常設デジタルコンテンツの見積もり

最近常設の大型デジタルコンテンツ相談が増えている。

大型デジタルコンテンツとはなんぞや

 大型デジタルコンテンツってなんぞや?とみんな思うかもしれない。平たく言うとチームラボでネイキッドでプロジェクションマッピングで、んでもってVRZONEとかVSPARKとかのインスタ映え、もしくは触って楽しい!なコンテンツのことだ。

 で、その大型デジタルコンテンツに常設の相談が多くなってきてる。常設、というのは半年~3年ぐらい、あるいは壊れる(あるいは常設の企画がなくなる)まで展示するものを指す。

常設相談の種類

 昔はこういった大型デジタルコンテンツのはイベント向けだった。モーターショーとかゲームショーとか、水族館の冬のイベントとかである。あとはアーティストのライブ演出とかね。

 そんな中、常設の相談が増えてきているのである。常設の相談は大きく2つある。1つ目は新しい施設/建物の空間設計の一部として。建物の一部なのだから常設・常時稼働は当たり前ということだ。このタイプは展示場所としては空港やオフィスビルなどで、施設の開発元(○○不動産とかそういうの)から相談が来る。

 もう片方は純粋にコンテンツとしてだ。イオンやアウトレットパークや海外の大型商業施設などでゲームセンターのアーケード機のようなノリで設置、運用されているものだ。上2つと違ってコンテンツとしては初めと終わりがしっかりあり、インタラクティブなものが多い。場合によっては体験料、つまりお金を取る場合もある。これがお金取るコンテンツの集まりで営利を始めるとMAZARIA(VRZONE)やディズニー、USJみたいなジャンルになっていく。つまりジェットコースターで遊ぶか、VRするか、みたいな世界だ。ハードルが果てしなく高くなる。

常設の問題

 問題どころか仕事の相談が増えるのは大変良いことだ。常設相談の何が問題なのか。それは一重に費用の見積もりの難しさに尽きると思う。

 大型デジタルコンテンツを開発運用に分けた場合、従来のライブ案件とやモーターショーとか短期のプロジェクションマッピングは基本運用が非常に短期的だ。ライブは当日設営 → イベント → 当日撤収 →終了、と実質1日、東名阪を回るライブツアーでも3回とかで終了。モーターショーとか1週間程度なので7日~10日間なので設営撤収を含めて14日程度がせいぜいじゃないだろうか。

 この手のコンテンツの中で軽いのだと2~3か月で制作する。ヒトはエンジニア2人、デザイナ1人、CGアーティスト1人、施工ちょっと。ざっくり15人月ぐらい。月100万円の単価だとして1500万。モーターショーの運営のオペレーター稼働はエンジニア1名でできるので半月計算で1550万とかがベースになるだろうか。本当はプロデュースとかPMとかディレクタとかが居るので2000万ぐらいが妥当だとかなぁ。仮に2000万としよう

 ただ、これが常設になると厳しい。クソ真面目に3年間張り付くとなると運用費用が12か月 x 3年 x 月100万で3600万運用費用が1500万に上乗せされてしまう。5000万。同じモノなのに常設にした途端3倍の値段になるわけだ。たっけぇ!となりがち。

 この業界の不思議なのは成果物納品なわりに工数ベースで見積もりを出すところと、開発業務で契約してるのに運用をある程度面倒見ちゃうところだ。まぁ、これ故に仕様じゃなくて体験を作ってると胸を張って言える、仕様ではなく体験デザインにコミットするエンジニアが多いわけだけれども・・・。どうしてもアニメ業界の手塚治虫が安く受け過ぎた話を思い出してしまう。

 ちなみに同様に体験デザインにコミットできるエンジニアが多そうなゲーム業界だが、この業界に比べるともっと高い見積もりを投げてくるらしい・・・しかもプランニングをこちらがする場合、基本的には工数貸しというか、派遣みたいな扱いになるので領域をくっきりわけたコミットになってしまう可能性が高い。まぁそれは置いておこう。

常設の見積もりの考え方

 流石に2倍以上のお金は払えないのでどうするかというと常設に向けた仕様変更、というか常設向けの最適化すれば運用費用が劇的に下がる可能性がある。なので常設に向けた最適化の検討をする。

