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◾️ 和仁屋間のテラ(渡口のテラ) ◾️

北中城にある和仁屋間(わにま)のテラに行ってきました。「渡口のテラ」又は「浜崎のテラ」とも呼ばれ、琉球国由来記には「和仁屋間神社」と記されています。その「琉球国由来記」によると…

往昔、渡口村、高時卜申者、霊石ヲ権現卜崇、宮建立仕タル由、伝アリ

とあるそうです。

昔…
渡口村に住んでいた高時という人物が、1つの変わった形の霊石を得て、これを尊んで宮を建てて安置しました。祭祀は、竈与儀(かまどぅよぎ)という人物が代々の責任者であるとされています。押明キヨウ・笑キヨウ・イベヅカサ・寄キヨウガナシを祀るとされています。

中には砂岩(ニービヌフニ)が四個あり、その1つがクヮンマガハンジュウヌカミ(子孫繁栄の神)などと呼ばれています。一般には、子宝に恵まれない婦人が子が授かるように祈っているそうです。渡口の伝承によると…

泊大屋子(とまりうふやく)が海にいると、波に黒い石が浮いていました。よく見ると妊婦の様な不思議な形をしていました。そこで、この石を渡口の浜に引き揚げて祀り、浜崎の寺としたところ渡口村は栄えたと言われています。

権現信仰の変遷を知る上でも重要とされ、沖縄県の有形民俗文化財に指定されています。

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