For The Love Of You( Swan Lake "Returns"part-II )
※五次創作です。二次創作、作品クロスオーバー等が苦手な方は申し訳ございませんが、ご理解の程、宜しくお願い致します。
――ジル・ド・レェは罪を犯した。少年の命を己の夢の薪に変え、ただただ聖女に尽くす己に溺れ。
――ジル・ド・レェは罪を犯した。少年の夢を己の命の薪に変え、ただただ聖女に尽くす己に溺れ。
ジル・ド・レェは――。
――。
「ジャンヌ、ダルク……!」
「グヒャ、ウヒャ、ハハハハハ!!! ……異なことを。私はジャンヌを蘇らせようとしているのだぞ」
ジルの胸から吊るされる聖女の躯は意志なく揺れるだけ。何も持たなかった乾巧がオルレアンで密かに憧れ惹かれた生き様を映した海色の瞳は、うつむいた長い前髪に隠されたまま。
「であるならばこれがジャンヌであるものか。我が夢をたぶらかす邪な誘いに私は打ち勝った! この力は私を導き真なる聖女の御許へ馳せよと示された、運命……!」
「……要するにそいつの力を奪ったってことね。タクミ! あの女は何ができて?」
女は呆れたようにかぶりを振り、そして後ろへ振り向いた。"打ちのめされるな、戦って勝て"。視線の向こうにいる男を諭すような、毅然とした表情。
「天啓ってやつ、他の奴らで言うと"直感"みたいな感じで。なんというかとにかく、タフなんだよ」
「……致命打の回避、ね」
(ジル・ド・レェはジャンヌ・ダルクに尽くした男、神を憎む男と言えど聖女が見せる啓示を信じない道理はない……合点がいったわ)
「ではマスター、それを突き崩すにはどうすればいいかしら?」
「……」
女は笑っていた。令呪を用いた渾身の一撃を無効化されたにも関わらず、男の答えが待ち遠しくて仕方がないとでも言わんばかりに。
「速さじゃお前が勝ってんだ、避けられないぐらいボコしゃいい」
「……奇遇ね」
言うが早いか動くが早いか。メルトリリスは地を踊り宙を舞っていた。既に魔術師は間合いの内側、令呪を使うまでもない距離を駆け抜け、しなやかに冷酷にプリマが躍る。
一撃、二撃。メルトリリスが繰り出す剣はジルの肉体をえぐるようにかすめるが、しかし致命打にはならない。すんでのところでかわされて、裂傷はかきまぜるような水音を伴って塞がれてゆく。そして、メルトリリスは不意に退いた。後方へ向けて"魔剣ジゼル"。巧へ集っていた海魔の幾らかが消し飛び、包囲網の隙間を巧が駆ける。
「ホホ……さっきの威勢がウソのようにおとなしい!」
「ええ、緩急を織り交ぜてこそのプリマですから。貴方のように小手先一辺倒の無様な戦いをしていては、観客に飽きられてしまうわ」
虚勢だ。メルトリリス一人の戦いであれば、一切の躊躇なしに怒涛の勢いでキャスターに攻勢を仕掛けられただろうが……後ろに控える者が人間であるならば押し寄せる海魔を捌ききれる道理などなく、故に彼女は寄せては返す波のように突撃と後退を繰り返さなければならなかった。
「言うではないか。では私も一つ趣向を凝らそう……ほぉれ!」
魔術書が怪しく煌めき、巧を囲まんとしていた海魔たちが不意に――弾けた。
「……なっ」
海魔の口吻から霧状に放射することもできる致死性毒液を、無数のそれらの崩壊によって巻き散らかす必殺のスプリンクラー。サーヴァント相手には到底通用しない戦術だが、巧は魔術的素養や対魔力に乏しく、そして今やキャスターの視界という射程の中に捉えられていた。
「しまっ」
「――令呪を!」
結論から言うと、巧は無事だった。外傷、精神的欠損いずれもなし。庇うように覆いかぶさるメルトリリスの見下ろす視線と巧の視線がぶつかり合う。
「お、おまえ……」
大丈夫か、と言おうとし思いとどまる。夥しい量の毒液を浴びたメルトリリスは接触箇所を青アザのような紫色に染めあげていたが、次第にそれらは溶け込むように色素を薄めていき……数秒しない内にメルトリリスはメルトリリスそのままになっていた。
――サラスヴァティー。水と豊穣の女神、流れるものを司る神霊よ
「そういうことかよ」
「ええ、そういうこと」
「むちゃくちゃしやがる」
「どういうことだ……!」
歯噛みしたキャスターの方へ振り向いて、メルトリリスは勝ち誇ったように笑う。サーヴァント相手には致死量にならないとはいえ、まともに浴びてただで済む量ではなかったのも事実。
「教えてあげるはずがないでしょう? でもまあ、そうね……私相手に毒液なんてつくづく芸がないのね、キャスター」
「……ほざくな小娘。大人しく負けを認めれば、殺すだけで済ませてやってもよい」
「お断りします。私たち、勝てるもの」
四散した海魔の残渣を魔力に還元して再召喚、包囲網を形成させさらに破裂……これを繰り返す海魔爆撃とでも呼ぶべき波状攻撃はしかし、サラスヴァティの権能、大いなる水の流れそのものであるメルトリリスがもろともに吸収同化したことでついに披露されることはなく……盤面は一時仕切り直しとなった。
しかし、それも一時だけだ。魔術書は無尽蔵に海魔を生み続けており、数分しない内に先ほど通りの包囲網が完成するだろう。
「で、どうする」
「要はマスターであるタクミと私が分断されなければいいだけのこと……そうね、私におぶさったりしがみついたりなさい」
真剣そのものの眼差しが降りてくる。巧は正気を疑った。
