第14話 研究報告書
当館は、田舎の奥にある田舎の小さな自然史博物館ですし、職員も多数いるわけではありません。ですから、独自の研究報告書を毎年刊行しているというのは、珍しいのかもしれません。では、この研究報告書というものをどうして作成することになったのか、そして、どのように作成しているのか、ということを少しお話ししたいと思います。
開館当初、当館には標本も資料も何もない状態でした。もちろん、図書なども何もありません。そんな頃、少しでも図書を増やそうと思って大きな博物館に「貴館が刊行している研究報告書などの刊行物を提供頂けないか?」と相談していました。しかし、どこの博物館も「文献交換でしたらOKですよ!」という返答でした。文献交換?聞きなれないこの仕組みは、各館が刊行している刊行物を交換するというもので、交換するからには、こちらも研究報告書などの刊行物を作らないといけないということなのです。
また、丁度その頃 企画展を作る度にポスターやチラシを作成して色々なところに送っていました。企画展のポスターやチラシの印刷費、配送費、そのための準備などを諸々考えると、その元を取るためには一体何人の来場者がこの企画展に来ないとペイできないかを考えると、到底無理な話しでポスターやチラシを作成する必要性を今一度考えるようになっていました。企画展なんてたった2か月くらいの話しです。そんな時、「文献交換」の必要性を知ったので、ポスターやチラシなど2か月で意味を無くす蓄積できないものに時間と金を費やすより、限りある予算の中で今後他の博物館の文献を手に入れられて図書や資料を蓄積でき、しかも知識や知見を蓄積できる研究報告書を作成した方が当館のためになるし、有償頒布することで多少の収入にもなると思いました。
ただ、当館には一人しか学芸員がいませんから、当館の職員だけで論文集である研究報告書を作成するのは無理がありますし、もし一人で全部書いたとしても個人の雑誌のようになってしまいます。そこで、知り合いに相談して、誰でもが投稿できる形にすることにしました。また、雑誌ですから表紙も必要になります。当館はホタルを主軸に置いた博物館ですから表紙はホタルがいいと思ったので、尊敬するホタル分類の研究者である川島逸郎さんにゲンジボタルの細密画を使わせて頂けないかを相談したら、奇跡的に了解を得ることができましたので、表紙には川島逸郎さんのゲンジボタルの細密画を使わせて頂くことになりました。
さて、表紙も決まり、投稿規定なども作成し、ISSNなども取得して、少しずつ雑誌としての形が出来てきたわけですが、論文として大事なフォントやフォントサイズ、文字間サイズ、レイアウトなども決めていかないといけません。そこで、色々な論文を参考にしながら、色々な人に話しを聞きながら一つずつ決めていきました。ただ、これまで雑誌に投稿することはあっても自分で編集したことはなかったので、そもそも編集というのは一体どうやってやればいいのだろうか?というフォントやレイアウトを決める以前の大事なことを模索する必要性がでてきました。
とりあえず、自分で書いてみて、それを編集することから始めて、知り合いにも書いて貰ってそれを編集することもしてみました。そして、ある程度、編集の仕方がわかってきた頃にwordなどで文章を書いただけでは雑誌として印刷できないことに気づきました。文章や図、表をレイアウトして版下というものを作成しないといけないのです。他の博物館に聞いてみると版下の作成は専門のデザイン会社や印刷会社にやって貰っているという話しでした。しかし、そうすると予算の費目は印刷費ではなく委託費になってしまうし、時間がかかってしまいます。そこで、自らで版下を作る方法を覚えるしかないと思いました。色々な参考書などを読んでIllustrator(Adobe社)というソフトで1ページずつ作ることにして、ようやく110ページの第1号の研究報告書を作成することができました。1ページずつ作ると文字が一文字ずれるだけで大変で、図の配置を変えるのも一苦労でした。また、印刷所に出した後は印刷所側にお願いして修正してもらうので、こちらに最終原稿データがないということもあってなんとも困ったものでした。
ただ、第6号からIndesign(Adobe社)というソフトを買って貰えたので、これまでの苦労が嘘のように簡単に版下作成ができるし、最終データが手元に残るようになりました。さらに、PDFにするのもデータがあるとかなり圧縮できるのでHPにも掲載できるようになりました。
投稿頂いた論文は内容について知り合いの専門家などに確認して貰って、その上で編集して、版下を作成しています。ただ、版下が出来た後も著者から多くの修正依頼が入ってきます。普通だったら版下の段階での複数回の修正は「勘弁してくれ」と思うのかもしれませんが、私は第1号の頃の文字一つずらすだけで全文を一文字ずつずらさないといけないという苦労を経験していますので、文字や図の修正なんて、昔に比べたらなんてことはありません。そして、印刷間際の修正依頼が来る度に「若い頃の私はよくやっていたな!」と感心するのです。
当初は、わらしべ長者のような目的で作り始めた研究報告書も、おかげさまで毎年多くの方にご投稿頂き、これまで第14号まで作成してきました。また、論文などを紹介するJ-Globalなどにも掲載してもらい、少しずつ論文集としての価値も認められてきました。また、文献交換のお陰で多くの博物館の刊行物も(バックナンバー含めて)多数手にいれることもでき、図書や資料も充実してきました。また、1年に1冊必ず作るということで自分の研究も必ずやらないといけないという締め切りと目標があるし、とてもよいデータを持っている人のデータを論文として世に出してあげることもできます。
そして、複合的に考えて、この研究報告書を作っておいてよかったと思います。ただ、全然売れないのですけどね。。。