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【脚本】夜叉姫 (改編) 三



登場人物


秋津 千早・・・秋津 勝正の一人娘。気は強いが心優しい一面も持つ
篠山 三郎太(元服後 要)・・・篠山 五郎左衛門の養子。千早の守り役
秋津 勝正・・・千早の父。半独立の領国の主
妙・・・千早の母の代からの乳母
篠山 五郎左衛門・・・秋津家の重臣の一人。爺と呼ばれる
篠山 小夜・・・篠山五郎左衛門の養女。三郎太(要)の妹
坂田 忠正・・・要の友
香坂 静磨・・・千早の守り役(要の後任)
栗田・杉山・森川・・・秋津家の家臣
家臣1・・・秋津家の若い家臣
家臣4~7・・・秋津家の重臣達
侍女1~5・・・秋津家の侍女

嵐山 左衛門丞・・・守護大名。前守護の八谷を排し、守護職に就いた
嵐山 貞義・・・嵐山左衛門丞の三男
山辺真之・・・嵐山左衛門丞の腹心
家臣A~D・・・嵐山家の家臣。貞義の世話係

八谷 重正・・・前の守護大名
八谷 信忠・・・重正の嫡男
八谷 鶴丸・・・重正の次男。幼少期に襲われ行方不明


15

千早が飛び出した日の夜。雨はやや小降りになったものの、気温も下がってきた。夜になっても千早が戻らないため、若い家臣が数名手分けして千早を捜しに出ていた。城の入り口で妙と侍女達、家臣1が千早が戻るのを待ちわびている。そこへ、香坂が戻って来るのが見えた。香坂は自分の馬の手綱を引き、千早の馬に二人で乗っている。千早を前に乗せ、香坂は羽織を脱ぎ千早の前からくるむように掛け、自分と千早の体を羽織ごと襷で縛っている。妙が駆け寄る。

 姫様! 香坂殿!

香坂 妙様、直ちにご医師を! 姫様がお熱を出されて!

 (侍女達に)ご医師を! お屋形様にお知らせせよ! 香坂殿、姫様をお降ろしくださりませ。

香坂 は。

(香坂、たすきを解き、家臣1と協力して千早をそっと馬から降ろす。家臣1が千早を背負って部屋へ向かう。香坂も後を追いながら、妙に事情を説明する)

 なぜこのようなお姿に・・・姫様はどちらにおられたのです?

香坂 は。商家が立ち並ぶ大通りで。お着物もずぶ濡れで、どうやらかなり長く雨に打たれていたご様子。姫様は馬の背でぐったりとされ、馬の首にもたれるようにして辛うじて落馬を免れておいでで。声をおかけしてもお答えにはならず、無礼を承知で額に手を当ててみますとかなりの高熱で。落馬せぬようたすきで結び、ここまで来た次第。

(千早の部屋に到着。家臣1、布団の側に千早を降ろし退室。侍女達が着物を着替えさせ寝かせる。妙と香坂は部屋の外で話している)

香坂 我ら手分けして馬を走らせたため先触れも出せず、申し訳ございませぬ。

妙 そのことは今はよい、よう見つけてくれました。さ、香坂殿もお着替えを。

香坂 は、では。(下がる)

翌朝。千早はまだ目覚めていない。領主と爺が様子を見に来たが部屋には入らず、外で話している。千早には侍女がついている。

領主 千早はまだ目が覚めんのか。医師はなんと。

 昨夜は雨のために冷え込み、長く濡れていたため体が冷え切ってしまわれたそうでございます。ともかく体を温めるようにと、煎じ薬をいただいております。

領主 ほかに手立てはないのか・・・! 要は何をしていた!

 姫様は山まで駆け中腹でしばらく話された由。
その後先に帰る、後から来いと姫様が仰せで、お一人になりたいのだろうと、仰せに従ったと。あの痴れ者め。そのまま従うとは! 気づかれぬよう離れて追っておればこのようなことには!

