運転免許の無血更新、成る!

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 またしても「試合に勝って勝負に負けた」と云うにふさわしい闘争になってしまった。
 自動車運転免許の更新をめぐる闘いだ。
 昨年8月末が更新期限だったので、同下旬に免許試験場に足を運んだところ、マスク非着用を理由に建物への立ち入りを拒否されたのである。所長を称する男が出てきて、建物の外に連れ出され、しばらく立ち話をした。絶対にマスクなど着ける気はないと告げると、「では……」と所長氏は代案を提示してきた。コロナが怖くてお外に出られない軟弱人民のために、更新手続きの延期措置というのをやってるから、それを利用してくれと云うのである。手続きはすべて郵送で可能らしい。
 納得いかないところはあったが(マスク着用はあくまでも「お願い」にすぎないと云いながら、非着用者には更新手続きをさせないというのは、明らかにおかしい)、代案を提示してくれた点を評価して、ひとまず引き下がることにした。むろん、「騒動が始まって2、3ヶ月という時点であれば対応が追いつかないのも理解できます。しかしもう、こんな状況になって1年半ですよね。マスク着用は強制ではないんだから、着けたくないという人のために、例えば別室で講習を受けてもらうようにするとか、何らかの対応はとっくにおこなわれていなければおかしいでしょう」と善処を要求しておくことも忘れなかった。
 更新延期は3ヶ月間とのことだったので、11月下旬にまた更新時期が来た。
 どうせFラン国家のポンコツ警察、どうせ何の対応もしてないだろうと予想しつつ、わざわざ足を運んで追い返されるのもシャクだから、とりあえず免許試験場に電話で問い合わせた。「前回、マスクしてなかったら追い返されたんですが、もうマスクしてなくても大丈夫ですか?」、「いえ、ダメです」、やっぱりそうだよね、ポンコツだもんね。「更新延期措置というのはまだやってますか?」、「やってます」、「じゃあそっちで手続きします」。
 そして2月下旬、またまた免許証の有効期限が近づいてきた。昨年11月より、コロナ禍とやらは深刻になってるのかどうか知らんし興味もないが、スーパーなどに行くとマスク着用率は騒動初期よりむしろ格段に上がっているし、私のような頑固者はますます生きづらくなっている。「生きさせろ!」と今こそ声を大にして叫びたい。
 免許試験場に電話してみると、案の定、まだマスクなしでは建物に入れてくれないようだ。「ってことは、更新延期措置というのをまたやらなきゃいけないわけですね?」と訊くと、驚くべき答えが返ってきた。なななななんと、そういう特別措置は昨年12月28日で終わったと云うのだ。「ん? じゃあどうすればいいの?」と訊くが、窓口のお姉さんだかオバチャンだかは「マスクを着用してください」の一点張りで話にならん。「お前では話にならん。もっと上の者を出せ」と紋切り型をまだこっちが云い出す前に、やがて敵は自主的に〝上の者〟を電話口に出してきた。最初に試験場に足を運んだ時に立ち話をした〝所長〟氏である。
 私「一体どうすればいいんですか?」
 所長「マスクを着用していただかないと……」
 私「絶対にお断りします」
 所長「では頭にかぶる形のシールドをお貸ししますので……」
 私「そういう類のものは一切しません」
 所長「それでは免許の更新はできません」
 私「おかしいですよね。マスクの着用は法律で義務づけられているわけではないでしょう。あなたは以前お話しした時に、所長としての施設管理権を云々してましたが、所長の方針が法律より優先されるわけではありませんよね」
 所長「今はマスクをしてないと飛行機にも乗れないじゃないですか。それと一緒です」
 私「民間企業と公的機関を一緒にしてはいけません」
 所長「一緒だと思いますよ」
 私「一緒じゃないです」
 所長「何か持病があって、マスクをしていると呼吸困難になるとか、そういう正当な理由がない限りは、非着用を認めるわけにはいきません」
 私「思想・信条に基づいてマスクは着けないことにしてるんです。思想・信条の自由への侵害ではないですか?」
 所長「思想・信条は〝正当な理由〟としては認められません」
 私「いやいやいや……。だってそもそも、マスク着用は〝お願い〟なんでしょ?」
 所長「そうです」
 私「でも実質、強制してますよね?」
 所長「強制ではありません」
 私「〝お願い〟に応じなければ免許を更新させないというのは、強制でしょう。私は明確に、免許の更新をしたいと伝えてます。それをあなたが断っている。だったら私は3月以降、無免許運転をしなければならなくなりますよ」
 所長「無免許運転をしてはいけません」
 私「だって免許の更新をさせてくれないじゃないですか。捕まって裁判になったら、〝更新したいと何度も意思表示したのに、させてもらえなかった〟と主張しますよ」
 所長「しかし絶対にマスクをしないと云われては……」
 私「そもそも昨年8月の段階で、〝強制〟ではないのであれば、マスクをしない人には別室を用意するなり、何らかの対応を用意しておくべきではないかと提起しましたよね? あれからさらに半年が経って、しかもコロナ騒動が始まってからもう2年以上が経ってて、まだ何も対応をしていないというのは、要するに怠慢じゃないですか? しかも延期措置はもうやってないんでしょ? なんで延期措置はやめたんですか?」
 所長「それはまた別の部署の方針なので、私のほうでは何とも……」
 私「そういうチグハグな対応も問題です。延期措置をやめたということは、比較的安全になってきたという判断ですよね。しかし一方ではマスクを着けないと免許更新の手続きをさせないと云う。べつに安全でも危険でもいいですが、対応が不一致なのは困りますよ」
 ……といった感じでテッテー追及したが、とにかく〝非着用では建物に入れられない〟の一点張りなので、「明日またお電話します。対応を再検討してください」と云って話を切り上げた。電話を切ってから、今の会話、ムチャクチャ面白かったな、録音しとけばよかったと後悔した。
 ※ 途中からだが、そして当然こちら側の音声しか入ってないが、傍にいたスタッフが気を利かせて録音したものをYouTubeにて公開

