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Homecoming

バスから遠ざかるフィラデルフィアの街は夕日で黄金に輝いているように見えた。フィラデルフィアは自分にとっての黄金郷のようであった。それが急速に自分から離れていく。6日間禄に寝ることもできず、休息も取れなかったわたしはいつの間にか眠りについていた。

ふと目を覚ますとバスはペンシルバニアの田舎道を走っていた。夜のせいで何も見えないが、どうやらまた雪が降り出したみたいだった。コートに深くくるまって暖を採る。トイレに行きたくなったが、バスのトイレは好ましくない。ピッツバーグまで我慢することに決めた。

グレイハウンドのバスの後ろには必ずトイレがついている。車両の後部で異様なオーラを放ちながら獲物を待ち構えていた。だが今まで乗客の誰かが使っている所をみたことはなく、皆休憩の合間に用を足していた。今考えると、誰も客が使ってないわけだから逆に綺麗なのかもしれないが、その当時はその逆説的な発想を考え出す余裕もなく、ただ単に次の停車まで我慢する、ということを繰り返す旅をしていた。

やがてバスはピッツバーグのターミナルへ入っていった。ここはペンシルバニア最東端の街であり、ここをでればオハイオとの州境はもう少しである。ターミナルのベンチに腰掛けながらパソコンをやっと開く気持ちになった。インターネットに接続すると、Eからの不在着信が何十回も入っていた。わたしはまだ話す気にはなれない。そのままパソコンを閉じてターミナルで買ったコーヒーをすすった。

丸一日何も食べていなかったので流石に空腹感を感じた。だがターミナルのチキンサンドはもう食べたくない。ちょっとターミナルの外へでてみる事に決めた。例外に漏れず、ピッツバーグのグレイハウンドターミナルもダウンタウンに位置していて、食堂などなさそうにない。相変わらず冷たい空気の中を、ターミナルの周りを一周して戻ってきた。売店で適当にスナック菓子を買ってバスに戻る。やがてバスは2つの川が合流し、半島状の堤内地になっている繁華街を後にし、橋を渡った。

アメリカの夜景は日本と違ってオレンジ色である。これはより安く製造できる高圧ナトリウムランプというものをあちらでは街灯に多用しているからで、それらが街を黄金に輝かせる。それらが道路も、橋も、すべて橙に染める。

だがそれらをバスはまもなく後にして、バスは再び暗闇へと突入していった。夜に旅するバスはまるでこがね色の惑星の間を黙々と進む宇宙船のようであった。外の厳しい環境から衞ってくれるバス。それはひたすら西へ西へと駆け抜けていった。

つづく




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