 姫様はそれほどに、お怒りだったのでしょう。なにせ相手はあの嵐山。あのようにおいたわしいお姿は初めてでございます・・・

領主 (溜息をつく)全く。どこまでも忌々しい・・・で、要はどこじゃ。

 厳しく叱りつけ、登城はならん、お達しがあるまで我が屋敷から出るなと申し付けております。無論、この失態は要を育てたそれがしの不徳の致すところ。ご処分を逃れるつもりはございませぬ。

領主 決して許さぬ・・・と言いたいところだが、そうもいくまい。そもそも発端は嵐山。その上、要にいくつも兼任させたのはわしじゃ。それゆえの失態となると、わしの失態とも言える。口惜しいことだが・・・
だが、爺が叱りつけ遠ざけてくれて安堵した。今要の顔を見れば、わしは平静ではおられんだろう。・・・ともかく嵐山の件をなんとかせねば。

 は。皆を集めまする。


更に翌日。千早は目覚め、皆喜んだが、起きられるほど回復してはいない。顔色は悪く、目つきも険しい。ただ天井を見上げ、一点を見つめるばかり。

侍女1 姫様、お願いにございます。せめて一口。

千早 (か細い声で)いらぬ。

侍女1 ではせめてお薬だけでも。

千早 (苛立ちをあらわにして)いらぬ。下がれ・・・!

 姫様、お熱が下がってもお食事も召し上がらず、薬もお飲みにならぬではお体が保ちませぬ。どうか・・・

千早 くどい・・・!
(体力が落ちているため、すぐに息切れしてしまう)

 ・・・では、部屋の隅に控えておりますゆえ、何かございましたらお呼びくださいませ。


16

千早が目覚めた翌日。初めて婚儀に関する書状が届いてから三日後の合議。

 またもや嵐山からの書状にございます。あやつの三男、貞義と姫様のご婚儀は両家のためにも、ひいてはこの国のためにもなる良縁。則ち全ての民にとって吉兆となるであろう。早急に返事を。など、くどくどと書き連ねております。

(全員が不快な表情である)
家臣5 おのれ、よくもぬけぬけと。

家臣4 吉兆? なんと大仰な物言いか。

家臣6 あやつの腹など読めておる。

家臣4 というと。

家臣6 我ら地侍達の結束に震えておるのじゃ。婚儀をもちかけ我らの和を乱す算段。

家臣7 なるほど、我らは各々の領地は狭くとも、盟約の数、間もなく七割にも届こうとしておりますからな。道を広げ行き来を増やし豊かに大きくなり、小競り合いも減り、更に結びつきも益々強うなりと良いことずくめ。
転じて嵐山は、幾つも内外に騒動を抱えておる。諸国との睨み合い、戦も頻繁に起こり、政に異を唱える重臣も増えた。
ゆえに我らの結束を怖れておるということですな。

 それだけでござろうか。

領主 どういうことか。

 嵐山の領地に潜り込ませた配下の者が戻りましたゆえ、ご報告をと思うておりました。

領主 その者はなんと。

 城下には人の行き来も少なく活気がない様子。なれど城の周りには尋常でない数の人足がおり、荷を運び入れる順を待っているとのこと。

家臣7 篠山殿、まことでございますか。

 この者は長く我が家に仕え、町に溶け込み百姓や商人から話を聞き出す術に長けております。

領主 その者、戦支度と見たのだな。

 は。

領主 となると、婚儀の件はなんと見る。

 恐れながらお屋形様、それは嵐山の仕掛けた罠かと。
我らが大人しく付き従い結束を乱せばそれも良し、婚儀を蹴れば即刻あれこれと難癖をつけて攻め込むも良し。
我らが戦支度を整える前に攻め込まれれば当然こちらが不利。

領主 我が領土くにだけでは、数も足りぬからな。

 なれど嵐山はすぐには戦には出ますまい。嵐山側についた地侍を前面に押し出し戦わせ、双方を疲弊させ己は力を温存する。いよいよ出陣となる頃には、こちらは余力もなく楽に方が付く。

家臣6 おのれ嵐山め、我らを見くびりおって!

 お屋形様はこの盟約の要。排すれば残りの地侍もどうとでもなると見ておるのやも。

領主 直ちに各領主に書状を! 支度を急げとな!

 ですがお屋形様、一つ・・・

領主 なんじゃ。

 相手は既に支度を整えつつありますゆえ、何かしらの書状を返し、時を稼がねばなりませぬ。

領主 む・・・考えがあるのか。

 目に入れても痛くない娘であり、家督を譲る大事な姫でもある、おいそれとは決められぬゆえしばしの猶予を、などはいかがで。

(妙に支えられながら寝間着に羽織姿の千早が入ってくる)

千早 ならば、婚儀に乗り気だと匂わせるのはいかがでしょう。

領主・家臣達 (口々に)千早! 姫様!

