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ジーン・ウェブスター「Dear Enemy」ペンギンブックスp.337~338

1月22日
ジュディへ

 この手紙は、ジョン・グリア孤児院とはまったく関係のないものです。ただのサリー・マクブライドから。
 4年生のとき、ハクスリーの書簡集を読んだこと覚えてる? あの本にあった一文が、いまでも頭から離れないの。「人生にはいつでもホーン岬がある。人はそこを乗り越えるか、さもなくば難破してしまう」。これってまったくの真実だわ。ただ問題は、何かが見えたとしても、それがホーン岬だって判別できるとは限らない、ということ。霧の深い中での航海で、岬だと気づかないうちに難破してしまう、ってこともあるし。
 このところ、私は人生のホーン岬にたどり着いてしまったことに気づいていました。私、真摯な気持ちで、希望をもってゴードンと婚約したわけだけど、少しずつ、その結論に疑問を抱くようになってきたの。彼が好きなのは、私がなりたい「私」じゃないのよ。彼が好きなのは、去年いっぱいかけて、私が脱却しようと頑張ってきた「私」。そんな「私」が実在したのかも、よくわからない。ゴードンは、そういう「私」が存在したって思っているだけ。ともかく、そんな「私」はもういなくて、彼と私自身がとるべき唯一の道は、関係を終わらせることだったの。
 もう、私たち2人に共通の関心ごとはありません。私たちは友だちじゃない。彼はそれをわかってくれないの。彼は、私がそんな風に思いこんでるだけで、私が彼の生活に関心をもちさえすれば万事うまく行くんだって考えてる。もちろん、私だって彼がそばにいるときは彼に関心をもってるわ。彼が話したいことについて私も話してあげているから、彼のほうでは、私という人間が――私という人間の大部分が――あらゆる点で彼と噛み合ってないことに気づいてないのよ。彼といるときは、演技をしているの。そういうときの私は本当の私じゃない。もし私たちが毎日顔を合わせてずっと一緒に暮らすようになったら、私、この演技を一生していかなきゃいけなくなるわ。彼が私に望むのは、彼の顔色をうかがって、彼が笑ったら私も笑う、彼が顔をしかめたら私も顔をしかめる、っていう風にすること。彼は、私にだって彼と同じように自我があるってことに気づけないのよ。
 私は、社交界における教養を身につけています。身なりもいいし、華やかだし、政治家の家庭にあっては理想的な女主人になれるでしょうね――だから彼は私のことが好きなの。
 とにかく、私には突然、おそろしいほどはっきりと見えたの。もしもこのまま彼と続けていけば、数年後には、私はヘレン・ブルックスと同じ場所にたどり着いてしまう。結婚生活というものを考えるにあたって、いまの時点では、あなたよりも彼女のほうがずっといい見本なのよ、ジュディ。あなたとジャービスさんみたいな例は、社会にとって脅威だわ。あなたたち夫婦はあまりにも幸せそうで、平和で、仲がいいから、それを無防備に見てるこちら側としては、最初に出会った男性をとにかく急いで捕まえなきゃって気になるのよ――それで、絶対にはずれの男性をつかんじゃう。
 そんなわけで、ゴードンと私は決定的な最後の言い争いをしました。口論なんてせずに終わらせることができればよかったけど、彼の気性を――それに、正直に言えば私の気性も――考えると、大爆発しないわけにはいかなかった。こちらへは来ないでって私が手紙を出したそのあと、昨日の午後に、彼はこちらに来てしまいました。それで、私たちはノウルトップを歩き回りました。3時間半も、風の強い草原を行ったり来たりしながら、自分たちの心の奥深くまで掘り下げて話し合ったの。これなら、破局はお互いへの誤解から生じたものだなんて誰にも言われないわね!

(続く)

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