 さてどうしよう。
 まあそもそも最初から方針は決まってはいる。私も世間の空気に従わないだけで空気を読めないわけではないから、昨年8月に試験場に行く前の時点で、マスク非着用を理由に追い出されることは予測していて、そうなると免許が失効しちゃうよなあと思い、その場合どうしようかと熟考してはいたのだ。所長氏が更新延期という代替案を出してくれたために、私が心ひそかに決意していた闘争の実行のほうも延期されていただけで、こうなったらもう、やるしかない。所長氏にも電話で示唆しといたとおり、無免許運転闘争である。もちろん捕まるだろうが、仕方がない。今回は絶対に引くわけにはいかない。管理社会化・監視社会化・警察国家化との闘い、同調圧力との闘いこそ、95年以来の最重要課題であり、それに比べたら他の大抵の〝問題〟はどーでもいい。ここが分からん奴とは話もしたくない。
 正念場である。
 テッテー的に、ド派手に闘わなくてはいけない。
 私は一晩で作戦を立てた。

 まずこの闘争に一気に世間の耳目を集めなければならない。
 しかしこれは簡単だ。予告したとおりまた試験場に電話して、所長氏と議論することになるわけだが、今度はちゃんとすべて録音する。〝笑えるディベート〟は得意だから、かなり素晴らしい〝作品〟になるだろう。「警察のやり方はいつもそうだ。〝お願い〟だとか〝任意〟だとか云いながら『ハイ、免許証を出して!』、で、結局見せるまで解放しようとしないのが警察の常套手段じゃないか」とかってセリフも挟んで、なるべく人民の反警察感情に迎合することも忘れてはいけない。
 録音したら、それをもうその日のうちに、つまりまだ私の免許証が失効してない段階でネットに上げる。マスク非着用に対して〝死ね〟とか〝カス〟とかって反応をするFラン人民が大半だろうが、同時に警察をコケにしてる様子を喜びもするだろうし、とりあえず盛大に炎上することは間違いない。敵はいきなりピリピリし始めるだろう。この段階でもしや敵は、これは大変な騒動になりそうだと察知して、白旗を上げ、「ぜひとも更新してください。マスクはもう結構です」と投降してくる可能性もないではない。
 このまま免許が失効したら〝実力闘争〟に入る、ぐらいの線で決意表明をしておく。無免許運転をするつもりではあるが、まだこの段階では露骨にそうは書かずにおこう。
 3月1日、たぶん私の免許は失効する。
 いきなり無免許運転を始めることも考えたが、私にも都合というものがある。3月は2回も例の「教養強化合宿」の開催予定を入れてしまっており、逮捕されてしまうと合宿は急遽中止とならざるを得ないし、参加を心待ちにしている意識高すぎる系学生の諸君に悪い。合宿期間中に車を使えないのはかなり不便だが、ここは耐え忍ぶ他あるまい。
 しかし3月のうちに〝準備〟をしておく。
 合宿にはOB・OGたちも何人か駆けつけるし、彼らにも協力してもらおう。やってもいいという者があれば、とりあえず菓子折りの1つでも持参して、免許試験場の所長氏を訪ねてもらうのもいい。「このたびはウチのセンセイが大変ご迷惑をかけることになるかと思います。あの人は一度こうと決めたらもう止められないんです。ウチのセンセイのせいで警察官どころ裁判官ですら……出世の道を外れてしまった裁判官もいたし、ストレスからか痴漢で捕まった裁判官もいましたね。とにかく、何が起きるか私たちにもさっぱり分かりませんが、あの人のことですから、誰も予想できないようなトンデモナイことを次々と仕掛けてくるに違いありません。どうか、どんなに辛い目に遭っても、気をたしかにお保ちください」と誠心誠意、あらかじめ労っておいてほしい。ゆめゆめ遠回しの脅迫などではなく、ただのイタワリである。