領主 起きてもよいのか。

 姫様、お具合は・・・

千早 このような姿でご無礼を。またご心配をおかけし申し訳もございませぬ。なれど今は火急の時ゆえお許しを。
父上、わしの、いえわらわの考えをお聞きくださいますか。

領主 あ、ああ・・・(皆が千早の変化に少々驚いている)

千早 婚儀に乗り気と思わせ、油断を誘い、時を稼ぐのです。婚儀の準備となれば、それなりに用意が必要な筈。のらりくらり上手い言い訳で引き延ばすこと叶えば、戦支度も調いやすいかと。

 恐れながら、家督を継ぐ筈の姫様を手放しで差し出すような書状では、かえって疑念を抱かせるやもしれませぬ。

千早 ならば、婿養子ではいかがでしょう。
両家の結びつきで国が益々発展し、民が平和に暮らせるなら良い手立てではあるが、家督を譲る姫でもあり少々困っている。
そちらには三人も男子がおられるゆえ、婿としてこちらに来ていただければ妨げもなくなる、などは。
向こうとて、そのような話においそれとは乗りますまい。さりとて婿の話を蹴り、それを戦の大義とするのでは、あまりにも道理に合いませぬ。

 ほ、ほう・・・

千早 加えて、一度こちらに三男を招きたいと誘うてみては。物見遊山の気軽な旅のつもりで。旅には良い季節、我が領地は海山の幸も豊富、娘に案内させる、などはいかがでしょう。
もてなす用意も必要になりますが、時は稼げるかと。今は病の身ゆえ、治り次第、とでも書けばもう少々稼げるやもしれませぬ。

領主 う、む・・・

千早 向こうに、三男を送り込んだ方が易々とこの地が手に入ると思わせれば、乗ってくるやもしれませぬ。そしてこちらは時を稼ぎ支度が調い、人質が手に入る。

 ・・・驚きましたな。姫様には策士の才もございましたか。

千早 ・・・少々頭に靄がかかっておりますゆえ、書状はこのような内容で、上手く書いてくださいませ。

領主 ・・・無論、嵐山と手を組むつもりはないが、僅かな間でもお前が案内を引き受けるというのは・・・よいのか?

千早 今は火急の時、お気になさいますな、父上。

領主 ・・・わかった。それも含めて合議を続ける。お前はもう休みなさい。妙、頼む。

 お任せくださいませ。さ、姫様。
(千早、妙に支えられて退室)

(部屋に戻りながら)
 姫様。お疲れでございましょうが、何か召し上がられては。

千早 そうじゃな。力をつけねばならん。

 では、お薬と重湯などお持ちいたしまする。それまでの間、少しでもお休みくださいませ。
(部屋に戻り、千早が横になるのを手伝った後、退室)

千早 (クックッと喉を鳴らして笑う)あの守護の子息と婚儀だと? 
笑わせてくれる。このわしに相応しい男かどうか、とくと見せてもらおうか・・・!


17

秋津と嵐山のやりとりが何度も行われ、三男貞義が秋津領に招かれることが決まった。千早も回復し、準備を進める。秋津側の各領主達も着々と戦支度を調えてゆく。そして嵐山貞義が来る前々日の夜。篠山家で要と坂田が打ち合わせをしている。

坂田 貞義一行の家臣は多くはない。中間ちゅうげんも最少。家臣達は、貞義が幼い頃から世話をしている者ばかり。出世欲のない、控えめな者達らしい。貞義本人も噂通りの目立たぬ人物だ。
ただ一人、この山辺真之という男は警戒せねば。この者だけは、はなから婚儀に反対していたようだ。策など弄さずとも、攻めれば勝てる相手、策を練る間も惜しいと。

 どのような人物だ?

