【脚本】夜叉姫 (改編) 二
登場人物
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坂田 ときに要、お前また姫様の守り役をすると聞いたぞ。
要 耳が早いな、忠正。
坂田 しじゅう方々飛び回る姫様に後任の守り役が振り回され、剣の稽古も姫様についてゆけず、姫様がお屋形様に交代を願い出たとか、守り役自身が願い出たとか・・・
要 誰がそのようなことを。違うぞ。いや、姫様が方々に行かれるのは事実だが、守り役が振り回されたためという話ではない。まあ、剣の稽古は少々鍛錬が必要かもしれぬが、守り役自身がそれを自覚し励んでおったぞ。
坂田 ほう。俺はてっきり、姫様を叱れるのは篠山様と妙様を除けば、お前くらいだからだと思っていたぞ。(にやにやと笑う)
要 お前・・・(少々呆れている)
坂田 ただの戯言だ。で、真相は? 誰が願い出た?
要 ・・・父上だ。
坂田 篠山様か。(納得した様子)
要 姫様は方々に出かけられ、あらゆることに興味を持たれる。農民、大工、鍛冶屋、商人など出会った者に様々お尋ねになる。
作物の育ち具合、天候、物の売れ行き、商売はし易いか。旅の商人などには山賊は出るのかまで。それこそ、根掘り葉掘り。
坂田 ほう。それはそれは・・・
要 守り役として行けば、俺は目立たずに見回ることができる。民の暮らしも、御領内に妙な連中が入り込んでいないかも。
坂田 なるほどな、さすがは篠山様。実はな、領内の視察を増やすよう進言しようと思っていたところだったのだ。
要 本題はそれか。
(単刀直入に本題から入ればよいものをと思いながらも、さすがだとも思っている)
坂田 ああ。ただ、俺たちは姫様と違い堂々と聞き回るわけではない。もし姫様と会っても、場合によっては挨拶もできん。どこにどのような者が入り込んでいるかわからんからな。その辺りのことは姫様にもお伝え願おうか。
要 わかった。
坂田 だがそれでは、お前が幾つも兼任することになるな。守り役と視察、合議にも出ねばならんとなると、八谷鶴丸様襲撃の調査はほかの者に任せるか。
要 いや、俺は姫様が城外へ出られる時のみの守り役だ。八谷鶴丸様の調査は続けたい。気になることがあるのでな。無論、俺一人では手に負えん。これまで通り、現地に赴くなどはお前達に任せたい。だが、知り得た事実は俺にも教えてもらいたいのだ。
坂田 それで思い出した。新たに、当時城にいて生き残った者を幾人か見つけたと知らせがあったぞ。下級武士や下働きの者だが。俺が行って話を訊く手筈になっている。
要 そうか! お前ならきっと、良い話が訊けるだろう。後で聞かせてくれ。
坂田 任せろ。
(坂田、大事な話を終え、また悪戯をしかけるように、にやにや笑いながら話題を変える)
坂田 それはそうと、小夜殿はどうしている?
要 何だいきなり。
坂田 いやあ、先日小夜殿を少し気にしている者がいると小耳に挟んでな。確かに小夜殿は可愛いし、茶の味はほかとは段違い、和歌も上手いと評判だしな。そこで、肝心の小夜殿には意中の者がおるのか聞いておこうと。
要 それは初耳だ。どちらの御仁だ。(少々驚いている。語気も強まった)
坂田 珍しいな。いつも冷静なお前がそんな顔をするとは。
(要をからかい、にやにやと笑っている)
要 茶化すな。相手は小夜のことを知った上で言っているのか、それともただの評判で関心を持っただけか。声の出ないことをどう思っているのだ。
坂田 落ち着け。俺も少し気になっているというくらいしか知らん。
要 その程度の輩なら、小夜には近づけさせんぞ。それでなくとも、出歩くことも少なく、娘らしく飾ることもしようとしない。まだ恐ろしいのだ。もう十年以上経っているというのに。
坂田 そうか・・・
要 ・・・実の母が小夜をかばい、目の前で死んだのだ。以来、声が出なくなったのは無理からぬこと。負い目を感じているのだ。己の所為だと。
坂田 母が娘をかばうのも、無理からぬことだと俺などは思うのだがな。
要 周りがそう言い聞かせても、小夜自身が得心せねばどうにもならん・・・
坂田 まあよい。おそらくはただ仲間内で、評判や噂を聞き賑やかにやっているだけだ。ただ俺が、お前の取り乱した顔を見たくてな。
要 !・・・忠正!
