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ここ2ヶ月ほど、自分の中で「世界に向けて訴えるべき何事か」みたいなものが消え失せつつある。自分は哲人気質で、ものをよく考える故の厭世家で、そうした性情は今まで通りなのだが、そうした思考回路をぐるぐる巡って出力されたモノが、近頃どうにも"公なるモノ"に思えない。自分は、SNSにしろ独り言にしろ、何某かの情報を外へ向けて発信する際には、その情報が相応に"公なるモノ"でないと我慢ならない。それを外界へ向けて放つからには、他者にとって意味のある情報でなければならない。芸術家としての本能なのかも分からないが、自分から発信される何か──広義の「作品」──が本当の意味でただの内的な呟きであることに意義を見いだせず、発信すると決めたならば聴衆について思いを馳せることが義務であると考えてしまう。

とはいえ、それがある種ナンセンスな感覚であることも知っている。我々人間は神ならざる不完全な動物であり、死と無常を運命付けられた現象界の住人だからだ。というわけで、今回は己の中の苦手を克服し、以下の文を読む他者の存在を一切考えず、ただ内的な欲求だけに従って完全に無意義な文章を書き、それを自慰的にここに公開してみようと思う。未だかつてない試みだ。

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今朝も日課の無窮連祷を終え、学校に登校しようとしたところで幼馴染の死四十と出くわした。彼は、実の父親に死死死死死ー死・死死死死死死死死死死死死死死死・死死死死ー死死死死死死死死死死死死死・死死死死しししししーししししししししししししししししししししーしししししししししししししししししと名付けられて以来16年のあいだ死四十ししどおと名乗っている狂戦士だが、この街はそんな彼より狂っている。彼は俺を見て言った。
「おはよう、日出国ひいづるくに
「おはよう。お前、寝癖ほら」
俺は、後頭部のあたりを指さして示した。
「クルンとしてるぞ、クルンと」
「ありがとう。でもこの寝癖が治ることは生涯ない」

学校に着くと、クラスのいじめっ子達がいきなり死四十を指さして声を上げた。
「おいおい、お前今日も寝癖ついてんぞー!? ダッセー」
「アスペかよww」
ビッチがひたひたと歩み寄ってきて、
「私が寝癖直してやるよ」
と言うなり死四十の寝癖を掴んで引きちぎった。
「痛っ」
「アハハハwwww 優しい女子がいて良かったじゃん、モテ期かもな」
俺は腕組みして見ていたが、ふと死四十を一瞥して問いかけた。
「殺意の波動は?」
「……は? そんなもの無いよ」
「破滅の衝動は?」
「まだそんなこと言ってんのかよ。僕たちはもう大人なんだ」
「この狂った教室の何処に大人がいると言うんだ。いや、この世界に──お前に死死死死死ー死・死死死死死死死死死死死死死死死・死死死死ー死死死死死死死死死死死死死・死死死死なんて名前を付けたカス野郎が真っ当な大人だったとでも言うのか?」
「はは、そんな長え名前よく噛まずに言えるな」
男が茶化すように呟いたので、俺はその辺の椅子を掴んで投げ付けた。男は吹っ飛んで地面に伏せり、ガラス片と木片と血が飛び散って教室が悲鳴に満ちた。
「殺すぞーーーーーーーーーーー!!!!!」
叫ぶ俺を死四十が諌めた。
「止めなよ日出国、死人が出るだけだろ」
「黙れ!!!!!!!! これを飲め」
俺は懐から『大五郎 焼酎甲類25% 1.8L』を得意気に取り出し、ボトルごと勢いよく死四十の口に突っ込んだ。
「嚥下だ、嚥下!」
「やめ、ガッ…………………………ゲ…………ゲ、ゲヘ…………エヘ、エヘヘヘレエヘ」
クラスはさらなる悲鳴に包まれた。
「ウワァーーーーッ、死四十が狂ったーーーー!!!」
「よし、行け死四十! お前の真名は『死屍累々之累ししるるいのるい』だ!」
「ガバア」
死四十は視界に入るもの全てを掴んでは投げ、千切っては食いはじめた。椅子・机・チョーク・黒板消し・体操服・水筒・教科書・原田先生・大五郎など、彼の強肩は投擲対象を選ばない。教室は5分と持たないだろう。
「おい、死四十やり過ぎだ! 目を覚ませ!」
俺は必死で彼の肩を押さえようとしたが、筋肉の隆起が激しすぎて一向に肩を掴むことができない。
「お前肩の筋肉凄いな」
するとそこへ生徒指導の権々藤ごんごんどう先生がやってきて、着ていたシャツを引きちぎったかと思うと突然正拳突きを繰り出した。死四十は教室の端まで吹き飛ばされ、即座に活動を停止した。権々藤は破壊の限りを尽くされた教室を見回し、重々しく言った。
吉田よしだ死死死死死ー死・死死死死死死死死死死死死死死死・死死死死ー死死死死死死死死死死死死死・死死死死は何故こんなことをした、分かる者は今すぐ教えろ」
突如クラスは張り詰めた空気に包まれた。長い静寂の後、いじめっ子の男がぽつりと呟いた。
「いや、分かんないっす……。フツーに声掛けたら、いきなりキレ始めて──」
俺は彼に向かって再び椅子を投げつけ、サービスで2脚、3脚と叩きつけた。
「死ねーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「そうか、分からんか…………分からんなら致し方なし」
権々藤はまた重々しく呟き、俺の方を向いて言った。
「お前は吉田を止めようとしていたな。名前は?」
日出国倫理観ひいづるくに りりか
「日出国、ありがとう」
そこで俺はもう回りに椅子がないことに気がつき、権々藤に椅子を投げつけるのを諦めた。
「いえ、当然のことをしたまでです」