坂田 嵐山左衛門丞の昔からの腹心だ。守護代になる前に、既に側にいたという話だぞ。だが、なぜ腹心になったか、ようわからん。どれほど聞き回ってもそれらしい手柄が聞こえて来ぬ。やたら忠臣面をして幅を利かせておるようだが、実はごますりの小心者と俺は見た。

 五割ほど引いて覚えておこう。

坂田 八割は覚えておけ。ただの腰巾着ならばよいのだが、嵐山が何の功もないただの腰巾着をいつまでも側に置くとは俺には思えん。

要 わかっている。いつも十割覚えているさ。お前の戯れ言も含めてな。
(にやりと笑う)

坂田 なら良し(にやりと笑い返す)

 賑やかにやっとるのう。

坂田 (爺に向き直り居住まいを正して)篠山様、お騒がせし、申し訳・・・

 (坂田を遮って)よいよい。で、用意は調うたか?

坂田 は。同胞の家々は順調に支度を進めておるとの返答あり。敵対する家からも、ちらほら返答が届いております。勝てる見込みなく大人しく従ったが、矢面に立たされるため面白うない様子で。

 ほう。よい兆しじゃな。じゃが・・・

坂田 は、じっくり見定めて改めてご報告申し上げます。

 頼む。どちらの陣営であれ、明後日からのことは絶対に漏らしてはならんぞ。

坂田 心得ております。

 お出迎えの支度は。

坂田 着々と進んでおります。それがしは明日の朝一番で出かけねばなりませぬゆえ、明日の合議にて、要からご報告申し上げます。

 そうか、くれぐれも注意を怠るな。

坂田 は! では、それがしはこれにて。要、あとは頼む。

 気をつけて行けよ。

坂田 おう。

(坂田、再度爺に礼をして立ち去る)

 頼もしいことよ。なあ、要。

 まことに。実直で皆に慕われております。時折、それがしに対しては戯れの度が過ぎることはございますが・・・

爺 ほっほっ。そこがまた面白いのじゃ。
そなたは初めて会うた幼き日より、図抜けて賢かった。わしはすぐさま引き取ると決めた。そなたは何を見せても、見ればすぐ覚えた。文字も、学問も。
だが周りに溶け込むことはできなんだな。それが、坂田とはすぐに打ち解けて驚いたわ。

 あれは・・・忠正が踏み込んでくるもので・・・

 (笑って)だからよいのじゃ。忠正と打ち解けたあと、そなたは変わった。幼き姫様の守り役を務めた際、姫様を守り木から落ちた後、姫様をお諫めしたと妙殿から聞かされた時は鼻が高かったぞ。

 !・・・それは、初耳にございます。お叱りを受けたことしか・・・

 『よくぞ申した』と言いたいところではあったが、事が事だけに開けっ広げには言えまい。

 なるほど(遠慮がちに微笑する)

 ・・・明後日、嵐山がどう出るか、一時も気は抜けん。何かあればすぐに知らせよ。密かに周りを固めておく。・・・姫様を頼む。

 は!


18

嵐山貞義が秋津家の領内にやって来た。境界線付近で家臣7が配下の者を引き連れて出迎えた。そこから、千早達が待つ場所まで案内する。
貞義は行列の先頭の馬に乗っている。
要達家臣は馬から降りて行列を待っている。その後方で輿に乗った小袖姿の 千早が待っている。貞義一行が近くまで来たところで千早も輿から降り立つ。
一行が要と香坂の前で止まった。千早は後方から家臣達の間を通り抜け、  貞義に一礼して挨拶する。   

千早 ようこそおいでくださいました。嵐山貞義様。わらわは秋津勝正が娘、千早と申します。此度は我が父の申し出にお応えいただき、恐悦に存じます。

貞義 嵐山貞義と申します。お誘い、かたじけなく存じます。千早姫には病にて床に就いておられたとのこと、もうよろしいので?

千早 (少し驚き)ただの風邪でございます。それに此度はわらわが旅の案内役を仰せ付かっておりますゆえ、寝てなどおられませぬ。

貞義 風邪は万病の元とか。無理は禁物です。わたしの母も、風邪をこじらせ、そのまま・・・

千早 ・・・左様でございましたか。なんとお気の毒な・・・

貞義 もしおつらいなら、決して無理なさらぬよう。案内は、きっとご家来衆が務められましょう。わたしのことはお気になさらず。
(本気で心配している様子が窺える)