坂田 おお、よい顔になったな。人間味のある顔だ。お前は常に冷静で面白みに欠ける。何やらいつも張りつめて。まあ今はそういう時だが、張り続けた弦は切れやすいぞ。たまには緩めねばな。
要 ・・・(言い返したいが、自分でも少々自覚があるので言い返せない)
坂田 ついでに言っておくと、小夜殿の噂をしている奴らはな、どのみち何も言っては来ぬぞ。
要 そんなことがわかるのか。一体どういう・・・
坂田 奴らにとっては、敷居が高すぎるからだ。
要 敷居?
坂田 篠山様の養女でお前の妹だぞ。こんな高い敷居、易々とまたげる奴はそうおらんから安心しろ。だが俺は、小夜殿の生い立ちも高い敷居も、物ともしない御仁が現れるのが楽しみだが。
(要は複雑そうな顔をしている)
坂田 しまった、しゃべりすぎた!(片付けを大急ぎで済ませ走り出す)
遅れるぞ! 早う来んか!
要 ・・・誰の所為だ!(片付けを済ませ後を追う)
9
太郎 ・・・この辺りなら木も太くて大きいし根もしっかり張っているから、綱を結んでも支えられると思います。それに下の川も、ここらは流れがゆるくて、水の量も多くないから、人足が作業しやすいと思います。
千早 うむ、こちらと向こう岸とは高さも同じくらいで、渡りやすい橋になりそうだ。
太郎 これができたら、ご城内やご城下に物を運びやすくなります。今までは、山肌に沿ってぐるぐる回りながら運んでいたから麓に降ろすだけでも大変でした。
千早 そうだな。お前のおかげだ、太郎。お前の知恵のおかげで、ここらの米が一番美味いし沢山採れる。これで橋ができれば運ぶのも楽になるし、行き帰りも早くなるな。
次郎 それに、この橋を作るお手伝いをしたらお駄賃ももらえるんでしょう?
千早 ああそうだ。しっかり働いてくれよ。
次郎 まかしといてください!
要 姫様、そろそろです。
千早 もうか。わかった。
太郎 あの、姫さま。
千早 ん?
太郎 橋を渡れば、米も炭も渡せるんですが、人が担いでいくと何回も行ったり来たりなのは変わりません。なんで、荷物だけなるべく一度にたくさん運べるような橋も作れないかと思ってて・・・
千早 そうか! さすがだな、太郎。また聞かせてくれ。
太郎 はい!
(三歳のあやが千早に向かって、とことことおぼつかない足取りで近づいてくる)
あや ひいさまぁ、ひいさまぁ。
(まだ舌足らずで「ひめさま」と発音できない)
千早 あや! しばらく見ぬうちに大きくなったなあ。
(千早、あやを抱き上げる。あや、満面の笑顔)
きよ あや、だめよそんなお姫さまに・・・お話のじゃまをしてしまって・・・(恐縮して千早に頭を下げようとするが即千早が止める)
千早 よい、気にするな。腹の子に障るぞ。・・・それにしても、大きくなるものだな(きよの大きなお腹をまじまじと見る)・・・少し触ってもよいか?
きよ ええ、どうぞ(恐縮しながらも嬉しそうに)
(千早、あやをゆっくり降ろし、きよのお腹にそっと手を置く)
千早 あっ動いた!
