宇宙の電波で地球を測る -電波望遠鏡と測地VLBI-

はじめに

地上の大きなパラボラアンテナ(直径5m以上)が空に向いていたら、多くの方は、衛星通信を行っていると思うでしょう。確かに、90%以上のパラボラアンテナは衛星通信を目的としていますが、中には、まったく違う用途で使用されているパラボラアンテナもあります。本稿では、そんな珍しい、パラボラアンテナの使用実例についてご紹介します。

電波望遠鏡と電波天文学の発展:干渉計とVLBI

そもそも、パラボラアンテナは、第二次世界大戦中のレーダー技術の応用です。戦後、人工衛星が打ち上げられ、衛星通信が実用化されると、次は、衛星通信用途として、高効率・低雑音なパラボラアンテナが開発・実用化されました。
さて、このパラボラアンテナをまったく違う目的に使用した人がいました。天文学者です。宇宙からは自然の電波がやってくることは、戦前から知られていましたが、本格的に宇宙からの電波を観測するようになったのは、戦後、高効率・低雑音なパラボラアンテナが製作されることができるようになってからです。戦時中、レーダーとして使用していたパラボラアンテナを星に向けて、、、「電波望遠鏡」が次々と建設され、「電波天文学」が学問として確立しました。ただし、電波天文学には弱点がありました。それは、空間分解能です。分解能とは、観測対象物をどの程度まで細かく分解して見ることができるかということです。例えば、光の望遠鏡と電波望遠鏡を比較すると、望遠鏡の分解能は光(電波)の波長が短いほど良くなるので、同じ口径であれば、電波望遠鏡は光の望遠鏡より約10万倍も分解能が悪いことになります(5GHzを受信した場合)。
これでは、電波望遠鏡は光の望遠鏡には勝てないので、電波天文学者は、光の望遠鏡にはない別の観測手段を導入しました。それは、「干渉計」という技術です。電波は、その名の通り「波」なので、2ヶ所以上の場所で電波を受信して、受信した「波」を干渉させることにより、より細かい「波」として扱うことができます。つまり、複数の電波望遠鏡で同時に同じ天体の電波を受信して、その受信電波をケーブルで伝送して干渉させれば、原理的に分解能を向上させることができます。こうして、電波天文学者は、光の望遠鏡にも対抗できるような分解能の電波望遠鏡を手に入れたのです。なお、光(可視光)も電波も同じ電磁波の一種ですが、光の場合は「波」としての性格よりも「粒子」としての性格が強いので、光の干渉計を実現するには、かなり高度な技術が必要です。
さて、「干渉計」という技術を確立した電波天文学者は、次のことを考えました。干渉計の分解能は、望遠鏡同士の間の距離に比例します。そのため、望遠鏡を離せば離すほど、分解能は向上します。しかし、受信した信号をケーブルで伝送する必要があるため、ケーブルの長さ(伝送できる距離)が、望遠鏡間の距離を伸ばす限界となっていました。そこで、電波天文学者は考えました。ケーブルが足枷であるならば、ケーブルを切ってしまえば良い! こうして、次は、ケーブルで繋がっていない干渉計の誕生です。この手法を「VLBI (Very LongBaseline Interferometry):超長基線電波干渉法」と呼んでいます。この技術の誕生により、電波天文学者は飛躍的に分解能を向上させました。なぜなら、ケーブルで繋がっていないため、地球規模の干渉計を構築することができたからです。まさに、「超長基線」です。ただし、この技術を実現するためには、ニつの技術の実用化が必要でした。一つは、受信データを記録し処理するためのデジタル技術、もう一つは、各観測局(電波望遠鏡)の時間を精密に維持するための原子時計(「水素メーザー」と呼ばれるもの)です。いずれの技術も、1970 年代には実用化が進み、それに伴い、1980 年代には、VLBI 技術も確立しました。

「測地VLBI」の誕生

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図1:VLBIの原理

ここで、VLBIの基本原理について説明しましょう。VLBIの原理を概念的に表すと図1のようになります。一方の電波望遠鏡に電波が到達して、もう片方の電波望遠鏡に電波が到達するまでに、時間がかかります(遅延時間)。この遅延時間をτとします。また、電波の速度(光速)をc、電波望遠鏡間の距離をD、天体への角度をθとすると、以下の式が成り立ちます。

