ラジオシナリオ『ひとでなしBLUES』

(イメージキャスト)

マチ子              ……中嶋朋子

あっちゃん
(漫才師A/タイガーA)
                 ……中川家・剛
エイジ
(漫才師B/ほかすべてのB)
                 ……中川家・礼二


 * * * * * * *


マチ子「私の夫は天才でした。天才だ、と言われていました。十年前までは」
 けたたましく鳴る出囃子。
 某国民的漫才コンテストでおなじみの曲。
 拍手と喝采。
漫才師B「はいどうも〜。いやぁこんな年の瀬にねぇ、お客さんにぎょうさん集まっていただいて、」
漫才師A「(食い気味に)ボクら中島家って言うねん!」
漫才師B「えーはい、雑な自己紹介から入るタイプの漫才をね、やらせてもらってますけども」
漫才師A「クイズ出すで!」
漫才師B「……雑やな」
漫才師A「ボクらのコンビ名はなんでしょう。チッチッチ……」
漫才師B「先に答え言うてもうてるやん」
漫才師A「客に聞いとんねん」
漫才師B「お客さんのこと『客』いうなや」
漫才師A「はよぉ。はよ答えろや誰か。お前らなぁ、客やからってナメとったらアカンぞボケッ!」
 バチン! とBがしばく。
      *  *  *
マチ子「そして十年後。私の夫はクズでした。いかんともしがたいクズでした。なにしろ、どんな仕事をしても三日と持ったことがないのです」
 パチンコ屋の騒音。
客B「おい兄ちゃん、箱替えてや。おーい、お前や。聞いとんのか」
漫才師A「……やかましな」
客B「あ?」
漫才師A「いま休憩中やねん。見たらわかるやろクソジジイが」
客B「なんやとコラァ!」
マチ子「三日どころの騒ぎではありません。たったの三時間でクビになったことさえありました」
 スマートフォンの着信音。
漫才師A「(あくびしながら)……はぁい」
店長B「(電話の向こうで)中島君? いまどこや?」
漫才師A「へぇ? どこ言われても」
店長B「キミ、今起きたんと違うか」
漫才師A「ここ、どこなんやろ」
店長B「あのねぇ、バイトが初日から寝坊するとかほんまありえへんよ? ちょっと、聞いとんのか、おい、おーい……」
漫才師A「マチ子」
マチ子「はい」
漫才師A「ここどこや」
マチ子「どこって、家ですけど」
漫才師A「(急に笑い出し)今なぁ、めっちゃおもろい夢見ててん。マチ子とオレが天王寺動物園行くんやけどな、動物と人間が入れ替わっとんねん。だからつまり人間が檻に入ってて、それを動物が見物して回るっちゅうシステム。これ絶対ネタになるわ、な、思わへん? 単におもろいだけじゃなくて、なんちゅーかさ、笑ったあとに『あれ? よう考えたらこの話、どうなってんの? なんかヤバない?』ってゾッとする感じのネタにできると思うわ〜」
マチ子「私たちはどこにいたの」
漫才師A「ん?」
マチ子「あっちゃんと私が、動物園に行くんでしょ」
