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デパ地下でのことについて

人混みに立つと思い出すことがある。6年くらい前に渋谷のデパ地下の惣菜売り場で期間限定のチョコレート売りの派遣アルバイトをしてたときの記憶だ。

あの頃の自分は就活に行き詰まっていたこともあって、気分転換に新しいことがしてみたかったのと、時給が良かったことを理由に、読み方もよく分からないベルギーのチョコレートのお店で働いていた。

マーブルチョコやブラックサンダーがあるのになんでこんなに高価なチョコレートをみんな欲しがるんだろうと不思議な気持ちになりながら、事前に渡されたマニュアルを何度も読み直して、カカオの種類や説明文を覚えたが、今となってはもう少しも覚えていない。

勤務時間になって、今までは見る機会もなかったデパ地下の惣菜売り場をじっくり見てみると、そこは想像してたよりもずっと魅力に満ち溢れていて、餃子にキンパ、肉まんから大判焼き、チキンカレーまで、中でも海老チリが一番美味しそうにみえた。なんだあれ!こっちも美味しそう!バイトが終わったら絶対あの店のつぶあんを食べてやるなんて、派遣先の女の子と自分たちの売り場から目に映る、ありとあらゆる美味しそうなものを眺めては、あーだこーだ言って、特に面白くもないのに爆笑していた。

その子とは、他にもすきな食べ物や、すきな野菜、すきなドレッシングに、すきな鶏肉の食べ方、接客の合間を縫ってはどこにでもあるような話をぽんぽんとして盛り上がった。MOWは同意、スーパーカップ派と爽派で分かれて、いやそっちは…なんて会話をアホみたいに繰り返していた。

あの頃は必死になって履歴書に自分の長所や短所を書いては消してを繰り返していて、いい思い出はほとんど無かったけれど、アルバイトに行くのがとても楽しみで、3、4回一緒に働いただけの、もう名前も顔も思い出せない2つ上のあの子と、たわいも無い話をたくさんしたことと、自分たちの売り場から見えた誘惑の数々を挙げつらねては笑いあったことだけはよく覚えてる。

でも僕らは仕事終わりに一緒にご飯に行くこともなければ、連絡先の交換もしなかった。派遣先のデパ地下でチョコレートを売りながら、今しか交差しない人生だと分かりつつも、朝から夕方までの就業時間のあいだ、どうでもいいようなことをたくさんの話して、笑いながら過ごした。

もしまたどこかで会えたときには、旨辛たれというとっておきのドレッシングを教えてあげたいし、やっぱり一番好きな野菜はナスから変わっていないこと、おすすめしてくれた晩年はまだ読めていないこと、あれから山登りが一番の趣味になったこと、話したいことはたくさんあるけれど、きっともうあの頃のようには話せないだろう。

時間が経つにつれてこういった記憶も無くなっていくのかもしれないけれど、またデパ地下の人混みに行ったらやっぱり少しは思い出してしまうのだと思う。

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