末尾の妻

「ねえ、好きな人いるでしょ?」
目の前の彼女が、笑顔を浮かべて言い放つ。
俺は、どう答えたらいいか判らなかった。
ずっと忘れられない女がいる。
今は結婚していて子供もいるあいつ。
それとも。
現在、ネットで知り合ったセフレの女か。
一番のお気に入りのキャバ嬢のことなのだろうか。
「そんなわけ、ないだろ」
視線を合わせず答える俺。
「だって、判っちゃうんだもん」
彼女は俺の顔に触れて。
目線を合わせようとした。
「あたしは、気にしないよ。あなたが誰を好きになろうとも」
「え?」
外せない視線。
俺は驚きを隠せない。
女って、もっと嫉妬深い生き物ではなかったか。
「でもね、ひとつだけ条件があるの」
彼女の顔から笑みが消えた。
「浮気してもいい。セフレがいたって構わないし、女遊びしたいならそれもあなたのしたいことなら、上手に嘘をついて」
彼女は俺の手を握った。
「だからお願い。全部好きにしていいから、最後には私のところへ戻ってきて」
今度は、俺が彼女を見つめる番だった。
さっきと違って、今にも泣き出しそうな顔。
「朝帰りしたっていいの。でも、あたしの作ったご飯が美味しいって戻ってきてくれるなら、それだけで幸せだから」
確かに彼女は家事全般が苦手だ。
でも、料理だけは絶品で。
難しそうなスイーツでも家で作ってしまう。
「あたしのご飯だけは美味しいって言って。最後は――せめて死ぬ時だけはそばにいて」
とうとう彼女は泣き出した。
俺は、そっと抱き寄せる。
「戻ってくるさ、絶対に」
こいつがこんな凄い女だとは思っていなかった。
妻という1番のポジションにいる筈なのに、実質末尾の女。
俺の女癖が悪いことを承知の上で結婚した稀有な存在。

――それでも愛している。
他の女は所詮遊びだ。
俺の女はお前しかいない。
ただ、抱かれるのが苦手なお前への配慮なんだ。
どうか、判ってくれ。
お前では、俺の性欲は満たされないんだ。
不感症で、自分から動けない女とは。
「ありがとう」
彼女は俺からそっと離れ、カバンからハンドタオルを出して涙を拭いている。
「じゃあ、今日はとびきりのご馳走作るね」

だから今日だけは。
お前のそばに居よう。
楽しい夕飯にしようじゃないか。
俺の女遊びがもっと楽しくなる前夜祭なのだから。
妻がやっと、俺を開放してくれた。
それはなんて嬉しいことなのだろうか。
俺が寂しいんだ。
妻だけでは物足りないんだ。
――自分でも最低な男だと判っていても、止められない。
「食材の買い出し、手伝って」
「判ったよ」
俺は、彼女を――妻を助手席に座らせる。
もう、妻はいつもの笑顔に戻っていた。
「いつものスーパーね」
「ああ」
――今夜は綺麗な月が出ていた。

<FIN>

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