太陽風の乱れによる地球への影響を事前にキャッチするために
2015年10月時点の内容です
太陽風と宇宙天気
太陽で発生した地球方向へ向かう大規模なコロナ質量放出(CME, Coronal Mass Ejection)(図1)による太陽風の乱れが、2日から3日程度かけて地球へ到来して大きな地磁気嵐を引き起こすことがあります。過去50年間で最大の地磁気嵐により、1989年3月には、カナダのオタワで停電が発生し、600万人もの人々が約9時間の間、暗闇の中で過ごすことになりました。また、2003年10月末に発生した地磁気嵐の際には、スウェーデンのマルメというところで停電が発生しました。
図1:SOHO/LASCO(ESA & NASA)によって観測された
地球方向へ向かうコロナ質量放出(CME)
太陽の明るい部分(中央の白い丸で示された部分)を隠すことによって、太陽コロナからのかすかな散乱光を観測することができるコロナグラフという装置によって観測されたもので、太陽半径の32 倍の視野をカバーしている。(http://sohowww.nascom.nasa.gov/)
速度が速くて強い南向きの磁場を持つ太陽風の状態が長時間続くと地球の持つ北向きの磁場との相互作用によって大きな地磁気嵐が発生することが知られています。大きな地磁気嵐発生の兆候をいち早くキャッチして、地磁気嵐による地球への影響を未然に防ぐためには、地球のできる限り上流で太陽風の状態をモニターする必要があります。
そこで、現在は、L1点で太陽風の連続観測が行われ、そのデータが24時間リアルタイムで取得されています。L1点というのは、太陽と地球の重力が釣り合う点で、図2に示した5つあるラグランジュ点(Lagrange Point)の一つです。ラグランジュ点に宇宙機を配置することにより、あまり燃料を消費せずに長期間そこにとどまって観測を行うことができます。L1 点は、地球から太陽方向に約150万kmのところで、太陽風の平均的な速度400km/sで1時間程度かかる場所です。L1点で観測されたデータは、電波により光の速さで地球へ伝送されるので、L1点で太陽風を連続的にモニターすると、地球に到来する約1時間前の太陽風を監視することができます。
図2:太陽と地球による5つのラグランジュ点
大きな地磁気嵐によって引き起こされる電力システムの障害のように人間や人間の作ったシステムなどに影響を与える主に太陽活動によって引き起こされる宇宙環境の乱れを「宇宙天気」と呼び、その予報を「宇宙天気予報」と呼んでいます。L1点での太陽風のデータは、この宇宙天気予報のために使われる大切なデータの一つです。
L1 点からの太陽風データ利用の試み
太陽風と地球磁気圏の相互作用を研究するために、米国航空宇宙局(NASA,National Aeronautics and Space Administration)が1978年からはじめたInternational Sun-Earth Explorer(ISEE)計画により、ISEE-1、ISEE-2衛星が地球磁気圏内に、そしてISEE-3衛星が太陽風の観測のためにL1点に配置されました。このとき、リアルタイムで太陽風観測データを現米国海洋大気庁宇宙天気予報センター(NOAA/SWPC,National Oceanic and Atmospheric Administration/Space Weather Prediction Center)へ伝送して、地磁気嵐の予報に利用する実験が行われました。実験は1979年から1982年まで継続され、L1点からのリアルタイム太陽風データは、地磁気嵐の予報に有用であることが示されました。
しかし、NASAの地上局のみを利用してデータ取得が行われたため、24時間連続してデータを取得することは困難で、24時間の定常的なデータ取得を行うためには、そのための地上受信局のネットワークを構築することが一つの課題となりました。
ACE 探査機によるリアルタイム太陽風データ
1989年に銀河宇宙線から太陽風の低温プラズマまでの広いエネルギー範囲にわたるプラズマ粒子をL1 点で観測することによって太陽系を含めた天体で起きている粒子の加速現象を解明することを主目的とするAdvanced Composition Explorer(ACE)探査機(図3)の検討がNASAで始められました。この時、NOAA は、それまでの実績を踏まえてL1点での太陽風観測データをリアルタイムで地球の受信局へ伝送するための装置Real Time SolarWind(RTSW)の搭載を提案しました。その結果、観測された太陽風データをSバンドのテレメータを使ってリアルタイムで地球の受信局へ伝送することになりました。
図3:L1点でのリアルタイム太陽風データを提供している
ACE(NASA)探査機
(提供:NASA/ACE, http://www.srl.caltech.edu/ACE/)
ACE探査機は1997 年8月25日に打ち上げられ、その年の12月にL1点に投入されて運用が開始されました。ACE探査機からのリアルタイム太陽風データは、434bpsの伝送レートで24時間連続して地球の受信局に伝送されています。
国際協力による地上受信局網とNICTの地上受信局