 具体的には今まで開発者が一括してオペレートしていたものを分解し、専用スタッフがオペレートしたり、従業員がオペレートしたり、あるいは客自身がオペレートしたりするまで難易度を下げる設計をする、ということだ。当然後半になるほど実装コストが高くなる。

 ボーリングのシステムを想像してもらうと分かりやすいかもしれない。

 ボーリングの倒したピン数が間違って登録されているときは客自身がタッチパネルで修正する。そのタッチパネルシステムがフリーズしてたら従業員が再起動して復旧を試みてくれる。それでもダメなら詳しいスタッフが来る。それでもダメならレーンを使用中止にして開発会社を呼ぶ。

 頻度の高いトラブルはなるべく下流(自分たち以外)で減らせるように設計したシステムが作れると運用コストが劇的に下がる。これによって呼ばれる頻度をどれだけ下げられるかで見積もりが変わってくる。

 あ、もう一個。完全な稼働0の手放し運用というのは難しい。たとえメディアプレイヤー(動画プレイヤー)で動いているプロジェクションマッピングコンテンツであってもケーブルが抜けたりプロジェクターのランプが切れたりでトラブルの連絡は来る。あと地震でセンサやプロジェクタが抜けたりとか。プロジェクタのランプ寿命が平均4000h程度なので毎日8時間点灯してたとすると500日で交換となる。つまり1年ちょっとだ。その前にプロジェクタの液晶フィルタが死んだりとかPCが死んだりとかが大体発生する気がするが。

 しかも契約締結時に保守運用に別料金を予め確保してくれるようなクライアントは殆どない。大体都度見積もりになる。都度なんだが行かないと症状が判らないので行くのは行くわけだ。大変である。

 不思議なのは『デジタルコンテンツって劣化しないから開発後、保守運用費用0で一旦行こう』、という話をしているのに調子が悪くなるととりあえずデジタル部分が疑われる。というか『デジタル部分かどうか良く判らんからとりあえず診てくれ』、と言われ、ハードの業者じゃなくて我々に連絡が来る。大概は上記のようなハードウェアのトラブルだが・・・デジタルを信用してるのかしてないのかどっちやねん。

運用体制と相談しながら見積もる

 話を戻す。常設向けの際に考慮しないと行けないのが納品先の想定する運用体制だ。現場に社員が居るのかバイトしか居ないのかバイトすら居ない完全放置運用なのかによって開発工数が大きく異なる。ミニマムは放置運用で、客と開発元の2極体制だ。だが、客が金を払ってオペレーションしてくれる、というハードルは非常に高い。運用フローというよりもユーザの体験フローに運用を混ぜれるレベルまでオペレーションを昇華させないととやってくれないだろう。

 一方、現場にバイトが居れば『給料分の仕事はやってやるか』と思ってもらえるので、操作マニュアルがあればある程度の操作はやってもらえる。毎朝起動時にマニュアル見ながらちょこっとやる作業や、客が居ない時にぽちっとやっとく作業みたいなので呼び出しが減らせるならコスト削減がかなり期待できる。

 張り付きの従業員が居るとさらに最高で、客の体験中のトラブルにも対応してくれたりするがコンテンツ単体にオペレーションコストが結構乗ってくるので安くなるかどうかは考え物だ。時給1000円だとすると1月あたり24万のオペレーション費用がかかってくるので、これで結果安くなるかどうかは分からない。もしもこちらから提案すると制作費の減額に繋がる可能性もある。当たり前だが。

 ちなみに今まで関わった中で一番素晴らしいクライアントは完全に運用やオペレータもサービスの一部だと思っていて、納品後にちゃんと配属予定のオペレータを呼んで運用シミュレーションをがっつりやって、運用開始前にしっかりPDCAを回し始めていたりする。こういう会社だととても安心だ。

 個人的な体感としてはバイトがどっかに居る運用体制で、コンテンツ制作費の10~20%ぐらいの常設化費用で、起動時、終了時に何かオペレーションすれば運用可能で、トラブルがあってもマニュアルみて再起動すればなんとかなる、ぐらいがベースラインのイメージだ。