漫才師A「せやで」
マチ子「動物と人間が、入れ替わってるんでしょ」
漫才師A「そう言うてるやん」
マチ子「じゃあ私たちは、檻のなか? それとも外?」
漫才師A「それは……覚えてへんけど。オレはなぁ、ヒゲ生えてたで。ワッサーって」
マチ子「なにそれ」
漫才師A「顔中にワッサー! 生えとった」
 笑うふたり。
      *  *  *
 消防車のサイレンがけたたましく過ぎる。
 追いかけるように救急車も。
 炎がごうごうと家屋を焼く。
マチ子「私の夫、あっちゃんは、クズであると同時に、とても運の悪い人でもありました」
漫才師A「離せぇ!! 取りに行かせてくれぇ!!!」
消防士B「あかん! 今入ったら死ぬで!」
漫才師A「オレの、オレのネタ帳取ってきてくれぇ!」
消防士B「どこや、どこに置いてあるんや!」
漫才師A「オレの机の、」
消防士B「机の?」
漫才師A「机の横の、押し入れの、」
消防士B「押入れか、よっしゃ!」
漫才師A「開けたら布団が三人ぶん入ってるから、それをまず出して」
消防士B「うんうん、布団な」
漫才師A「それから奥にある六個のダンボールの、右上のやつをまた出して、」
消防士B「うんうん、ダンボールな」
漫才師A「ダンボールのなかにごっつい鍵のついた金庫があって、えーっとパスワードなんやったっけ」
 だんだん周囲が静かになる。
消防士/漫才師B「はよ、はよ思い出せ!」
漫才師A「子どもの誕生日の数字やねんけどな、あー思い出せへん、なかで子ども寝てるから聞いてきて!」
漫才師B「よっしゃ任しとけ。ってまだ中に子どもおったんかい!」
漫才師A「急いでくれ、オレのネタ帳が〜!」
 再び炎が燃え盛り、かすかに赤ん坊の声が聞こえて、消える。
      *  *  *
漫才師B「あっちゃん。あっちゃん待って、話あんねんけど」
漫才師A「なんや。オレ忙しいねん」
漫才師B「どういうことあれ」
漫才師A「あれってなにィ」
漫才師B「ネタ変わってるやん」
漫才師A「アドリブやがな」
漫才師B「ボク、前も言ったやんか。あれだけはホンマにやめてくれって」
漫才師A「アドリブを?」
漫才師B「ごまかすなや。……火事の話や」
漫才師A「やめろ言われて、やめるアホがおるかいな」
漫才師B「笑えるわけないやん。せやろ? あっちゃんとこがホンマに火事になった話、大阪中みんな知ってる」
漫才師A「上等やんけ」
漫才師B「なにが」
漫才師A「よう考えてみ。ぜ〜ったい笑えへんネタを笑えるようにできたら、最強やろ」
漫才師B「そういう問題ちゃうから」
漫才師A「ていうか、ネタが受けへんのはエイジも連帯責任やぞ。なにを偉そうに」
漫才師B「ボクは嫌や。あっちゃんとこの火事ネタにして、ギャラもらわれへん」
漫才師A「了解〜。エイジのぶんも、オレがもろときますぅ」
漫才師B「……この、ひとでなし!」
 封筒を投げつける。小銭が床に散る。
      *  *  *

