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私は、ホタルを飼育するのが下手過ぎる。

たまに、当館ではホタルを大量に飼育して放流しているのではないかと思われることがあるが、開館して今年で20年、一度も放流などしたことがない。敷地内にある人工水路でさえ放流したことがないけど、自然の河川の水を引き込んでいるからか、この地域がホタルが多いからか、勝手に入ってきて、勝手に増えている。

これもそれもすべて、私がホタルの飼育が下手すぎるからと言っても過言ではない。

ただ、今になって思えば、ホタルの飼育や放流などして来なくて、本当によかったと思っている。

この町では30年くらい前までは農薬の影響でホタルが減るからという理由でこの町の川で採集したホタルを採って、それを産卵、孵化させて、幼虫を大量に飼育して、農薬の影響がなくなる10月くらいに放流するということをやっていた。けれど、放流しても意味がないことを、私がここに来た20年くらい前には町民の方々はわかっていた。だから、別に私がホタルを大量に飼育して、放流したりしなくても何も言われたことはなかった。

しかし、全国ではホタルの放流や移入により、遺伝子汚染や交雑などが問題になっているようで、そのような話しが度々寄せられるようになってきた。

まず、この話しを書く前に説明しておかないといけないのが、日本固有種ゲンジボタルには、生態的にも遺伝子的にも異なるタイプがいるということである。

それは、東日本型・西日本型に分けられ、さらに西日本型は、九州にいる九州型も細分される。ただ、西日本型の内、九州型は生態的な違いは今のところ見いだせていないから、ここでは東日本型と西日本型(九州型含む)として話しを進める。

西日本型と東日本型にはいくつかの生態的な違いがある。

まず、西日本型は個体群の個体数が多いが、東日本型は少ない。
西日本型は何千、何万と川を埋め尽くすほど発生するが、東日本型は20匹いたらその生息地は多いと表現される。

また、西日本型は30匹くらいの集団で雌が産卵するが、東日本型は単独で産卵する。

他にも、西日本型は2秒間隔でシンクロし、東日本型は4秒間隔でシンクロする。などなどである。

ただ、形態的には区別できない。

そして、どんな問題が指摘されているのかと言えば、個体数が多い西日本型ゲンジボタルを東日本型ゲンジボタルの生息地に移入し、それが在来個体群と交雑することで遺伝子が汚染されるというらしい。

さらに、このような問題を指摘する人もいた。

2秒間隔で光る西日本型ゲンジボタルを4秒間隔の東日本型ゲンジボタルの個体群に入れると光の交信が阻害されて繁殖に影響がでると。

この2点はとても興味深い指摘である。

つまり、この指摘の通りであれば、東日本型の4秒間隔で光るところに、2秒間隔の西日本型を入れると交信が阻害されるということは繁殖できないということだろうけど、遺伝子汚染するということは、西日本型と東日本型が発光交信が阻害されずに、2秒だろうが、4秒だろうが繁殖できるということになるからである。
実際、どうなのかということはおいておいて、この2点の指摘は以前から個人的にとても面白いな~と思っていた。

なんといっても、この2つの指摘は、矛盾しているからである。

また、かつて移入されたゲンジボタルを、在来個体群に影響をもたらすから、どうにかしろと自治体などに苦情を言っている人に出会ったこともある。そういう人の話しを聞くと、一旦、川や水路の水をとめて、移入されたゲンジボタルを排除(殺せ)しろと言っていた。
これを聞いた時も、個人的にすごいな~と思っていた。

川にしろ、水路にしろ、ゲンジボタル以外にも、藻類や昆虫類、貝類、魚類など多種多様な生物が既に生きている。移入されたゲンジボタルだけを殺すために、他のもっと多くの生物を殺せと言っていて、それを生物を保護しようとしている人が言っているのであるから。

まず、誤解が多いことだが、ゲンジボタルの光をシンクロさせる行動は「集団同時明滅」と呼ばれるが、これは、直接、配偶行動には利用されない。

たぶん、広大な流水環境に生息しているゲンジボタルの集合のための合図ではないかといろいろと調べた結果、個人的には思っている。雄しか鳴かず、雄も雌も集めるために鳴くセミやカエルと同じ感じであろうと思っている。

だから、この違いが繁殖に影響が出るかと言えば、出会う機会を減少させるかもしれないが、直接配偶行動には関与しないと思う。種としては同じ種であるから、西日本型と東日本型が出会えば、たぶん交尾することはできる(交尾器の形状にも西と東で違いが多少あるが、交尾器の雌雄の連結の仕方を解剖して調べた限り多少の変異は問題ない構造になっている。緻密な鍵と錠の関係にはなっていない)。

また、光のパターンというのは気温によって同じ個体でも変化する。
簡単に言えば、暖かい日は点滅が速く、寒い日は遅くなる。だから、光のパターンの多少の違いが集団同時明滅に関与するのかと言えば、そんなに強く関与しないのかもしれない(2秒間隔と言われるところでもとても寒い日は4秒間隔くらいになるし、とても暑い日は1秒間隔くらいになる)。

さらに、集団が規模が大きくなればなるほど、点滅が速くなることがある。これは、これまでの経験なので、なんとも言えないけど、、
小さな水路などで2~3匹でひらひら飛んでるゲンジボタルが合わせる点滅の速さと、何千、何万という大集団で合わせる点滅というのは速さが違うのである(五島列島のはゲンジは集団が小さいけど、点滅が1秒間隔と異常な速さの個体群もいるけれど。。)。

まぁ、いろいろとダラダラと書いてきたけど、何が言いたいのかと言えば、移入されたゲンジボタルは在来のゲンジボタルとさほど違いはないし、遺伝子的には違っても、それがどのような問題を起こすのかはわからないということである。

では、このまま、移入されたゲンジボタルを見捨てるのか、というとそれはなんとも可哀そうだし、かつて こんな問題が指摘される前に移入して、大事に大事に半世紀近く育てて来たゲンジボタルを今更排除しろと言われても、その地域の人が排除(殺す)するのかと言えば、それはその地域に暮らす人にとってはとても悲しいことであり、難しいことである。

この問題を色々なところで見聞きして、移入した人や団体を批判するのは、簡単である。

ただ、既にそうなってしまったことを批判しても仕方がない。

この虫を研究する者としては、どうにかしてこの問題を解決する方法を考えないといけないと思ってきた。
そこで、ただ一人、黙々と移入されたゲンジボタルを救い出すために、いろいろな方法で産卵雌だけを集める方法を模索してきた。この問題は解決するためには、成虫や幼虫をどうにかするのではなく、卵さえコントロールできればいいと最初から考えていたからである。

ただ、この実験ができるのは、1年でわずか5日くらいしかない。
もう少し成虫の繁殖期が長ければ、、と思いながら何年も模索し、装置を設計し、装置を作り、実験を繰り返して、ようやく西日本型ゲンジボタルの産卵雌だけを集めうパターンと装置を作ることができた。

それが、これである↓

この装置によって、大好きなゲンジボタルをどうにか救い出してあげたい。