きよ 来月には生まれるだろうとおばばさまが。
千早 そうか! 体をいとえ。よい子を産めよ。生まれたら、また抱かせてくれ。
きよ (嬉しそうに)はい。
要 姫様。
千早 わかっておる。では太郎、また来る。(馬に乗る)
太郎 姫さま、雨が降りそうです。お城に着く前に降りはじめるかもしれませんから、お気をつけて。
千早 そうか、お前の見立てはよく当たるからな。急いで戻ろう。
(農民たちが手を振って二人を見送る。千早も手を振って応え、走り去る)
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千早 遅れました。
領主 遅いぞ。
千早 申し訳ございませぬ。我が所領にて、橋を架ける場所の確認をしておりました。
家臣 4 姫様ご自身が行かれずとも・・・
千早 我が所領に架けるのであれば、見届けるが役目かと存じまして。
領主 まあよい。で、どうなのだ、百姓の若者の案と聞いたが。
千早 賢き者にございます。水の流れを整え、各々の田に均等に水が届くよう采配し、米の収穫量を上げる工夫も成功させました。
植物などの知識も深く、山の天気にも詳しゅうございます。お陰でこの雨が降る前に馬を厩に入れられました。
橋の場所を選ぶ際にはこの者の意見も聴く価値ありと訪ねたところ、橋につき更なる案も持っている様子。それが叶えば交易も大きく発展するやもしれませぬ。
領主 そうか。詳しく聞いてみたいものだ。
千早 はい! 案を詰め、ご報告申し上げます。
爺 それにしても姫様は、見回りによくお出になりますな。民ともよくお話になられるとか。
千早 土地のことはその土地に住む者に聞くのが一番。民が何を望むかは民に聞くのが一番。
爺 さすがは姫様。そのお心、ご領地の民達にも届いておりましょう。
領主 爺、そこまでじゃ。あまり褒めると千早が図に乗る。
爺 そうやってお屋形様がわざと厳しく戒められるので、それがしが代わりに甘やかして差し上げておりまする。
(家臣達、押さえ切れず忍び笑い)
領主 (赤面し、わざとらしく咳払い)千早、本日はもうよい。向こうで妙が待っておるぞ。要は残れ。
要 は!
千早 (気の進まない顔で)は・・・では・・・
(千早、退室する)
爺 さて、要も参ったことだし、八谷鶴丸様の件を聞かせてもらうとしようか。坂田よ、新しい話が聞けるそうじゃな。
坂田 は。件の城の周辺から更に網を広げたところ、新たに城の生き残りを見つけ、話を訊くこと叶いました。これまでの話と合わせ皆で検討したところ、いくつか見えてきたことが。
領主 ほう。それは?
坂田 恐れながら、今一度、事の始まりから思い出していただきたく。
十六年前、八谷重正様が守護を勤めておられた代に、御次男の鶴丸様が居城にて襲撃を受けられ、行方知れずに。
この企みは都筑の仕業と目されたものの、都筑は捕らえた者の首を『我が家中の者に非ず』と突っぱね戦に発展。幾度か戦を繰り返し、都筑最後の戦にて、『源之介に欺かれた。都筑は術中に陥った』と言い残した者あり。
されど手掛かりがほかになく七年の月日が経ち、守護は重正様よりご嫡男信忠様の代に。その際、守護代に就いた嵐山左衛門丞が過去に名乗った名が「源之介」であったと判明。
領主 そうじゃ。更に五年後、嵐山が守護に就いた。鶴丸様も見つからず、賊の正体もわからぬまま。
坂田 そこに此度、城の生き残りの話が加わりまする。下級武士一名と、下働きの男と女の話、旅の商人の噂話が一つ。
まず、都筑はやはり何かしら襲撃に関わった、あるいは繋がりがあったと見るが肝要かと。『欺かれた』『術中に陥った』は裏を返せば『何かを知っていた』と同義。それを念頭に置き、要の報告をお聞きくださいますよう。(要に目で合図する)
要 (一礼し)まずは下級武士と下働きの男の話でございます。この二名から、当時の城の外郭についての証言を得、物見櫓の位置とおおかたの物見の数が判明いたしました。
(城の略図に櫓の位置や物見の数を書き記している紙を広げる)
家臣7 なるほど。これはよい。
要 更に女の証言を加えて見ますと、当夜のあらましが見えて参ります。
女はその夜、上役の者から八谷様に何やら祝い事があり、この城全ての者にと、我らにまでご下賜があったと聞かされ、物見の者らにも配ってくるようにと酒を渡されたとのこと。
家臣4 女の上役とは?
坂田 主に台所の差配をしていた者にございます。女は酒が城に運ばれてきたところは見ておらず、上役から酒甕を渡されたのみとのこと。数人の女が手分けして櫓を回ったがかなり手間取り、夜も更け、ようやく戻ってみると下働きのほとんどが倒れており、女達は恐ろしくなりとにかく逃げ出したが、そこへ火矢が飛んできたと証言しております。
要 女は、倒れている者の多くが、何かを吐いていたように見えたとも申しており、おそらくは毒を飲まされたものと。
坂田 後日、生き残った男達が物見櫓付近の屍を集めた折の話では、櫓の多くは燃えており、その付近の屍は顔の判別もできぬものもあった。されど、幾つかの櫓は燃え残り、その場の屍には矢の傷、刀傷などはなかったと。
家臣5 よもやその酒に毒が・・・!
