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豊岡演劇祭2023観劇ガイド④:コープス×キオ『むかし、むかし』稽古場レポート

今回紹介するのはコープス×キオ カナダ×日本共同制作作品『むかし、むかし』人間がリアルにひつじを演じる姿がキモかわいい(?)『ひつじ』などで日本でも人気の劇団コープス(カナダ・トロント)が、劇団キオ(日本・大阪)とタッグを組んで初めての国際共同制作に挑みます。豊岡での公演に向けてリハーサル真っ最中の稽古場で、キオの芸術監督である中立公平さんにお話を伺いました。

『むかし、むかし』はタイトルの通り昔話や童話をモチーフにした作品。コープス芸術監督のダヴィッド・ダンゾンさんは、「赤ずきん」など西洋の童話にしばしば悪役として登場するオオカミと、「鶴の恩返し」など日本の昔話で幸せや長寿の象徴として描かれるツルという二つの対照的なキャラクターに注目しました。作品の仮タイトルが『オオカミとツル』だったこともあるそう。この二匹の動物の出会いこそが『むかし、むかし』における二つの対照的な文化の探求のスタート地点となります。

オオカミが西洋文化を、ツルが日本文化を象徴するという単純な話ではもちろんありません。中立さんは「オオカミ的な存在、あるいはオオカミ的な心は誰の中にもあるものです。一人の人間のなかにオオカミ的なものとツル的なものの両方があって、演じていくなかでもそれがどんどん入れ替わっていくんです」と言います。この言葉を裏づけるように、この日に稽古が行なわれていた場面では、俳優がオオカミの尻尾をつけたまま赤ずきんを演じていました。いや、よく見るとオオカミ役以外の俳優もみんなオオカミの尻尾をつけています。「We love violence.(僕たちは暴力が好きなんだ。)」とダヴィッドさんもニヤリ。

『むかし、むかし』には形式の面でもひねりが加えられています。日本文化としての折り紙・狂言・文楽・漫画、そして西洋文化としてのパントマイム・カートゥーン(クラシックな子供向けアニメーション)・テレビのトークショー。この日の稽古では「赤ずきん」をもとにしたカートゥーンとトークショーの場面のリハーサルが行なわれていました。昔話や童話の物語がカートゥーンやトークショーといった現代的な形式とミックスされることで生まれる笑いは、むしろ大人向けとも言えるかもしれません。誰もが知る物語に現代的なひねりとちょっとブラックなユーモアが加えられ、大人も子供も楽しめる「新しい昔話」が生まれようとしています。

コープスとキオによる国際共同制作プロジェクトが動き出したのは2018年のこと。カナダと日本それぞれでのワークショップを通じて、西洋と日本の昔話や文化、お互いの感覚や物語の捉え方の違いについてのディスカッションを重ねるところからクリエーションははじまったそうです。そこで行なわれた対話のなかから、日本人にも馴染み深い童話として「赤ずきん」をもとに作品をつくっていくことが決定。ワークショップで即興を繰り返し、「赤ずきん」をもとにしたさまざまな場面を立ち上げていきました。ところが、「赤ずきん」に取り組んでいくうちにダヴィッドさんのなかで悪の象徴としてのオオカミの存在が大きくなっていきます。やがてオオカミと対になる存在としてのツルが登場する物語として「鶴の恩返し」が組み込まれることになり、『むかし、むかし』のモチーフが出揃いました。

今回のクリエーションには最初から完成された台本があったわけではなく、ワークショップでつくり上げられた断片を組み立てていくようなかたちで稽古は進んでいったそう。「その日に何をやるのかは稽古場にいくまでわからないことも多いんです。今日はこんなことをやってみよう、という感じでシーンをつくってみて、でもそれが次のときに残っているかもわからない(笑) ダヴィッドはよく『やってみないとわからない』と言うんです。コープスとしては共同制作をするのは今回がはじめてですけど、長い付き合いのあるメンバーなので、ダヴィッドの感覚を信じてみんなでやっています。コープスの作品は一度でき上がった状態からまたどんどん変わっていくということがよくあるので、この作品もこれからどうなるかまだまったくわかりません。でも、そういうプロセスを俳優やスタッフも楽しんでいるからこそこういう作品ができるんだとも思うんです。観客にとっても見ていて想像を膨らませられる余白のある作品になると思うので楽しみにしていてください」。

いよいよ開幕を迎えた豊岡演劇祭2023。ディレクターズプログラムを中心に演劇祭の見どころを紹介してきた観劇ガイドもこれでラストです。豊岡演劇祭noteでは「フリンジマガジン」としてフリンジ参加アーティストを紹介する記事も掲載中。ディレクターズプログラム以上にバリエーション豊かなフリンジのプログラムも是非チェックしてみてください。それでは皆様、豊岡でお会いしましょう!

文:山﨑健太
1983年生まれ。批評家、ドラマトゥルク。演劇批評誌『紙背』編集長。WEBマガジンartscapeでショートレビューを連載。2019年からは演出家・俳優の橋本清とともにy/nとして舞台作品を発表。主な作品に男性同性愛者のカミングアウトを扱った『カミングアウトレッスン』(2020)、日本とブラジルの移民に取材した『フロム高円寺、愛知、ブラジル』(2023)など。


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