千早 ・・・ありがとう存じまする。貞義様、どうかご安心くださいませ。わらわは、どこも苦しくありませぬゆえ。

貞義 (ようやく安心した様子で)それならば・・・

千早 さあさ、貞義様は旅に来られたのです。どうぞゆるりとお楽しみくださいませ。(輿に乗り)さあ、参りましょう。

(森川・栗田が後ろでこそこそと話している)
森川 驚きましたな、嵐山の三男があのように下手に出るとは。

栗田 まだわからぬぞ、相手はあの嵐山なのだからな。

(貞義、千早の輿の横に並び、ゆっくりと進んで行く。後ろに貞義の家臣Aと要が並び、以降、同様にそれぞれの家臣が並び、後ろに嵐山の中間ちゅうげんが続く。まず宿泊する寺院に向かう)

(寺院に到着し、嵐山の家臣、中間達を栗田・杉山・森川が誘導して馬を繋いで水を飲ませたり、荷物を運び込ませたりしている)

貞義 立派な寺院ですね。荘厳、且つ静謐。澄み切った風に心も清められるような。今宵このような寺院で過ごせるとはなんという至福か。

千早 お気に召して何よりでございます。ここにはわらわの母も眠っております。そのようにお誉めいただき、母もきっと喜んでおりましょう。

貞義 なんと。そのように大切な場所をお貸しくださるとは光栄の極み。

千早 それより貞義様には他にも見ていただきたいものがございます。どうぞこちらへ。

(本堂の横から奥へ入り少し登ると、小高い位置から真っ青な空と海が遠方に広がり、寺院のある山の麓からまっすぐ海へ向かう大通りと、両側に商家が並んでいるのが見える。人も大勢行き来し賑わっている様子がわかる)

(両家の家臣は邪魔にならないように、二人の背中側から見守りつつ、お互いを静かに見張っている。要は、特に苦々しい表情の山辺から目を離さない)

貞義 これは・・・美しい。素晴しい眺めですね。

千早 ありがとう存じまする。ここはわらわも好きで、よく訪れるところなのでございます。

貞義 なるほど。このような場所なら何度でも訪れたくなりますね。あの両側に並ぶのは・・・商家でしょうか。

千早 左様でございます。あれは様々な商売をしている家を集めた場でございます。着物や様々な小物、紙や筆などの道具、甘いもの、珍しい食べ物などが並びます。明日はあの商家の辺りをご案内いたします。貞義様のお気に召すものがあれば幸いに存じます。

貞義 え、それは、買い物をする、ということでしょうか。

千早 左様でございます。

貞義 それは楽しみですね。わたしは、買い物をしたことがないゆえ、一度してみたいと思うておりました。姫はなさったことがおありなので?

千早 幼き頃は、侍女達がお菓子など買い求めていたのですが、その美味しさもさることながら、己で買い求めることに強く心惹かれまして。わらわも行きたいと駄々をこねてしまいました。
以来、出かけて食べたいものを選ぶ楽しみを覚えまして。さすがに一人で出かけることは叶いませぬが、時折出かけるように。

貞義 (本当に楽しみな様子で)姫と買い物とは、明日が楽しみです。

(それぞれの家臣が、相手には聞こえないよう注意しながら内緒話をしている)

家臣B 噂に聞く姫とは何やら印象が違うような・・・非常に気の強い姫と聞きましたが。しかも若を、下にも置かぬ歓待ぶり。

家臣A それだけこの婚儀に意欲があるのか、あるいはその逆か。しかと見定めよと守護様のご下命じゃ。気を抜くな。

家臣B は・・・

杉山 姫様はまるで別人のようじゃ。あそこまで下手に出る必要があるのか。

栗田 この婚儀にこちらが乗り気であると見せて時を稼がねば。少しも気取られてはなりませぬ。杉山殿もご注意を。

貞義 ・・・ときに、千早姫はもう領地を治めておいでと伺ったのですが。

千早 はい、父に頼んでほんの一部でございますが。父のように領内を見て回ることに憧れ、少しでも早く見て回りたいとせがんで。

貞義 おいくつの頃からですか。

家臣A (こそこそと貞義に耳打ちする)若、あまり下手に出るような物言いはお控えを。あちらはただの地侍の娘にて。守護の家としての威厳をお見せくだされ。

千早 (聞こえているがそ知らぬ顔で)さて、もう四年ほどになりましょうか。どうかわらわにお気など使いませぬよう。わらわは旅の案内役。どうぞなんなりとお尋ねくださいませ。