「本気かよ」
「もちろん。まさか気遣いでもしてくれていて?」
「ああ。お前じゃなくて、俺をだけどな!」
次第ににじり寄ってくる海魔の群れを前に悪態をつき、踵のへりに足をかけてよじ登るようにしがみつく。凄まじい激戦を今もなお繰り広げているとは思えない華奢な体つき。腰の前に組んだ腕の力を弱めると、少女のまつ毛がピクリと跳ねた。
「……ちょっと、そんなに落っこちたいの」
「っな、なんだよ」
「いいから思いっきりグイっとやりなさいグイっと! 締め上げるぐらいじゃないと吹き飛ばされるわよ!」
「わ、わーったよ。ったく……」
意を決して思い切り抱え込む。海魔のにじり寄る水音の中で、巧は確かにメルトリリスの含み笑い、ほんの小さなそれを耳にした。
「……行くわよ」
「やっちまえ」
プリマが飛躍する。
――。
「何をするかと思えば、そのような小手先ぃ……」
ジルの有する魔術書は半無尽蔵の魔力を保証しているが、何もない状況から一気に100や200を放つほどの大出力はない。あくまで1を絶え間なく放ち時間と共に100とするか、制御を放棄する覚悟で20や30を無理矢理引きずり出すか、だ。故に少女とそのマスターが短期戦に走ることは織り込み済であり、そしてジルは、敢えてそれに乗らず、海魔には包囲網を形成させ続けることを選んだ。
相手の狙いが将たる己自身ならば存分に狙わせ、そして死地へ招いて地獄へ堕とす。必ず成し遂げられる。己と、その身に宿る聖女なら。
(――違う、この地に聖女はいない)
高揚に飛び出した眼窩が血走り、己を諫めて敵を見据えた。あれだけ魔術師を揶揄しておきながら、何の芸もない一点突破。それでいい、防ぎ、倒す。決して楽には殺さない。マスター共々その命を辱め、死を乞う声を絞り出す。
魔剣と魔術師は真正面からぶつかりあい……粉塵が晴れると、ジルの枯れた腕はメルトリリスの慎ましげな胸元を貫いていた。
「……!」
「言っていなかったが。海魔の使役とその応用による肉体縫合と再生……だけでは、ないのだよ。我が盟友の螺湮城教本は」
強化魔術。腕一本を犠牲にとはいうものの、これもやがて魔術書によって再生していくだろう。魔術師の腰から提げられていた裁定者の剣は今や死したる聖女に握られて、ひび割れながらも盾を務めた。メルトリリスの魔剣は届かない。
「もはや我が両腕は海魔そのもの。毒物に耐性があるというのならば、内側から吹き込んでくれるわ」
無尽蔵に生成できる海魔だからこそ敢えてその展開速度を落とし、腕の強化に比重を傾ける。必殺の一手が決まり、使い魔の少女は仕留めた。次はこの無力な青年を存分にいたぶりぬいて……。
「ええ。内側から吹き込んであげる。他ならぬあなたの海魔、その毒を」
不意に、少女の体が泡立った。体表ににじみ出るその色合いは、まるで海魔の毒のよう。
――パシャリ。
「な、なにを、なにをした」
「やっぱり、サーヴァント相手じゃ決定打にはならないみたいね。それでも……」
「なにをしたんだと、言っているぁ!」
何か、とてつもなく大切な何かを失ってしまった喪失感。視線を下げればきっとそれの理由にも気づけるだろう。嫌だ、知りたくない、気づきたくない、理解など……。
「あなたの大事な聖女様……の亡骸を溶かすぐらいなら十分すぎたみたい」
「き、ききき。キキ、きさっ……」
「ねえ、魔術師さん。これがかわせるかしら?」
マスターを背負ったままに少女が翻ると、ジルの両腕は分断され宙を舞い、細切れとなった魔術書は電子の海へとかき消えた。見えない、耳鳴りのように頭の中で残響していた予感が、もはや少しも聴こえない。
「貴様らごときに、わ、我が悲願、私の夢、こんなところで……」
「素敵な夢を持っているのね、キャスター」
「でもね、夢を持っていればなにしてもいいみたいな考え……私、きらいよ」
霊核を貫く一撃と共にジル・ド・レェは墜落し、二度と這い上がることはなかった。
――。
「いつまでやってるのタクミ、さっさと降りなさい」
「……お前、さっきのアレどういう意味だよ」
「アレ? ああ、女の子に自分を庇わせるなんて、センスないじゃない」
「嫌味か! ……じゃなくて、夢がなんだって話だよ」
か細い背中から巧が降りると、視線の高さは再びズレこんだ。見上げる瞳に込められた感情は、困惑と、ほんの少しばかりの……。
「嫌いなもの? 一々詮索したがるおバカなお人形も嫌いになりそうね」
「……もういい、勝手にしろ」
「あとは、そうね。加勢するでもなく、かといって漁夫の利を狙うでもなく。ただただ遠巻きに様子を見ているだけの出歯亀あたりもだいきらい。そろそろ出てきてもいいのではなくて?」
「……これは、失礼。お気づきでしたか」
物陰から現れた、新たな人物。巧はそれに目を丸くし、少し笑みを浮かべようとして……ハッと身構えた。メルトリリスも小さく頷き、巧から三歩前の位置をつくる。
「……ご心配なく、マスター・イヌイ。この私は、正真正銘カルデアのガウェインですよ」
「……が」
「が?」
「ガウェイン!!!」
令呪、最後の一画が残った紋章が輝くと、今度こそ巧は破顔した。
「……は?」
メルトリリスは困惑した。
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