 ただしこれはあくまで無料コンテンツ、あるいはコンテンツいっぱいまとめていくら!みたいな場合のラインである。コンテンツ単品でお金を取ったり、このコンテンツで積極的に利益を得るような会社の場合はもっと厳しい判断基準が必要だろう。

 リカバリーまでの時間なども想定に入るし、1週間以上オペレーション込みの運用テストをして1時間あたりの回転数を確認して利益率を算出したりもするだろう。このあたりは事前に念入りに話し合ってないとマジで赤字垂れ流しだし、エンジニアの疲労もマッハだ(開発が好きなエンジニアはこの手の細かいPDCAが苦手な場合が多い)。

何故10%なのか

 10%は結構安い。多分ほかの業界だともっとかけるだろう。でもこれは再びこの業界の見積もりの慣習と絡んでくる。

 この業界は工数ベース成果物納品なのでシステムの複雑さで値段が変わらないのだ。同じ見積もりのコンテンツでも複雑なシステムほど運用最適化のコストが高い。

 プロジェクションマッピングひとつとっても動的なものの一切ない、インタラクティブじゃないプロジェクションマッピングだとメディアプレイヤーとプロジェクター(とコンテンツの書き込まれた動画ファイル)だけで納品が終わってしまう。運用への最適化も非常に簡単でUPS挟んでタイマー挟んで終了だ。

 しかしインタラクティブなコンテンツは違う。間にパソコンが入るし、多くの場合センサーも入る。センサーの値は直接目に見えないのでコンテンツ以外に調整ツールが必要になる。そして運用をアルバイトにしてもらうためにはそのツールをエンジニア以外にも使えるようにしなければならない。

 こうなると常設だと複雑なシステム作り損みたいな気持ちになってくる・・・難しいところである。が、まあ10%ぐらい頑張って静的なプロジェクションマッピングに近いレベルまで持っていくことができるなら常設を検討しても良いと思う。

 ただ、運用のハードルを下げる運用最適化作業はやればやるほど導入のハードルを下げれるのでコンテンツは量産、というか横展開に向くことになる。薄利多売とまでは言わないが、様々な場所に営業をかけたりして、利益を伸ばせる可能性も出てくる。そういう種類のコンテンツならもっと運用最適化費用をかけても良いだろう。

 また、コンテンツではなくシステム部分だけに運用最適化をかけてしまう、というのもある。1‐10が開発したスマッチなどがまさにそれに当たる。

 これはインタラクティブなプロジェクションマッピングでよく使われる測域センサとそれの調整システム、そして映像生成するアプリケーションへの通信プロトコルのみを運用最適化したものだ。極端な話をすればスマッチを使えば映像生成側の常設ノウハウさえあれば常設コンテンツが作れる。

 こういうツールってすごく需要があると思うんだがうまい宣伝の仕方がよくわからん・・・マーケットを見えてるようで見えてないし。

 また話がずれてしまった。が、もう大体気になったことは書いた。

最後に

 クライアントの皆さん、『うぉ、この業界の人めっちゃ良い感じのコンテンツ作ってくれるやん!』と思ってくれたならそれを多くの人に体験させられるよう運用の話もしっかり詰めていただけると嬉しいです。下手するとクリエイター側は作る話ばかりして運用の話考えてない人も居るので・・・。

 ただ、常設の仕事というのは素晴らしくて、何時行っても動いているわけです。そして体験できるわけです。クリエイターにとってもクライアントにとっても素晴らしいポートフォリオになるし、体験人数もモーターショーなどの一時的なイベントでは考えられないような体験人数になるポテンシャルを秘めています。

 実際は施工会社なども混ざって座組が複雑になりがちですが、そのうちいい感じのワークフローが定型化できると良いですね。

 あと個人的にはそのうちこの手のデジタルコンテンツ専用の保守運用の会社ができて、そこの会社がすげー仕事を抱えて大儲けする未来がありそうな気がしています。開発会社から運用会社に移管して、納品後3か月まではテスト運用期間でその後は自動的に保守運用会社に運営を移管します、みたいな。

 あ、あともいっこ。途中でコンテンツの制作費ざっくり出してますけどこれハードウェアの開発入ってきたらこの額じゃ全然足らなくてもっと複雑な見積もり立てないといけなくなります。要注意。


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