■ 東名大主 ■

画像1 東名大主(あがりなうふしゅ)」は、与那原の地を拓いた人物のご先祖と言われています。
画像2 東名大主は、今帰仁城主・本部大主の三男で1340年に丘春(今帰仁按司)が今帰仁城を奪還した時、姉の息子2人を連れて今帰仁城から南部に落ち延びてきました。1322年、本部大主が策をめぐらし、湧川按司の留守中に城を乗っ取りました。湧川王子の孫・丘春は、北谷の砂辺村に逃れていて、本部大主の死後、今帰仁城主の後継者争いに乗じて城を奪い返しました。
画像3 本部大主の息子・東名大主と謝名大主の兄弟は、平安座島を経て上与那原村に落ち延びてきました。東名大主の子孫は与那原に住み、その7代目・謝名比屋が阿知利世之主と協力して与那原湾を埋め立てたのが与那原集落の始まりだと言われいます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?