの研究をはじめたきっかけは乾燥イチジクとフィノシェリーの相性を再検証したことだったそう。それまで「ドライフィグにはブラウンシュガーのような濃厚な甘味」というのが定説で、辛口のワインはあわない、とされていました。でも、実際にあわせてみるとおいしいと感じる。それはソレロンという共通した香り成分が含まれているからではないか、という事実に行き着き、フレーバーの研究をはじめたそうです。
定説も覆されることはある、といういい例です。かつては「チョコレートにワインはあわない」というのが定説でしたが、今ではワインとチョコレートを上手に組み合わせたペアリングもたくさん登場しています。まずは先入観をなくして、味わうことからはじめたいですね。「これ、相性がいいよね」という感覚を共有できるのって結構幸せなことだと思いますから。