要 (家臣5に向かって頷き)更に下働きの男の証言によれば、城外へ逃げた折、火矢の届かぬ所まで逃げた後に振り返ると、外郭の物見櫓はさほど燃えておらず、天守閣だけが激しく燃え、後から物見櫓に火が移ったように見えたとのこと。
男の話と女の話、それぞれが確かであれば、押し入った者らは物見と一戦交えることもなく城内に侵入し、天守閣に易々と上り事を成したことに。あまりに手際が良すぎるようにそれがしには映り・・・
爺 内通した者がおるのでは、と?
要 は。
(領主、家臣達が動揺を見せる)
家臣6 そやつが都筑と繋がっていたということか!
要 未だ不確かではございますが・・・
家臣7 確かに、先ほどの話が確かであるならば、筋が通っているように思われるがその話だけでは・・・
坂田 ご報告はまだ終わりではございませぬ。もうしばしお待ちを。
領主 申せ。
要 は。下級武士が、ほかの者から伝え聞いたという曖昧な話ではございますが。後日の調査にて、侵入した賊は約十数名とされておりますが、それらを討ち取ったのは城に入ってまだ日の浅かった下級武士、ただ一人であったとか。
爺 一人で十数名を討ち取るとは、相当の手練れか。その者の名は。
要 それが、証言した武士は、城内でその者に会ったこともなく名もわからぬと・・・
家臣6 なんと。それでは何もわからぬのと同じではないか。
坂田 しかしながら、その手練れ、鶴丸様をお守りすることは叶わずとも、賊を全て討ち取った功績から別のお役を賜り、あっという間に出世したと聞いたと申しております。
爺 (わざと遠回しに)・・・何やらどこかで聞いたような話で・・・
領主 うむ。妙に符合しておるな・・・
爺 それで終わりか。ほかには。
坂田 ございます。賊の屍は焼けたものも多くありましたが、明らかに刀傷とわかるほど深い傷が刻まれていたと。
爺 なるほど。手練れというのは間違いではなさそうじゃな。
坂田 は。見事なほどの袈裟懸けであったとか。ただ気になるのは、賊のうち三体は背中に袈裟懸けの跡が。
家臣5 背中、か・・・
家臣7 恐れをなして敵に背を向けたか、油断して味方に裏切られたか・・・
家臣6 都筑であればそのような者はおらぬと思われるが・・・
要 確かに背中の傷だけでは判然としませぬが、その答えになるやもしれぬ話もございます。
家臣6 なんじゃ、早う申せ。
坂田 旅の商人の噂にございます。以前、城から三里ほど離れた山に、その辺りでは知らぬ者がおらぬほどの山賊がおり、中でもその頭は、積み荷を護るはずの用心棒が荷を置いて逃げ出すほどの腕であったとか。
商人は、『命あっての物種』だ、出会ったら諦めてすぐに荷を置いて逃げるようにと、仲間内で話していたと。
それがいつの間にやら山賊は現れなくなり、しばらくは警戒していたものの何年も現れないので、雷に当たったか、雪崩にでも巻き込まれたか、どこかでお縄になったか、いずれにしろ商売がし易くなった、神仏のご加護に違いないと皆喜んでいたと申しておりました。
領主 そやつらが消えたのはいつだ!
坂田 商人によれば、およそ十六年前と。
領主 なんと・・・
坂田 しかも、噂ではその頭の名、「げん」と伝わっているとのこと。
領主 ううむ・・・
爺 お屋形様、噂や曖昧な話が多いとはいえ、このような符合が起こるとなれば、これはなかなかに・・・
領主 うむ。見過ごせぬな。まだまだ判然とせぬが、内通者がいたこと、都筑が何らかの形で関わったことは、おそらく間違いあるまい。鍵は山賊の頭「げん」か・・・坂田、要、今となっては難しいだろうが、引き続き頼む。
要・坂田 は!
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乳母 お待ち申しておりました。姫様。
千早 妙、わしは今から馬の稽古が・・・(嘘である)
妙 先ほど戻られたばかりでございましょう。馬も休ませねば、いざという時助けてくれませぬぞ。
千早 いや、槍の稽古であったわ。
妙 それも朝、済ませておられましたな。
千早 わしは父上の跡を継いでこの国を治めねばならんのじゃ。鍛錬は怠るわけにはいかん!