 カラオケの演奏をバックに、ヘタクソな歌。
マチ子「♪やっぱ好きやねん やっぱ好きやねん くやしいけどあかん、」
漫才師A「あかんあかんストップ! 『好きやねん』ってなんやそれ。『すっきゃねんっ』。はい、もう一回」
マチ子「♪やっぱすっきねーん やっぱすっきねぇえん」
漫才師A「おーい! 『すっきねん』言うてる!」
マチ子「やっぱりこんなのやめましょ」
漫才師A「やめへんで。明日の舞台どうすんねん」
マチ子「私が出たってウケないよ」
漫才師A「お前はただボーッと歌っとけばええんよ。オレがツッコミだけで成立させたるわ」
マチ子「ツッコミはエイジ君の仕事でしょ」
漫才師A「オレのほうが上手いし」
マチ子「私がエイジ君に謝ろうか」
漫才師A「絶対あかん」
マチ子「解散したって言っても、まだ発表してないんだし、それだったら」
漫才師A「引退や」
マチ子「え?」
漫才師A「解散じゃなくて引退や、あいつは。まぁあれやな、ひょっとしたらピン芸人になるとかアホなこと言い出すかもしれんけど? そしたらオレが全力で妨害して引退に追い込んだるけど」
 ゴチッ! とマチ子がマイクで殴って、キーンとノイズ。
漫才師A「痛ッ……」
マチ子「今すぐ電話して、謝って!」
漫才師A「お前いまマイクで殴ったやろ(笑)」
マチ子「エイジ君が私たちのことどれだけ支えてくれてたか、あなたも当然分かってると思ってたけど、ぜんぜん分かってない」
漫才師A「なんや。あいつに金でも借りたんか」
マチ子「……借りてません」
漫才師A「図星やん。なるほどな、今までそれをオレに言わずに黙ってたわけや、カネのことは気にせず芸事に集中してくださいと、ンマァすばらしい! 感動で涙ドッバー出てきます! ……んなら最後まで黙っとけや。都合の悪いときに切り札みたいに出してきやがってホンマもう、けったくそ悪いわぁ」
 マチ子は部屋を出ていく。
漫才師A「おい、どこ行くねん!」
 閉まるドア。
漫才師A「あ〜あ。おもんな」
 カラオケのリモコンを操作する。
漫才師A「♪やっぱすっきゃねん やっぱすっきゃねぇぇええぇえん 悔しいけどあかん、あんたよう忘れられん やっぱすっきゃねん……」
マチ子「その晩、あっちゃんは帰って来ませんでした。その次の晩も、やはり帰ってきません。三日めの晩にようやく……というのがいつものペースでしたが、そうこうするうちにひと月が過ぎていました」
      *  *  *
 玄関チャイムの安い音。
漫才師B「どうですか。あいつから連絡ありました?」
マチ子「電話もメールもなんにも」
漫才師B「僕も思い当たるトコは全部当たってみたんすけどねぇ」
マチ子「もう死んでるのかも」
漫才師B「なに言うてますのん」
マチ子「……」
漫才師B「マチ子さん! いやね、ちょっと思い出したことがあって。先月あいつ営業ドタキャンしたんすわ」
マチ子「またですか」
漫才師B「またですわ。さすがにしばいたろ思ってね、何してたんか聞いたら、『動物園におったわー』言うんですよ」
マチ子「動物園」
漫才師B「動物園でネタ考えてたら、いつのまにかめっちゃ時間経ってた、ごめんごめーんて。珍しく謝りよるから気色悪いなぁ思ったんですけど……」
マチ子「なに」
漫才師B「あいつ、ヒゲ、生えてたんです」
マチ子「ヒゲ?」
漫才師B「ヒゲですよヒゲ」
マチ子「あの人ぜんぜんヒゲ生えないたちだけど」
漫才師B「そうでしょ? でもなんでか知らん、急に生えとったんすわ」
マチ子「……ワッサー、って?」
漫才師B「さすがにワッサーってほどやないけど、なんやろ、パサッ、ぐらいの」
マチ子「ワッサーって……」
      *  *  *
 ワサワサと木立が揺れる。
 フクロテナガザルの声。
 ボルネオオランウータンのおたけび。
マチ子「私は動物園が嫌いでした。動物なんて大嫌い。だって臭いんだもの」
 クジャクの鳴き声。ゾウの咆哮。
マチ子「居心地が悪いのは、臭いのせいだけではありません。動物たちが、じっと私のことを見ている気がするのです」
 フンボルトペンギンの群れ。
 じゃれあうミナミアフリカオットセイ。
マチ子「いったいぜんたい、あいつはなんでひとりなんだろう? 人間のくせに、なんでひとりで動物園にいるんだろう?」
 幾種類もの動物たちが責め立てるように鳴く。
