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ジーン・ウェブスター「Dear Enemy」ペンギンブックスp.302~303

(続き)

 でも、あとで彼女自身がすっかり話してくれた。まるで本に出てくる人物について話してるみたいな、淡々とした、他人事みたいな口ぶりで。彼女、この街に一人で住んでて、ほとんど誰とも会わないんですって。ずいぶん元気をなくしてて、私とおしゃべりするのが嬉しいみたいだった。かわいそうに、ヘレンの人生はすっかりめちゃくちゃになってしまったみたい。こんなに短期間で、こんなにいろんな出来事を経験してきた人がいるなんてね。大学を卒業して結婚して、出産して、でも赤ちゃんはすぐに亡くなって、夫と離婚して、実家の家族と喧嘩して、自活するためにこの街へやってきたんですって。いまは、出版社で原稿の下読みをしてるそう。
 一般的な感覚で言ったら、彼女が離婚しなきゃいけない理由なんて何もなかったのよ。結婚生活がうまくいかなかった、ただそれだけ。彼女と旦那さまの間に、友情がなかったの。もし彼が女性だったら、ヘレンは30分も話し相手をつとめる気になれなかっただろうって。もしヘレンが男性だったら、旦那さまは「やあどうも、お元気ですか?」の一言で別れてたはず。それでも、2人は結婚しちゃった。性別が違うってだけで、こうも盲目になってしまうなんて、恐ろしいことじゃない?
 ヘレンは、「女が就くことを許されている唯一の職業は、主婦である」という方針で育てられた人なの。大学を卒業したときには、もちろん彼女だってそっちの方向へ進んでいきたいと熱望していて、そこに現れたのがヘンリーだった。ヘレンの家族は彼をよくよく調べあげて、どの点から見ても文句なしということになったのね――家系よし、品行よし、財政状況よし、見た目よし。ヘレンも彼のことが好きになったわ。盛大な結婚式を挙げて、大量の新しい服や、何ダースもある刺繍入りのタオルを持ってお嫁入り。何もかもが幸先よく見えていたそうよ。
 だけどそこからお互いのことを知っていくと、2人の好みはまったく違っていたの。好きな本も、冗談も、人も、遊び方も。彼はあけっぴろげな性格で、社交的で陽気。でもヘレンはそうじゃない。まず2人はお互いが嫌になって、それからいらいらするようになった。彼女のきちんとしすぎなところに彼は耐えられないし、彼のきちんとしなさすぎなところに彼女は腹が立ってしまうの。ヘレンが1日がかりでクローゼットや整理だんすの中を整頓しても、ヘンリーときたら、それを5分でぐしゃぐしゃにひっかき回す。彼の服は、ヘレンに拾えと言わんばかりに脱ぎ散らかしてあるし、使ったタオルは浴室の床にぐしゃっと積んである。お風呂に入ったあと、浴槽を洗っておくことだってしない。ヘレンのほうでは、それについていちいち反応しなくなって、ひどくいらついて――自分でもよくわかっていたそうだけど――彼が冗談を言っても全然笑わないっていうところまで来てたんですって。

(続く)

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