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【創作】夢の案内人 3

  「・・・お前、嫌な奴になったよな」

「・・・っ 何の話だ」
一瞬、反応が遅れた。唐突すぎて理解できなかった。
話をはぐらかすことや態度の明らかな違いは、俺に原因があるというのか?
中学時代に和彦の話をはぐらかしたのも、俺が原因だとでも?
しかも俺が嫌な奴、だと?

「中学、いや小学校の頃からか、お前だんだん嫌な奴になったよ」
わざわざ同じことを繰り返す克也に、更に怒りが湧いた。
「質問の答えになってない。はぐらかさずに答えろ」
俺が原因なのではなく、俺を怒らせて話を終わらせようとしているのだと思った俺はこう言った。

「なぜ答えなきゃいけない。お前の質問には、誰でもいつでも、答えて当然だと思ってるのか。何様だよ」
「なんだと・・・」

体温が一気に上がった気がした。こんなのは初めてだ。気づくと拳を握り締めていた。
俺の顔が険しくなっていったらしい。克也は少し驚いた後、からかうように言った。
「へぇ、そんな顔することもあるんだな。いつも涼しい顔した優等生のお坊ちゃんでも」
「いいかげんにしろ! 俺を侮辱するのは許さないぞ!」

「そっちこそ心配する気なんか微塵もないくせに、友達面して近づくな!」

克也の言葉は俺にとっては完全な不意打ちだった。言葉が出ない。

「気づかれてないと思ってたのか? ああそうだな、和彦や広樹たちは気づいてなかったようだな。だが俺は気づいていたさ。お前の目的なんかとっくにな」

俺はよほど間の抜けた顔をしていたのかもしれない。克也はニヤリと笑うと、俺が聞いていようといまいと構わない、ただ長年溜まった俺への怒りを吐き出したいというように、一気に話し始めた。




初めて会ったときから、お前は少し変わった奴だと思っていたよ。何か、半分透けてるような、姿は見えるのに本当はいないような、それでいて影は真っ黒で変な感じだった。魔物のいる洞窟を覗いているような気がした。

それでも、話してみるとお前はいい奴だったから、余計に面食らったよ。こいつは一体何なんだ、てな。それでも皆といるときは楽しくて、影のことも忘れていられたんだ。

それが、校内写生会の、夢の話をしたあの日から、急に影がもっと濃く、大きくなっていった。話は途切れてしまったし、夢と影に関係があるかどうかもわからなかったが、俺は怖くなった。お前とどんな風に話せばいいのかわからなくなった。

都合よく、お前は休憩時間を一人で過ごすようになった。本を読みたいからと言ったな? 違う。そんなんじゃなかった。本を適当にめくりながら、クラスの何人かを見ていた。皆は気づかなかったようだが。教室からグラウンドを見たり、そのうち他のクラスにまで出かけるようになったり。

お前はあちこちで、じっと見ていた。そのうち気づいたよ。お前が見ているのは、親が社長とか、成績の良い奴とか、他にもスポーツや音楽、いろんな所で目立っている奴だって。

何日も、何人も見続けているお前を見ると、訳もわからず気分が悪くなった。やっと、お前はそいつらに話しかけるようになったが、その目はちっとも笑ってなかった。相手じゃなく、その後ろ側を見てるような感じだった。
ある時気づいたよ。ああ、こいつは相手の何かを探っているんだ、と。

何を探っているのか気になって仕方なかった。クラスが分かれた後も、不自然にならない程度に、理由をつけて教室を覗いた。勿論お前には声をかけなかった。お前は俺には気づかなかった。探ることに集中してたよな。

お前は表面では、誰の前でも笑顔を絶やさなかったが、常に同じ顔だった。笑顔を貼り付けた仮面を被ってるみたいに。
随分経ってから、やっとわかったよ。こいつは俺たちを、いや誰のことも見てなんかいない。お前は、俺たちを友だちだと思ってない。
ただ自分にとって得になるかならないか、推し測っているだけだってな。

図星だろ。いや、なんでそんなことがわかると言いたいのか?
親父が社員の皆を、いや俺たち家族まで、損得だけで見るようになったことに気づいたからだ。お前は親父にそっくりだった。いや、お前の方が少しマシか。お前は作った笑顔でも皆は気づかなかったし、親父はもっとあからさまに損得を口にしていたからな。俺は腹が立った。殴ってやろうかと何度も思った。親父も、お前も。

俺はお前の教室に行くのを止めた。クラス替えに感謝したよ。お陰で喧嘩別れしなくてもお前と縁が切れたんだからな。
お前も感謝しろよ、俺の忍耐力に。入社式の時ももう少しで殴りかかるところを、必死で抑えたんだからな。




克也はここでやっと大きく息を吐いた。
「どうした、言い返さないのか。 見抜かれていたと今になって知ったのがそんなにショックか? それとも、『損得で見て何が悪い』とでも言いたいのか」

克也がそう言うまで、俺は一言も発することができなかった。克也が気づいていた? まさか!
克也の話を聞いた後でも、そう思わずにいられなかった。それほどに、『笑顔を貼り付けた仮面』という言葉が深く突き刺さっていたからだ。