妙 仰せの通りにございます。であれば、お茶を嗜まれることも大事な教養にございますな。
千早 この前やったではないか。
妙 一度で習得できるものではございませぬ。『お茶であれ和歌であれ、続ければ続けるほど身になる』と申し上げましたがお忘れでしょうか。
しかも先日なさったのはお茶をいただく際の作法。点てる際のお作法はまだでございます!
姫様の申されたように、ご領主になられるからには、御自らお客人にお茶を振舞えぬでは格好がつきませぬぞ!
千早 う・・・わかった。やるから、そうまくし立てるな・・・ほんに、父上とわしにそのような物言いができるのは、爺と妙だけじゃな。
妙 勿体ないお言葉。
千早 わしは褒めてなどおらん!(皮肉が通じず苛立つ)
妙 重々、承知しておりまする。(全く動じない)
千早 (諦めて)・・・もうわかった、やるからしばらく黙ってくれ。
妙 (にっこりと笑みを浮かべ)では、その前にお着替えを。
千早 着替えなどいらん。
妙 良い機会にございます、姫様のご婚儀に合わせて、お召し物を新調いたしましたゆえ、丈や着心地など試していただき、女子の立ち居振る舞いもお稽古なさいますよう。
千早 こ・・・! まだ相手も決まっておらんというのに、気が早すぎるぞ妙!
妙 お決まりになってからでは間に合いませぬ。姫様の先ほどの歩き方はお父上様とそっくりでございます。
あの歩き方では女子の着物をお召しになったらすぐに躓き倒れ、笑い種にございます!
千早 言うたな! ならば持ってこい! たかが女子の着物の裾など、見事捌いて見せるわ!
(ここからは短く1シーン毎に場面を区切る)
(女性用の着物に着替えた千早が一歩進んだだけで倒れる)
千早 あ痛!
(侍女達が口々に、「姫様!」「お怪我は ?! 」と助け起こそうとする)
妙 足を大きく前に出すと転びますぞ! もっと小さく! お膝が伸びきって外へ向いておられます。内に向けて心持ち曲げるように、摺り足でお進みくださいませ! 踵から降ろさぬように!
(お茶を点てる稽古に移ったが、手つきや動きがうろ覚えでおかしい)
妙 背が丸くなっておられます。お手が逆でございます! 手の指は開かず閉じますよう。膝もぴたりと揃えてくださいませ!
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爺 ともかく嵐山が守護について既に四年。その間、領国内外を問わず各所で戦が起こり、民が苦しんでおります。幸い、この辺りは小競り合い程度のもので済んでおりますが、この先はいつ大きな火の手が上がろうと不思議でもございませぬ。嵐山の正体はさておき、対策は立てねばなりませぬ。
家臣6 全く。嵐山だけでなく、周辺でも戦が広がっておりますからな。
家臣7 各国の守護大名だけでなく、守護代、国人の家々も勢力を広げようと争うておるゆえ、油断はなりませぬ。
領主 この領内を含め、周辺の様子はどうか。
要 嵐山の領地に限らず、戦に借り出され、働き手を失った田畑は荒れ始めております。物資も滞る中、更なる戦に備えるためと称し、徴税がますます厳しくなり飢え死にや逃げ出す百姓が増えている様子。
領主 爺からも聞いておる。この領内にもかなり逃げ込んでいるとか。その者らは一ヶ所に集め、名や年、どの領地からの者か記録せよ。調べは念入りにな。間者などではないと分かれば食料を分け与え、寝床も用意してやれ。
要 は!
(家臣1が慌てた様子で書状を持って廊下を走っている。千早が見つけ、気づかれないよう跡をつける)
家臣1 お屋形様、嵐山左衛門丞から書状が届きました。三男、貞義と千早姫様の婚儀の件と・・・
全員 何じゃと?!
(廊下で聞いていた千早が飛び出す。領主が家臣から奪うように取って読み、握りつぶして投げた。千早が取り上げ読む)
領主 おのれ、このような手で来ようとは!
千早 貞義と年も丁度よく、姫もそろそろ婚儀を考えてよい年では・・・?