貞義 ・・・わかり(ましたと言いかけて)わかった。では、どのような所、か。(慣れない話し方に戸惑い、妙な箇所で途切れる)

千早 なだらかな山が二つほど連なるところにございます。米も畑の作物もよく育ち、百姓達も精を出してよく働きます。わらわはそれを見回るのが楽しみなのでございます。その米は領内一番の味と賞されておりますゆえ、後ほど貞義様にもご賞味いただきたく存じます。

貞義 かたじけない。しかし、いかにして山の斜面で育てるのか。

千早 その山には知恵者がおりますもので。『美味しい米が作れると良いな』などわらわが願いを口にすると、皆が上手くやってくれるのでございます。詳しくはこの者よりご説明を。
(要に目配せをしながら)これ。

 は。山の斜面は南側に向いてございます。斜面全体に等しく陽が当たるように加減をしながら土を平らにならし、並べて幾つも作ります。そこに水を入れ苗を植えます。陽が当たれば、作物はよく伸びます。

貞義 しかし水は。

 その山の更に上には水場があり、川が流れておりますのでそれを使うております。

千早 眺めも良うございますゆえ、後ほどご案内いたします。貞義様のご所領はどのようなところででございますか。

貞義 ・・・それがしは任されてはおらぬので・・・

千早 きっとすぐ任されるようになりましょう。嵐山様は広大なご領地をお治めと聞き及んでおります。わらわはこの領内から出たことがないゆえ想像もできませぬが、きっと見たこともない物がたくさんおありなのでしょうね。わらわも見てみとうございます。

杉山 ! やり過ぎではござらぬか?! あれではまるで・・・

森川 声が大きいですぞ!

栗田 世間知らずの姫と思わせた方が得策だとお考えなのだ!

(嵐山の家臣が気づいた)
家臣B 何やら揉め事でも?

香坂 いや、そろそろ良い頃合いかと確認を。

千早 おや、もうか。貞義様、そろそろわらわの所領にご案内いたしまする。山に着く頃には夕焼けが見られましょう。

貞義 おお、実に楽しみだ。よろしく頼み(ますと言いかけて慌てて)た、頼む。

千早 (にっこりと微笑み)はい、お任せを。では参りましょう。

(再び千早の輿と貞義の馬が並び、家臣達が続く中、嵐山の家臣が内緒話をする)

家臣C (家臣Bに向かって)いや驚きましたな。どうやら姫は衷心から若に礼を尽くしておられるご様子で。存外此度の婚儀、まことに乗り気であるやも。その上お美しいとくれば・・・
(脳天気に話しているのが聞こえ、山辺に睨まれて黙る)

(予定していた山の中腹で止まり、それぞれが馬、輿から降りる。家臣達も同様。夕陽が山の稜線に近づいている頃。山は紅葉も始まっている)

貞義 おお、なんと美しい眺め。紅いの陽、空も見事に赤に染まり稜線がくっきりと映えて。木々もとりどりに色づき。この澄んだ空気の心地よさ。姫、ようお連れくださった。心より、礼を申す。

千早 恐れ入ります。そのように喜んでいただけるとは、わらわも嬉しゅうございます。

貞義 かような景色はそうそう見られまい。是非とも心に残したきもの。少し歩きたい。姫も歩かぬか?

千早 はい、お供いたします。 

(二人歩き出し、家臣達も後ろからついて行く)

貞義 姫と話したい。少し離れてから参れ。

(二人は並んでゆっくりと空を眺めながら歩く。家臣達は複雑だが指示に従い、通常に比べほんの少し離れてゆっくりついて行く)

貞義 まことに美しい。夕陽がこれほど美しいとは思いもよらなんだ。姫、重ねて礼を申す。秋津公にも、どうぞよしなに。

千早 ありがとう存じまする。父も喜びましょう。

貞義 ・・・それがしは、これまで旅に出たことは一度もなかった。いつも小さな庭があるだけの屋敷で母とひっそりと過ごした。書物を唯一の友として。そなたは母に少し似ておられる。母の微笑みと、かけられる優しい言葉だけが救いであった。(立ち止まり、千早に向き直って)会えてよかった。

(貞義、目だけを動かし、家臣達との距離を目測すると、また歩き出す)

