『ミッシング』感想・考察 自分事とひとごと・連帯
石原さとみさんの演技が、もはや演技というより、実在する人物かのようで釘付けでした。それを見ているだけで面白かったです。
この作品のテーマは一貫していると思います。𠮷田監督の前作『空白』も、表現したいテーマは終始一貫させてつくられた作品になっていました。そういう意味では前作と構図や雰囲気は似ているなと思いました。
『ミッシング』を一貫するテーマは、「自分事と他人事」ということだと思われます。さおりは娘の捜索を自分と同じ気持ちで協力してくれていると思っていたテレビ局、夫、ネットの情報提供者などからことごとく裏切られる思いを経験します。。その都度、さおりは娘のことを他人は他人事にしか思っていないことに絶望し、打ちひしがれます。繰り返される特徴的な表現方法がいくつかありました。それもわかりやすく作られているので見ていて容易に気づくことができる仕組みになっています。
そのひとつは、車窓越しにぶつけられた悲痛の訴えがガラス越しであるがゆえに全く何を言っているのか聞き手にはわからないという表現です。最初は、母親のさおりがテレビ記者の砂田を引き留める冒頭のシーン。このシーンは冒頭ともあって、さおりに感情移入させるためなのか、さおりが何を言っているのかはわかるようになっています。しかし、二つ目、さおりの弟が砂田に車窓越しに何か言葉をぶつけるシーンは、弟が何を言っているのか全く分からないようになっています。観客は砂田の視点と同じになります。最後、砂田がテレビ局の上司に対して、何か文句をぶつけているシーンも何を言っているのかはわからないようになっていたと思います。何を言っているのかわからないということは、送り手にとって大事な問題が、聞き手にとってはなんら関心のない他人事にすぎないことを暗示しています。車のガラス窓は自分事と他人事の境界線です。最後、それまで聞き手であった砂田がそれまでのさおりや弟と同じ立場に立っていることが重要で、砂田が初めて、自分の痛烈な訴えが他人には届かないことを身も持って知ったことが示されます。これまでの類似表現の意図を決定づける印象的なシーンでした。砂田は、さおりや弟の抱える問題を自分事として向き合うことができる段階にようやく立てたのだと思いますが、それは立場を交換してさおりやさおり弟側の気持ちを体感したからです。
あとは、ことあるごとに、さおりの傍らでエキストラ的な役割の人々が言い争いをしていることが印象的です。スーパーにヤクルトがないことにいら立っている人や、街中で肩がぶつかったのか喧嘩している人などがいました。最初は、単に日常の1シーンとしてそういう描写があるのかなと思うのですが、さおりの行くところ、ところどころで毎回誰かが言い争いをしているので、さすがに不自然に思えてきて、ああ、これはあえてこういう風にしているんだと気づきます。それらの小さないさかいは、さおりの娘の失踪に比べれば、すべて大したものではありません。解釈の仕方はいろいろあると思いますが、単に、さおりの抱える問題がそれらに比べて深刻であることを強調したいということには自分は思えませんでした。きっとここで、監督が言いたいのは、さおりもまた、そうした人たちの問題には無関心だよねということで、特権的な自分事はないということだと思います。それぞれの人にとって、この瞬間大事な問題がそれぞれに生じていて、誰の抱えている問題が一番大事だとかは言えないと。スーパーの客や街でけんかしている人たちは当然、さおりのことを知る由もありませんが、それはさおりも同じで、その人たちのトラブルには全く見向きもしません。さおりにとってはそんなことは本当にどうでもいいことですが、もしかするとその当事者にとっては本気で大事なことなのかもしれません。
どちらの表現もさおりをとりまく問題をもっと客観的に見せるために、鏡写しをしているんだと思います。他人事がネタにされるようなマスコミとも絡めて、現代社会で他人事意識を減らして、連帯することの困難や不可能性が訴えられているような気がしました。皆それぞれに当事者性があって、だけどそれは互いに理解されることはなく、ただそれぞれ自分勝手に乱立していて、横に広がってはいかないというどうしようもないように感じさせられます。しかし、最後に少し希望が示されます。
娘と同じように行方不明となった女の子の捜索を結果的に助けることとなったため、そのお母さんが協力してくれます。それをきっかけにみかんバイトの女性なども手伝ってくれました。(身重になっていたのは、さおりと同じ「母親」という立場になる表現でだからこそさおりの問題を自分事に感じていることを示しています)同じ痛みを知ることで初めてそれまでの他人事が自分事になって、連帯することがかろうじて可能になるということが、無数の人間が同時に生きていてそれぞれに当事者性をもちうる現代における、監督の現実的な答えなんだと思いました。
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