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脱炭素社会実現における全固体電池の社会的役割

2021年12月時点の内容です

車両の電動化や、脱炭素社会実現のキーデバイスである全固体電池。固体電池研究の第一人者である、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS) エネルギー・環境研究拠点 拠点長の高田和典氏に全固体電池実用化に向けた課題、今後の展望についてお伺いしました。

【インタビュアー】
池田 勝紀 (株式会社東陽テクニカ 理化学計測部 部長)


全固体電池とは

全固体電池とはどのような電池なのか教えてください。

皆さんにも馴染みのあるリチウムイオン電池では構成部材として液体の電解質が使用されています。この液体の電解質を固体に置き換えた電池を“全固体電池”と呼んでいます。固体電池が実用化されたのは心臓ペースメーカー用途だけですが、現在研究が進められているものとして固体電解質に“硫化物”または“酸化物”を使用した全固体電池があります。 

現時点では硫化物の固体電解質が酸化物に比べてイオン伝導度が一桁程高く、高性能と言えます。さらに硫化物の固体電解質は柔らかい物質であり、力を加えたときに変形しやすく粒子同士がタイトに密着するため電極と接合することが容易になります。イオン伝導度と電極との接合性により高い性能が達成され、車載向けの全固体電池の本命として研究開発が進んでいます。

対して酸化物の固体電解質はイオン伝導度が硫化物より一桁程低く性能は劣りますが、それでもリチウムイオン電池に使われている非水溶媒電解質と比べて遜色はありません。しかし、酸化物の固体電解質は硬い材料で粒子同士の接合が難しく、結果として固体電解質のイオン伝導度に見合うだけの性能を発揮できていません。現在、数社からサンプル出荷されている酸化物型の全固体電池はチップ型などの小型のものにとどまっており、IoT用途として搭載を目指している段階です。

図1:リチウムイオン電池(左)と全固体電池(右)の違い(高田氏提供)

全固体電池の長所および短所を教えてください。

固体電池研究の歴史は1950年くらいまでさかのぼり、「固体の中をイオンが動くというのは面白い、じゃあ電池で使えるね」という話から研究が始まりました。その後1990年代に民生用のリチウムイオン電池が誕生し、電解質が水溶液から有機溶媒になりました。そのあたりから、固体電池は有機溶媒のような可燃性物質を使用していないので“燃えないリチウムイオン電池”ができることが特長として言われるようになりました。

固体電解質の広義としては1990年代に流行ったポリマー電解質がありますが、セラミックスの固体電解質に限定してお話ししますと、セラミックスの電解質では特定のイオンしか動きません。一般に固体の中のイオンは動きにくく室温で動くのは一価のイオンに限られます。つまり、リチウムイオン電池を固体化した場合はリチウムイオンしか動かずマイナスイオンは動きません。よって、固体電解質内では液体電解質で見られるような塩濃度の偏りが起きにくく、大きな電流を流してもリチウムイオンがない領域ができにくいため高出力が可能と考えられています。

もう一つの長所は副反応を引き起こす反応種の拡散がないこと。例えば正極表面で電解質が酸化分解されるというプロセスを考えた際、酸化される反応種が正極表面まで輸送されるプロセスが必要になります。ところがリチウムイオン以外動かないということは、そういう副反応を起こす物質輸送がないということなので、極めて長寿命で信頼性の高い電池になります。この高入出力と長寿命で信頼性が高いことが、全固体電池が最近世間で注目を集めている大きな理由です。

エネルギー密度が高い全固体電池をどのようにして設計するのですか?

基本的に理論エネルギー密度は電極の材料で決まります。電解質が液体であろうが固体であろうが、同じ活物質の電極材料を使用すれば理論エネルギー密度は同じになります。その上で固体のメリットは、液体電解質の中では副反応が原因で使用できない高エネルギー密度の活物質が使える可能性があるということになります。あるいは、液体の場合、セルやモジュール設計の過程で、液体を収納するために電池ケースを密閉しないといけませんが、電解質の耐熱性が低いため、密閉するために高温プロセスは使えない。そんなことが固体であれば実現できる可能性があり、電池製造プロセスの自由度が上がることで結果としてエネルギー密度を向上することにつながる可能性が考えられます。

電解質が有機電解液の従来のリチウムイオン電池と、電解質が固体の全固体電池では研究のフェーズによりアプローチが似ていることもあれば全く異なることもあります。例えば、物質探索の面では液体の電解質には多数の添加剤が加えられていますが、その効果検証のためには膨大な数の実験が必要になります。その実験を効果的に実施するために、AI技術を活用した材料探索が検討されています。固体電解質の材料探索においてもデータ科学を使う流れが生まれてきています。一方で、電極を液体の電解質の中に浸ければ自動的に両者が接合されるリチウムイオン電池と違って、固体の電解質の場合は固体同士をつなげないといけません。それが酸化物の場合は非常に難しいというのは先ほど説明した通りです。

車載向け全固体電池実用化への期待

日本政府は「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする」という政策目標を掲げています。近年の世界的な脱炭素の流れにおいて全固体電池はキーデバイスと考えられますか?

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