貞義 (少し小声になる)姫、そのまま歩きながら聞いてください。わたしは父が、兄達が恐ろしい。母が他界した後は、わたしはただの厄介者です。いずれは仏門に入るものと思っていました。旅立つ前夜、父はわたしに『役に立て』と言いました。ですがわたしのような者は父の役には立てません。
強い兵を持つことがそれほど大事なことなのか、わたしはわかりませぬ。もっとほかに、大切なものがあるように思うのです。

千早 貞義様・・・(非常に驚いている)

貞義 政には疎いわたしにも、此度の婚儀の狙いはぼんやりとでもわかります。わたしとの婚儀なぞ、秋津の皆様には承服できるものではありますまい。父の無理な要求を、飲まざるを得ないのでしょうか。回避する策はおありですか? わたしに何かできることはありますか? わたしがここに留まることに意味があるならそうします。いえ、姫の側にという意味ではなく、どこかの寺に置いていただければそれだけで。

千早 (意外な申し出に驚き)・・・貞義様も、お苦しみだったのですね・・・

 

19

夕焼けを眺めた後、茶を振舞う用意をしている旨を告げ移動。既に茶室に両家の者たちが並び千早を待っている。

山辺 (権高に)千早姫は何をしておいでか。何やら遅いように思われますが。客人を、いや我らのことは別として、貞義様を待たせるのはいかがなものか。

 姫はただいま身仕舞いを正しております。貞義様に失礼のないようにと。

山辺 ほう、千早姫には大層若に気を遣うておられるのだな。それほどに、姫はこの婚儀に乗り気であられると?
(嫌味を込めつつ、秋津の本心を探ろうとしている)

 姫は平安を、皆が楽しく笑顔で日々を過ごせるようにと願うております。(嫌味は承知しているが、平然と返す)

山辺 随分お優しい姫であられるのだな。それがしが耳にした姫とはだいぶ異なるような。

 姫は珍しき物をはじめ、様々なものに興味を示すがゆえに、馬にも乗れば、城下にも出かけまする。が、それと姫の平安を願う心情とはあまり関わりがないのでは。

山辺 (常に冷静で感情を見せない要に苛立ってくる)随分、姫をお庇いになられるな。

 それがしは、元は姫の守り役でございましたゆえ。

(両家の家臣の中で数人が、内心焦り始めている。これ以上雰囲気が悪くならないようにした方がよいかとも思うが、どう止めればよいか判断がつかない)

山辺 ・・・馬で併走した際にもちと気になったのだが、そこもと、どこかで会わなんだか。初めて会うたような気がせぬのだが。 

 さて、それがしはとんと思い当たりませぬが。

貞義 もうよい、やめよ。姫にこの醜態を晒す気か。

山辺 (内心は貞義にも苛立ってはいるが、秋津の手前、渋々従う)は・・・

貞義 (要に向かい)これは我が父の腹心で、それがしを守る役目を担い気が立っておる。山辺に代わり、お詫びを申す。それがしに免じて、忘れてくれればありがたい。

 こちらこそご無礼の段、伏してお詫び申し上げまする。 

(千早、化粧を直し豪華な打ち掛けを纏い、小夜を連れて入室する)

千早 お待たせして申し訳ございませぬ。何やら穏やかならぬお話のご様子。(要に向かい)貞義様に旅をお楽しみいただくためにお越しを願ったのじゃ。わきまえよ。
(貞義に)これらは田舎者にて、守護様や貞義様への作法もわきまえず、躾も行き届かず、重ね重ね、深くお詫び申します。
(家臣達は怒りを抑えながら千早に続き頭を下げる)

家臣C (とにかくこの場を静めようとする)いやいや姫のお心使いまことにかたじけない。また艶やかなお姿にて、先ほどの山からの眺めにも増して、心が晴れるというもの。実にお美しく、まこと貞義様に相応しい。若、よろしゅうございましたな。

貞義 あ、ああ・・・

千早 では改めまして、貞義様にお茶を差し上げたく存じまする。
(小夜を手で指し示し)これなる者、我が家の重臣、篠山五郎左衛門が娘、小夜にございます。
我が所領の茶は質もよく、この者は茶の道に秀でておりますゆえ、きっと貞義様のお口にも合うと存じます。