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ここで、τは観測量(観測で決まるもの)です。そうすると、Dを既知として、θ(天体の方向、すなわち、天体の位置)が求められるということです。しかし、前述の通り、VLBIは地球規模でも行われますが、当然、当初は地球規模でのDの値を正確に知っている人はいないハズでした(今では、GPSを使えば1,000kmでも数cmの精度で測れますが)。すなわち、上記の式を変形すると、下記のようなDを求める式になります。

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これが意味するところは、このVLBI技術は、Dを計測することにも使えます。つまり、天文学のみならず、地球規模の測量、すなわち、測地学にも応用できることを意味します。かくして、「測地VLBI」が誕生しました。世界でのVLBI技術の発展は、やはり、アメリカが中心でした。NASAやマサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所でVLBI技術の開発が進められ、この技術を基に、ヨーロッパを中心に、世界各地にVLBI観測局が建設され、あるいは、既存の電波望遠鏡が測地VLBIにも使用されるようになりました。そして、1999年には、国際VLBI事業(International VLBI Service for Geodesy and Astrometry:IVS)と呼ばれる、国際的にVLBI観測をとりまとめる組織が構築され、現在、効率的にVLBI観測を運営する体制が整っています。
一方、日本の測地VLBIの研究開発は、まず、郵政省電波研究所(当時、現・国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT))で、1970年代に開始されました。そして、日本の地図と測量を管轄している建設省国土地理院(現・国土交通省国土地理院)でも、1980年初頭よりVLBI観測装置の導入を開始し、現在、つくば局と石岡局(後述)の運用を行っています。さて、測地VLBIの大きな特徴は、その観測精度です。現在、VLBI観測の精度は、数mmまで向上しています。そして、より特徴的なのは、この精度が、原理的に観測距離に依存しないということです。それはすなわち、地球規模の測量や地球そのものの観測をするためには最適である、ということです。
VLBI観測では、各電波望遠鏡の相互位置関係が精密にわかるだけでなく、地球回転の様子や電波源位置(天体の位置)を精密に求められます。また、定期的に繰り返し観測を行うことにより、プレート運動等の地球の変動も検出することができます。ここでは、VLBI 観測の成果として、代表的な二つの項目について解説します。

1)プレート運動
地球の表面は、いくつかの岩盤(プレート)で覆われており、そのプレートは、相対的に動いています(これを「プレート運動」と呼んでいます)。また、プレート同士の境目は「プレート境界」と呼ばれ、プレートがぶつかり合ったり、離れたり(つまりプレートが生まれたり)しています。日本付近は、計4つのプレートがぶつかり合う複雑な地域であり、プレート境界では、巨大地震の原因となる歪みが蓄積されています。そして、そのプレート運動の速度は年間数cmと遅い現象なので、VLBI 技術の登場以前は、間接的な方法でしかプレート運動を推定できませんでしたが(例えば、古地磁気変化の記録を基に推定)、VLBI技術の実用化により、直接的にその速度を測ることができるようになりました。例えば、「ハワイが日本に近づいている」という新聞記事を見た方が多いと思いますが、これは、VLBI 観測結果から得られた事実です。ハワイにもVLBI 観測局があって、つくば局との間でも定期的に観測が行われています。そして、長年のVLBI 観測結果から、つくば局とハワイ局との間の距離が、年間約6cmずつ短くなっていることが判明しました。このように、地球規模でのプレート運動の監視は、VLBI技術の応用の一つであります。

2)うるう秒
VLBIでは、電波望遠鏡間の位置関係を決めるだけではなく、地球回転(自転)の様子も高精度に計測することができます。IVSの主導により、毎日どこかのVLBI 観測局が地球回転のための観測を行っています。先日7月1日に、うるう秒の挿入が行われましたが、そのうるう秒挿入の時期の決定は、VLBIの地球回転の観測結果から導き出されました。地球の自転が徐々に遅くなっているため、原子時計を元にした「協定世界時」と地球の自転を元にした「世界時」との間の差が徐々に大きくなっています。この差が1秒以内になるように、うるう秒が挿入されます。しかし、地球の自転は不規則に変化しているため、このうるう秒の挿入は不規則であり、そして、その挿入時期を決めるためには、当然、地球の自転の精密データが必要です。また、VLBI技術が、この「協定世界時」と「世界時」の差の絶対値を測ることができる唯一の技術なのです(GPS 等の衛星技術では、地球と一緒に回転しているので、原理的に、相対的な変化しかわからない)。そのため、VLBI観測結果は、うるう秒挿入を決めるための基礎データとして使われています。