何を馬鹿な! 貞義という男、まだ元服したばかりと聞いたぞ。いや年などどうでもよい。
覇気がなく才も功もない、二人の兄に頭を押さえつけられてなんの芽も出る気配なしと聞いたぞ! そのような者、わしは決して認めんぞ! 要、馬引け!
(ドスドスと大きな音を立てながら退室。要、領主たちに黙礼して後を追う)
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要 落ち着かれましたか。
千早 いいや! 馬を休ませようと思っただけじゃ。思い出すだけで腸が煮えくりかえる! 嵐山め、よりにもよってこのわしを! この怒り、どう返してやろうか。
要 心配ございませぬ。そのようなことにはなりませぬゆえ。
千早 なぜ言い切れる。
要 お屋形様は姫様を目に入れても痛くないほど大事にされておりますゆえ、嵐山との婚儀などする筈もなく。まして姫様はお屋形様の家督を継がれるお方。
千早 (少し落ち着いて)・・・わしとて武家の娘、こういうこともあるとわかっておる。だが相手があまりにも・・・あの守護の子だぞ。婚儀と称して何を要求してくるか。
要 仰せの通りかと。
千早 (冷静になってきて)・・・なあ、要。覚えておるか。わしがまだ幼き頃、わしに『よいご領主になれ』とお前は言うたな。
要 木登りの後でございましたな、よう覚えております。しかしそれがしは『なれ』とは・・・『おなりください』と。
千早 細かいところはよい! 一々つつくな。(少し苦笑い)
要 どうかお許しを(動じていない)
千早 太郎の話を思い出したのだ。
(千早が十二歳の頃の回想)
太郎 天気は人の思うようにはなってくれません。大雨や日照りの年は本当に、命に関わります。それでもおらは米を育てる。
千早 なぜ?
太郎 おらたちにはそれしかできません。
千早 今は強い者なら百姓でも侍になっているぞ。商人になる者もおる。要も百姓の出だが、戦から逃げて爺に救われ、侍になった。お前ならば、侍でも商人でもなれると思うがな。
太郎 ・・・うれしいけど、やっぱりここにいたいな。父ちゃんもじいちゃんもここで米を作って、おらにいろんなことを教えてくれた。全部、田畑に役立つことです。それにみなもおります。
みなと一緒に田畑を作るのが好きじゃ。おらも父ちゃんたちのように、気立てのいい嫁をもらって、子どもをたくさん作って、田畑のこと教えて、この土地を守っていきたいです。
千早 大雨でも日照りでも?
太郎 いつもあるわけじゃないです。それにいいことだってあります。収穫が終われば祭で歌ったり踊ったり。この前も留吉さんの家で赤子が生まれたんです。丸々して元気なかわいい子です。みなが元気で、おらはうれしい。
今のお屋形さまはすごいお方で、ここ何年か大きな戦が起こらんようにしてくださっていると聞きました。
それにお姫さまがおらたちなんかの話を聞いてくれる。父ちゃんもじいちゃんもそんなこと聞いたこともないって。だからすごくうれしいです。
千早・・・そうか?(少し照れている)
(回想 終わり)
千早 ここはよい国じゃ。山に守られ、海にも近い。温暖な過ごしやすい所じゃ。更に、地侍たちの盟約のおかげで交易も守られ豊かになってきた。それらを守るためにこそ、わしらは働かねばならん。太郎が守りたいと言ったこの土地と、太郎達を守るために。
だが、嵐山達は違う。ただ奪う。田畑が荒れようと、民が苦しもうと。民のおらぬ国などない。領土だけ奪って何になる。
それが戦国の世と、当然のことと、わしは得心がいかん。
要 姫様のお考えは、きっと皆に届いておりましょう。家臣の皆にも、太郎達にも。
千早 だがわし一人の力など小さいものじゃ。嵐山から民を守るためには、皆の力が、お前の力が、わしには必要なのじゃ。
要 勿体ないお言葉。それがしは今後も、全身全霊で姫様と国をお支えする所存。家中の者は皆、同じと存じます。
千早 ・・・ああ、よろしく頼む。
(陽が徐々に西に傾き、空が赤くなり始めた。鳥の群れが空を渡っていく)
ああ、美しいな・・・空も、自由に飛ぶ鳥も・・・
時折、羨ましゅうなる。あのように好きに飛べたら、どんなに気持ち良いだろう。船のようにどこまででも行けたなら、どんな世界が見えるだろう。