アナウンスB「(ハウリング入って)……あーテステス、迷子のお知らせです。吹田市からお越しのナカニシ様。アオイちゃんとおっしゃる四歳の女の子をお預かりしています。お近くの係員まで……」
マチ子「だから私は動物園が嫌いです。だって、昔の楽しかったことを思い出すから」
アナウンスB「……あーテステス、またまた迷子のお知らせです。守口市からお越しのマチ子様。あっちゃんとおっしゃるオスのアムール・タイガーがお待ちです。至急、三番ブロックまでお越しください。繰り返します、守口市からお越しのマチ子様……」
 地の底から響くトラのうなり声。
マチ子「三番ブロックにたどり着くいた私は、看板に書かれた文字を読みました。『アムール・タイガーは、現存するトラのなかでもっとも大型になる種族です。中国や朝鮮半島からモンゴル、シベリアまで、かつてはユーラシア大陸の広大な地域に生息していたとされます(※徐々にあっちゃんの声がダブる)。中島敦の小説「山月記」のなかに登場する人食いトラは、このアムール・タイガーだとされています。一頭につき千平方キロメートルにもおよぶ広い縄張りを持つのが特徴で、繁殖期を除く一年の大半は、単独で、生活しています』」
 荒い息を吐きながら歩き回るアムール・タイガー。
マチ子「あなたもひとり? タイガーさん」
タイガーA「生きとし生けるもの、生まれたときから死ぬまでひとりですなぁ」
マチ子「ひとりじゃ漫才はできませんよ」
タイガーA「はてさてマンザイとはなんでしたかなぁ」
マチ子「漫才というのは、ふたりがいて、それで、面白いことを話すの」
タイガーA「黙っていても面白いことはたくさんありますなぁ」
マチ子「黙ってたら面白くないでしょう」
タイガーA「黙っていてもあんたの顔は面白い」
マチ子「まぁ。なんて失礼な」
タイガーA「顔も白けりゃ尾も白い。顔が西向きゃ、尾は東」
マチ子「ダジャレで笑うような客は相手にしないんだって、あなたずっと言ってたじゃない」
タイガーA「そんなことを言いましたかなぁ」
マチ子「私、尻尾なんて生えてません」
タイガーA「あんたは人間ですかなぁ?」
マチ子「ご覧のとおり」
タイガーA「かわいそうになぁ。人間にはなりたくないものだなぁ」
マチ子「なぜ?」
タイガーA「なぜだか知りたいかなぁ?」
マチ子「知りたい」
タイガーA「ではこっちへおいでなさい」
マチ子「……」
タイガーA「遠慮せずにおいでなさい」
マチ子「あなたは人食いタイガーね」
タイガーA「なにを言う、人を食ったことなんて一度もないなぁ」
マチ子「じゃあ、足元に転がっている、その白いものはなに!」
タイガーA「これがなにか、本当に知りたいのかなぁ?」
マチ子「……知りたい」
タイガーA「本当に?」
マチ子「……本当に」
タイガーA「これはなぁ、火事で死んだあの子の骨だよ!」
 凶暴なトラの咆哮……消えて。
 明るいBGMスタート。
漫才師B「あかんあかんあかん!」
漫才師A「え、なんでや。めっちゃ怖ない?」
漫才師B「客怖がらせてどうすんねん」
漫才師A「怖すぎて笑うしかないわ〜っていう新ジャンルや!」
漫才師B「もぉ……マチ子さん、なんか言うたってください」
マチ子「(台所から)いいんじゃない?」
漫才師B「はぁ?」
漫才師A「ほらな」
漫才師B「なんですのん夫婦揃って」
マチ子「はい? 揚げ物しててよく聞こえなかったけど」
漫才師A「人を食ったことはないが、いや実に人を食ったような漫才だなぁ! どうも、ありがとうございました〜」
漫才師B「いや終われへん終われへん」
漫才師A「ぐじゃぐじゃうるさいなぁ。じゃあお前がオチ考えろや!」
 そのとき、そばで赤ん坊が目覚めて泣きはじめる。
マチ子「あっちゃん、オムツ替えて〜」
漫才師A「はーい。はいよっこらせっと。わわっ、しょんべんしよった!」
漫才師B「こっちに向けんなや!」
漫才師A「そうや、ひらめいた! ネタの最後にしょんべんしたったらええねん。それで終わったら最高やで!」
漫才師B「アホ、こっち向けんなって!」
マチ子「ちょっとなにやってるのふたりとも!」
 大騒ぎの三人と、泣きじゃくる赤ん坊。
漫才師A「どうも、ありがとうございました〜」


               終

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