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いざやってはみたが、本当に好き勝手に書いただけの文章だ。結局これは何だったのだろう。
「この…………今の、この感じだ。結局これが『何』だったのか、『何』とはそもそも何なのか、 言葉にしようと思うと何かが忽ち結晶しそうな感覚を覚える。そうして言葉を紡いで、だがそれが形を成した瞬間、シュワシュワと解けてもう掴み所が無くなってしまう」
僕は『何』を言葉にしようとしていたのだろうか。そもそも言葉とは『何』なのだろう。僕たちがそれに固執する理由は寂しがりだからなのだろうか。
「ただいまぁ」
ガチャリと戸が開いて、四死十が学校から帰ってきた。
「おかえり。──なんだその頭、お前また寝癖を引きちぎられたんだな」
「うん。でもどうせまた生えてくる。治ることは生涯ない」
「そうだな」
ふと時計を見ようと思い壁を見回したが、それらしきものは見当たらない。そもそも時計とは何なのだろう。『時計』という文字の読み方すら分からない。──え、読み方? 俺は何を言っているのだろう。
「ねえ父さん。父さんはどうして俺に死死死死死ー死・死死死死死死死死死死死死死死死・死死死死ー死死死死死死死死死死死死死・死死死死なんて名前をつけたの?」
「ああ、気になるかい。それはね…………それは………………。そ、それはね────ウッ、──────ググ────そ、れは──────」
「教えてよ」
「ハハ、今教えるさ。…………グッ……………………シュ、シュワシュワ。シュワシュワシュワシュワシュワワ──────ところで、お前の方こそどうして突然一人称が『俺』になったんだい」
「シュワシュワシュワシュワシュワシュワ」
「アハハ、そうか」

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「日出国、おいおい」
「なんだよ」
「なあ、あれ何だろう」
「あれって何だよ」
「ほら、あれだよ。すぐ上に見えるだろ、何か変な細長い柵みたいな形の」
「は? 何だよいきなり」

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あ、ほらまた見えた。
見えたって が?
だから、 か柵みたいなやつだよ。
柵みたいなやつって言うなら柵だろうが。別に珍しくもないよな。
 が?
だから、柵がだよ。
 が?
だから、
 が?
だからさ。
うん。
…………。
…………。

あれ、 の話してたんだっけ。

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