太郎のようであったなら、どんなに楽しいだろう。田畑を作り、祭りで踊り、父と母がいて、好いた男の嫁になって、子どもをたくさん産んで、皆で笑う。どんなに、楽しいだろう・・・
要 ・・・
千早 (はっと我に返る)わしともあろう者が! 埒もないことを。忘れてくれ! わしは先に帰る! お前は後から参れ!(すばやく馬に乗り駆け下りて行った)
(要は千早が見えなくなっても、しばらく夕焼けを眺めていた)
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千早 しまった。道をよく確かめずに走ったら・・・どこだここは? まずいな、もう薄暗くなってきたぞ・・・
(周りを見回すと小夜が一人で歩く姿が見えた。道を聞こうと馬を下り声をかけようとした時、要が小夜に近づいたのでとっさに隠れた。なんとなくそのまま隠れて跡をつける)
(要と小夜、廃寺の奥に回る。茂みの中の、少し土が盛り上がり、子どもが両手で持てる程度の大きさの石を置いてある場所に近づく。小夜が持ってきた小さな数本の花を供え、膝をついて手を合わせる。要も小夜の隣に膝をつき手を合わせる)
要 もう十三年になるな。おっかあが逝っちまって。ひどい傷だったのに、手当もできんかった。必死で逃げて逃げて、とうとうここで・・・子どものおれたちじゃ、ちゃんとしたお寺まで運べなくて、そのままここで二人だけで弔っちまった・・・ちゃんと成仏できたかな。
(要、意識的に口調を変えている。百姓であった頃のように)
(小夜は涙を堪え、じっと石を見ている)
要 おっかあはすごく優しかったな。親を亡くして一人で逃げてたおれを助けてくれて、実の子みたいに育ててくれた。お前とおっかあと三人で暮らした三年は本当に楽しかった。幸せだった。
(日も暮れ、風も吹き、雲行きが怪しくなり始める)
要 だけど結局、村が戦で焼かれて逃げるしかなくなって、おっかあまで・・・おれは何もできんかった。悔しかった。でも、おっかあを弔ったとき誓ったんだ。小夜、お前だけはおれが守るって。
二人で必死に逃げたよな。五郎左衛門様に助けられるまで、いつも隠れるか走るかだったな。おれたち二人とも引き取ってくださると聞いたとき思ったよ。おっかあ、褒めてくれるかなって。『よく小夜を守ってくれた』って言ってくれるかなってさ。
(小夜、涙ぐみながら要に笑顔を見せ頷く)
要 そうか、そうだな。それにお前のことも、きっと喜んでるな。こんなきれいな娘になった。お茶も、和歌も上手くて、本当にお姫さまみたいだって、喜んでくれてるな。
(小夜、石に向き直り再び手を合わせる。どんどん雲が厚く暗くなっていく)
(要も石の方を見てはいるが、頭の中で思考の迷路に入り込み現実の何も見てはいない)
要 けど俺は・・・時々わからなくなってたんだ。もし、どこかの百姓に助けられていたら、俺は今も百姓をしていただろう。漁師に助けられていたら漁師になっただろう。
そう思うと、いつも足元がふわふわと揺れて、雲にでも乗っているような気になった。(徐々に普段の口調に変わっていく)
なぜ侍に助けられたのか。侍になったのか。親の仇を討つためか? あの時の母の顔は忘れられん。だが仇がどこにいるかもわからん。
もし討てたらその後は? 大恩ある五郎左衛門様に報いたい。無論お屋形様、姫様にも。だが出世に興味はない。俺はどうすればいい。常に足元が揺らいで一歩も進めない。抱えきれない重荷と、秘密でがんじがらめだ。なぜ俺はこうも・・・
(小夜、要を心配し、励ましたいが何もできず、じっと要を見、話を聞いている)
要 (小夜の表情に気づき)・・・幸せだったのは、三人で暮らしたあの頃だけだ。お前を守る。それだけが、俺の縁だった。俺は・・・(小夜を抱き寄せ)お前を妹と偽るのではなかった!
(遂に雨が降り始め、急激に土砂降りへ変わる。千早、衝撃のあまり倒れそうになるのを必死に堪え、尚抱き合う二人から目を離すことができずにいる)
千早 (雨音に消されるほど小さな声で)おのれ・・・おのれ、要、よくもこのわしを謀ったな。許さぬ。許さぬぞ、要!!
(つづく)