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「人畜所履髑髏」No.16/19

             16/19
 広足はその後のことはよく覚えていない。あの後、自分が何をしたのか何も覚えていなかった。だが、中学校を卒業し、街に出て夜間の高校に通うようになって、少しずつ、あの夜の記憶が生々しく蘇るようになった。
 広足は、モト爺の家の台所から持ち出してきた包丁で、驚く母を刺して殺し、逃げるモト爺を後ろから羽交い絞めにし、その首に血にまみれた包丁を突き刺し、掻き切って殺した。
 広足は、母を裸のまま背負って連れ出し、井戸の後ろに一旦隠し置き、そしてモト爺の家に戻った。座敷に大蛇が、長い紐が縺れるようにのたうち回っていた。広足は座敷の障子に火をつけた。
 井戸の陰に戻り、母の体を背負って外れの墓地に行き、穴を掘り、何故そうするのか自分でも分からないまま、モト爺の家から持ってきていた包丁で、母の首を切り落とし、首の無い屍だけ、そこに埋めた。
 切り離した母親の首をその後、どう処理したのか、広足には今も思い出せない。首の無い母の体を埋め、母の首から零れる血で、他の墓の卒塔婆を持ってきて小さく割り、その板切れに母の名を何かで書いて、土饅頭の上に刺した。
 立ち上がると、モト爺の家の方から真っ赤な炎の柱が立っているのが見えた。消防団の鐘が鳴った。炎の柱は、渦を巻き、雲に向かって昇っていく…
           
 藤原広足はこの日を境に全てが変わった。広足は、何事に於いても狂暴、になった。
 兄弟からの虐待に全て刃向かった。飯を注ぎ足す椀を取上げられれば、卓をひっくり返した。侮辱されると殴りかかった。酔って、犬のように吠える父を蹴とばした。土間に落ちた父は涎を垂らし、ズボンの前を濡らしていた。学校でも、いつも虐める同級生が、昨日と同じように、広足の首を腕で巻き絞めて、
「臭いんや、出て行け」
と、云った。広足の目に野獣のような敵意が満ちた。恐れをなし背を向けて立ち去る同級生の背中にナイフを突き刺した。逃げる同級生を後ろから突き倒した、倒れたその背に馬乗りし、その背中に何度もナイフを突き刺した。
以来、学校では誰もが近づかなくなった。いつしか周囲にワルが集まって来た。だが広足は無視した。よその町の不良共と鉢合わせて絡まれると、広足は無言で自らその中に入って行き、ナイフを抜き、何も云わずに切り掛かった。
 中学校を卒業すると街に出た。働きながら夜間高校に通った。成績は図抜けていた。だが話し掛けて来る者も、近寄って来る者もいなかった。奨学金を受けて大学に進学した。
 大学では、藤原広足は、他の学生と自分との、住む世界の違いを思い知らされた。自分も同じ世界で生きたいと願った。だが、金の無い今の自分には、全てが不可能だと自らに言い聞かせた。勝負は社会に出てからだと広足は決めた。ひたすら勉強した。誰も、広足に親しく声を掛ける者はいなかった。