 4月に入るあたりから無免許運転に決起するとして、敵も警戒してるだろうし、たぶんすぐ逮捕されるだろう。逮捕されたら声明など出さねばなるまいが、覚悟の上の逮捕なんだから、あらかじめそれら声明の類は用意しておくことができる。支持表明を出すことを各方面に呼びかける、その呼びかけ文ももう用意しておく。日頃フーコーがどうこう云ってるくせに少しも今回の問題で闘わないFラン学者どもに、踏み絵を踏ませなければならない。アガンベンにも支持声明を出してもらおう。海外発信のための声明の各国語訳に、合宿OB・OGたちは力を貸してくれるだろう。
 最大の目玉は〝犯行声明動画〟である。できるだけ深刻にやる。
 『ピースメーカー』という映画を観たことがあるだろうか? あのノリでやりたい。「あなたがたが私のこのメッセージを目にする時、私はすでにあなたがたの手の届かない世界へ行ってしまっているだろう」とか云ってしまおう。「私がやったことを知って、あなたがたは私を、人間の皮をかぶったケダモノだと罵るだろう。しかし戦争を仕掛けてきたのはどっちだ? 私だって平穏な生活を望む、あなたがたと同じ1人のごく平凡な人間だ。そんな私をこのような恐ろしい怪物に仕立て上げたのは、あなたがただ」とか云ってしまおう。「あなたがたが善意で押しつけてくる〝新しい生活様式〟など私は望まない。私はただ、慣れ親しんだ古き良き生活様式をこれからも続けていきたいだけなのだ。私が慣れ親しんだ、あの生活を返せ! 私が知るあの祖国を返せ!」とか云ってやるのだ。「おお、神よ。私が犯した恐ろしい罪をお許しください」。『ピースメーカー』の人が企てるのは核テロだが、こっちはただの無免許運転なので、深刻にやればやるほどくだらなくて笑えるはずだ。
 これを、あらかじめ撮影・編集し完成させておいて、いざ私が逮捕された暁には、スタッフの手でドーンと公開してもらう。
 あとはもう、人民がワーワー騒ぐのを留置場なり拘置所なりでタダメシを食いながら眺めていればいい。丸2年もの不当な投獄をかつて体験した私には、どうせ最大でも半年にも満たないだろう新たな獄中生活など屁でもない。
 うー、楽しそうだ。どんどん闘志が湧いてくるぞ。

 ……と盛り上がりまくっていたのに、いざICレコーダーをセットして試験場に電話をかけ、どうせ何ら対応するつもりはあるまいとタカをくくりつつ、一応は話の流れ上、「対応に変更はありますか?」と訊いたら所長氏、待ってましたとばかりに「あります!」と云うではないか。
 マスクもフェイス・シールドもしなくていい。必要書類の記入その他をまず別室でやってもらい、講習は他の受講者からなるべく離して透明板を設置した席で受けてもらう、と云う。おいおいおいおい……それじゃあ拍子抜けであるよ。ちったあ国家権力の意地ってものを見せてくれ。それでも警察か。正義よりもメンツを重んじるのが警察だろ?
 そんなわけで2月27日、どれだけ多くの血が流れることになるかと計画を打ち明けた周囲2、3人を慄然とさせた末に、運転免許の無血更新が実現してしまった。
 なんか物足りなーい!

 とはいえ諸君、ちゃんと闘えば勝てたりすることは分かったはずだ。
 納得できないことを安易に受け入れてはいけない。

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