(小夜が茶を点て、貞義の前に器を置く。貞義も器を手に取るが、山辺から目配りをされ、ためらいながらも戻す。皆が沈黙する)

千早 どうかなされましたか? 毒など入ってはおりませぬよ。(平然と)

(両家の家臣がざわつく)

山辺 (慇懃無礼に)いや、姫には大変申し訳ない。が、姫は別として、家臣の方々には若に対して何やら存念がおありの様子と見受けられまして。それがしの務めは若をお守りすることにて、どうかお許し願いたい。

千早 こちらこそ大変な失礼を。どうかお許しくださいませ。それではわらわが先にいただくことにいたしましょう。

家臣達 (一斉に)姫さま! ならばそれがしが!

千早 下がっておれ。

 しかし・・・!

千早 (強めに)下がれと言うておる。
(作法に従って飲む。器を置いた後、ゆっくりと)これで得心いただけましたか? 貞義様。

貞義 あ、ああ。姫、それがしも、お詫びを申します。

千早 頭をお上げくださいませ。貞義様は何も・・・
(急に苦しんで咳き込み、吐血した)

(全員驚愕、秋津の家臣が「姫!」「姫様!」と叫びながら駆け寄る)

 (香坂達に向かい)水を持て! 大量に飲ませ、吐き出させよ! ご医師を!

(香坂が水を取りに台所へ走った)

(小夜はただ驚き硬直している。千早苦しみながら腕を伸ばし、小夜の裾を掴む)

千早 (息も絶え絶えに)きさま・・・何を、入れた!

(千早裾を掴んだまま昏倒する。小夜は恐怖で動けずにいる。香坂が大量の水を手に戻り、その後ろに爺が手配していた者達が続き、小夜を取り押さえ、外へ引き出す。千早を抱き起こし、何度も水を飲ませ吐かせ、待機している医師の元へ運んで行く)

 待て! 小夜がこのようなことするはずが! 

山辺 やはりな、おぬしらの魂胆など見え透いておったわ!
(貞義は既に他の家臣に守られ隅に下がっている) 

 違う! 我らは決してそのような!

山辺 では何故姫が倒れた! その血は! それこそが、おぬしらの企みの証拠!

(山辺、刀を抜いて構える。それを見て双方の家臣達も刀を抜いて構え睨み合う。要だけが刀は抜かず、山辺を睨んでいた。山辺は要を見ていて突然気づいた)

山辺 貴様・・・どこかで見た気がしていたが・・・そうかあの時の、八谷鶴丸か、やはり! 仇討ちのため地獄から舞い戻ったか!

(要、突然八谷鶴丸の名が出たことに驚いたが、幾つもの調査を思い起こし、山辺を睨みながら考えを巡らす)

家臣A 何の話だ。山辺殿? 

森川 八谷・・・? 先の守護の、八谷様のことか?
(若い家臣達には極秘であるため理解できていない) 

家臣C なぜ今八谷鶴丸様の御名を? しかも呼び捨てとは不敬な。山辺様一体・・・

山辺 (無視して)あれが生きていたなら顔に傷が残っても不思議でもない。あの火の中逃げ延びたなら火傷の跡もあるはず。

 (表面的にはあくまでも冷静に)・・・何故、山辺殿がご存じで? 顔の傷やら、火傷の跡やら、「あの火の中」とは。まるでその場にいらしたようでございますな。

山辺 ・・・! (すぐに返事できない)

要 鶴丸様は行方知れずの筈、生死も定かではない。それを、地獄から舞い戻ったとは。山辺殿は、いかにも死んでいるとご存じのようにお見受けする。

山辺 くっ・・・!

 山辺殿は長く守護様の右腕を務めておられたはず。ならば守護もその場におられたのか。 

山辺 ええい黙れ! どうやって生き延びたかは知らぬが、そのようなことはどうでもよい。こうなればここで騒ぎを起こし、この婚儀の話を終えればいっそ楽に方が付く!

 やはり、初めから騒ぎを起こして攻め入るつもりだったな!

山辺 秋津の領主は盟約の要、さらに跡取り娘まで一度にいなくなれば後はどうにでもなる!

 貴様!

(要、刀を抜いて斬り合う。すぐに決着がついた。要は倒れた山辺を見下ろし、香坂達は要を見、貞義達は呆然とそれらを交互に見ていた)




(つづく)



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