L1点は地球から見て太陽方向になるので、ACE探査機からの太陽風データをリアルタイムで24時間連続して受信するためには、経度方向に分散した数カ所の地球の受信局網が必要です。ACE探査機からのリアルタイム太陽風データ受信が始まった1998年当初は、国際宇宙環境サービス(ISES, International Space Environment Service)の日本の宇宙天気予報センター(http://swc.nict.go.jp/contents/index.php)を運営している現情報通信研究機構(現NICT,National Institute of Information and Communications Technology)と英国のラザフォードアップルトン研究所(RAL,Rutherford Appleton Laboratory)が主要な地上受信局としてデータ受信を行いました。
その後、英国のRALに代わりドイツ航空宇宙センター(DLR, German Aerospace Center)がヨーロッパの経度領域の受信を担当するようになりました。2012年からは、韓国宇宙天気予報センター(KSWC, Korean Space Weather Center)の受信局が新たに加わり、現在は、NOAA, NASA, 米国空軍(USAF,United States Air Force)の受信局と合わせると冬季の一時期を除いて、ほぼ100%の受信率となっています。また、各受信局の受信時間帯がオーバーラップすることにより、受信局のメンテナンスなどの際に相互にバックアップを行うことができるようになりました。リアルタイム太陽風データを24時間連続して取得するための地上受信局のネットワークは、リアルタイム太陽風データ受信ネットワーク(RTSW network)と呼ばれています。
ACE探査機からのリアルタイム太陽風データ受信のためのNICTの最初の地上受信局は、1987 年に現NICT鹿島宇宙技術センター(茨城県鹿嶋市)に導入された地上受信局のシステムを1996年から1997年に現NICT本部(東京都小金井市)へ移設・整備したものでした。NICTへの導入後、4半世紀が経ち、老朽化により保守も難しくなり、ACE探査機の後継機として打ち上げられるDeep Space Climate Observatory(DSCOVR)(図4)からのデータ受信のために、新たなバックエンドシステムの導入が必要なこともあり、NICTでは、2014 年3月に地上受信局のシステムの更新を行いました。
図4:ACE探査機の後継機DSCOVR
(提供:NOAA/NASA/USAF,http://www.nesdis.noaa.gov/DSCOVR/)
新しく導入したシステムは、ViaSat社製の直径11.3mのパラボラ受信アンテナ(図5)を持つ地上受信局システムで、空調されたアンテナのライザ部にアンテナ制御ユニット(ACU, Antenna Control Unit)が収納され、ネットワークにより、すべてがコントロールされるコンパクトなシステムとなりました。また、アンテナ制御および受信系のコントロールは、図6に示すようなグラフィカルユーザインターフェースを用いて行うことができます。
図5:NICT(小金井本部)に設置されたViaSat社製の直径11.3mの
パラボラ受信アンテナ
図6:NICTの受信システムのグラフィカルユーザインターフェース
DSCOVRの打ち上げ
現在、L1点で太陽風観測を行っているACEの後継機がDSCOVRです。これまで、NASAなどが打ち上げた科学目的の宇宙機からのデータを宇宙天気に利用してきましたが、DSCOVRは、宇宙天気を目的として打ち上げられる初めての宇宙機です。DSCOVRは、1990年代初めにL1点からの地球観測を目的として作られ、その打ち上げを待つばかりだったのですが、プロジェクトが中止となり、しばらくの間NASAの倉庫に保管されていました。その後、USAFが打ち上げロケットを提供し、NASAが衛星を提供し、NOAAが運用を行うという分担により、宇宙天気のためのL1点での太陽風観測に使われることが決まりました。
2015年2月11日に米国フロリダ州ケープカナデラル空軍基地からSpaceX社のFalcon 9ロケットで打ち上げられ、2015年6月はじめにL1点に到着しました(図7)。DSCOVRは、NASAによるテストが終了後、NOAAへと引き渡され、年末までには、ACE探査機に代わって、Sバンドのテレメトリーにより20kbpsの伝送速度でリアルタイム太陽風データを提供することになる予定です。
図7:米国フロリダ州ケープカナデラル空軍基地の射場で
打ち上げを待つDSCOVR
将来のリアルタイム宇宙天気モニター
太陽風の乱れが地球に到来するまでのリーディングタイムをさらに長くするためには、L1点より上流の太陽風のリアルタイム観測データを利用する必要があります。米国では、民間の会社が打ち上げを予定しているSunjammer(http://sunjammermission.com/)と呼ばれるソーラセイル(太陽帆)のミッションに太陽風の観測装置を搭載することによって、L1点より上流での太陽風の観測データをリアルタイムで取得することができないかという検討が進められています。
また、2018年には、NASAのSolar Probe Plusや欧州宇宙機構(ESA, European Space Agency)のSolar Orbiterの打ち上げが予定されており、太陽近傍での太陽風の直接観測データを使った宇宙天気予報の可能性について検証できることを期待しています。宇宙天気予報においても精度向上のためには、日本の気象庁が地上の天気予報のために行っているアメダスの観測網のようにたくさんの観測点を宇宙空間に設ける必要があります。将来的には、宇宙天気予報のために宇宙空間にばらまかれた多数の観測点からのデータをデータ中継衛星によりリアルタイムで受信局へ伝送してくることになるのではないかと思います。