次世代VLBI規格「VGOS」

前述の通り、VLBI 技術は1980年代に確立・実用化されましたが、21世紀に入り、各電波望遠鏡も寿命を迎え、後継機の導入が必要となっていました。そこで、今後のVLBIの方向性や目標を決めるためにIVSで議論が進められ、2009年には次世代VLBI観測システムの標準規格として、「VLBI2010」が決められました。そして、その後、この「VLBI2010」規格を実現した観測システムを「VGOS(VLBI GlobalObserving System)」と呼称することとなりました。
このVGOSでは、今までにない挑戦的(チャレンジング)な、以下の目標を設定しています。
1)位置決定精度1mm
2)24時間365日の連続観測
3)観測後24時間以内での測地解の算出
これらの目標を達成するため、電波望遠鏡の性能としては、下記で解説する二つを新たに開発し、実現することが目標となっています。ちなみに、3)の目標を達成するためには、各観測局とデータ処理局(相関処理局)を光ファイバーケーブルで結合して、リアルタイムでデータ伝送する必要があります。前述の通り、かつて、各電波望遠鏡を繋いでいたケーブルを外すことによってVLBI 技術が成立・確立しましたが、今度は、再び各観測局を光ファイバーケーブルで繋ぐという「先祖返り」現象が起きているのは興味深い点です。
さて、VGOSには、以下のような、従来型にはない特徴がいくつかあります。
1)主反射鏡口径:12m 以上
2)広帯域受信:受信周波数2GHz~14GHz
3)高速駆動速度:水平方向で毎秒12 度以上、上下方向で毎秒3.5度以上
すなわち、今までのVLBI用電波望遠鏡の主流が20m~30m級でしたので、それに比して口径は小さくなりますが、一方、広帯域受信と高速駆動を導入することにより、口径が小さい欠点を補って、むしろ、今までよりも高精度(1mm!)を達成しようとしています。
このうち、高速駆動に関しては、現在もうすでに実用段階になっています。一方、広帯域受信については、そもそも受信素子としての一次放射器(フィード)の開発が途上ではありますが、光学系としては、「RingFocus」が広帯域フィードに最も合致するタイプと考えられており、世界中で建設されているVGOS用電波望遠鏡の標準となっています。このRing Focus光学系は、グレゴリアン光学系の一種で、高い開口効率を見込めるのが特徴の一つであります(その代わり、地上からの人口電波が混信しやすいという欠点もあります)。
国土地理院でも、このVGOSを実現するため、新しい電波望遠鏡を建設しました(図2)。場所が茨城県石岡市内なので、「石岡測地観測局」と命名されました。この電波望遠鏡は、駆動速度については、毎秒12度(水平)および毎秒6度(上下)とVGOS 規格を達成しており、また、「RingFocus」光学系の採用により、広帯域受信についても達成しています。

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図2:石岡測地観測局の新電波望遠鏡

おわりに

本稿では、電波望遠鏡(パラボラアンテナ)の意外な使い道についての紹介をしました。国土地理院では、これまでに、大小取り混ぜて計7つの電波望遠鏡を建設・運用してきました。それらは、宇宙からの電波を受信して、地球を測ってきました。そして現在、VGOSという新しいコンセプトに基づく電波望遠鏡を建設しており、近い将来には、今までにない高い精度の測地VLBI 観測を行い、日本の位置を精密に維持するとともに地球の変動を連続的かつ精密に計測していきます。地形図等で国土地理院の名前を見かけたら、「宇宙の電波で地球を測る」、そんなことに思いを馳せて頂ければと思います。

筆者紹介
福﨑 順洋
国土交通省国土地理院 測地部 専門調査官専門は測地学。
入省以来、VLBIを中心とした測地観測に従事。1999年には、第40次日本南極地域観測隊越冬隊員として昭和基地にて越冬。現在は、石岡測地観測局の整備に従事。

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