俺は、お前の勝手な当て推量だと、切り返すこともできなかった。実際に、本を読むフリをして、明るい道にいそうな奴を俺は探していたのだから。克也に見られていることなど全く気づかずに。

こんな場面で何を話せばいいのか、言葉が見つからない。克也は黙って俺を見ている。待っているのだ、俺の答えを。

必死に言葉を探した。それでやっと捻り出した言葉は、ボソボソと小さく、消え入りそうだった。
「・・・高校受験は、俺の顔を見たくなかったからか」

克也が目を細めた。触れられたくないことだったのか。それでも溜息をついて話し始めた。
「・・・あれは親父の命令だ。急に、もっと上を目指せと言い出しやがった。俺にもっと箔を付けたかったんだろ」
「箔・・・? 」

子どもの頃から、克也が父親の話を、いや、家族の誰の話もしたことはなかった。そういえば、克也と出会ってから、父・母どちらも、参観日に来たことは一度もなかった。克也も自分の話をしたがらない。何を考えているのかわからないところがあると言われるのはその所為だったのかもしれないと、ぼんやり考えた。

「俺がもっと上の高校・大学を卒業すれば、親父の会社にもっと有利だとでも思ったんだろ。馬鹿馬鹿しい」
怒りを滲ませて、吐き捨てるように言った。

「お前の父親が会社を経営していたなんてこと一言も・・・」
「言う訳がない。フリーランスで仕事していて、たまたま時流に乗って会社を興し、それがたまたま発展しただけだ。お前の家とは違うんだ」
俺の言葉を遮って、早口で言った。

どうやら克也は父親のことを嫌っているらしい。いや、それ以上の感情があるように思えた。それならなぜ、命令に唯々諾々と従った?
「俺は、お前は納得できない命令に、素直に従う奴じゃないと思っていた」

「ああそうだ! いっそぶん殴って家を出てやろうと思ったさ! だが残された母と妹はどうなる。親父はとんでもない暴君になり果てていた。俺が出て行ったら二人がどうなるか! 俺は決めた。今は素直に従っておいてやる。どんな大学へでも行ってやる。それであいつの金を少しでも削ぎ落とせるならそれもいい。だが、この借りは必ず返す。あいつが一番弱ったときにまとめて返してやるってな!」

いつも冷静だった克也からこんな話を聞くとは予想もしていなかった。学校ではこんな姿は、いや入社式以降、同期の誰も、見てはいない筈だ。俺に対する素っ気なさが、克也の一番深くに押し隠していた本音だったのだ。

では、今回の退社はどういうことだ? 
「会社を辞めるのは・・・もしかして・・・」
「ああ、親父の命令だ。だがこの命令には従わない。俺は親父の人形じゃない」

親父の命令に従って辞めたが、従わない? 整合性のない言葉の意味をどう捉えればいいのかまるでわからない。
克也は話すつもりはなかったのかもしれないが、じっと見つめて次の言葉を待つ俺を見返し、諦めたように話し始めた。

「親父の会社が危なくなってな、俺に立て直しをさせようって魂胆だ。誰がそんなことするか。会社を辞めたのは、今が借りを返すチャンスだからだ」

「何をするつもりだ」
まさか、おかしなことを考えているんじゃないだろうな。
「今言えることは、俺の人生は俺のものだ。俺が決める。邪魔はさせない。それだけだ」

父親のことについてはもうこれ以上は絶対に言わないだろう。克也はそういう奴だ。

「・・・・・・俺のことは、だれか・・・」 
最後まで言うより前に、克也が答えた。
「誰にも話してなんかいないさ。あいつらは気づいてないんだ、わざわざ教える必要はない。特に、お前が距離を置いた何人かにはな。『祐斗は俺たちを値踏みしてたんだ』なんて、誰が聞きたいものか」

こいつが和彦の話をはぐらかしたのは、そのためか。
父親の話はしたくない、俺の話も皆には聞かせたくない。
・・・家庭が荒れている時でさえ、平然と皆の期待に応え頼りにされていたこいつが、唯一皆を失望させた理由が、これか・・・

ああ、完敗だ。
他の言葉はもう何も思い浮かばなかった。

克也が一歩近づいて来た。
「もう会うこともないだろうから言っておく。祐斗、俺たちは全く別の世界の住人だ。お前のやってることは気にくわないし認める気もない。が、とやかく言うつもりもない。お前の人生だ、好きにしろ。だがこれだけは言っておく。和彦たちや同期の連中には絶対に気づかせるな。今までやってきたんだ、できるだろ。上手くやれよ。いいな絶対、気づかせるなよ」

それだけ言ってさっさと行ってしまった。今まで見た中で一番スッキリした顔で。


後日、克也の退社は親の会社に入るためだったらしいと山崎が教えてくれた。人事部の誰かの情報らしいが、何人かの又聞きだから確証はないんだけど、と言っていた。
川内はまた、ずるいとか文句を言っていたらしい。
俺は、克也の父親の職業なんて聞いたことがなかった、昔から自分のことは話したがらない奴だったよ、とだけ話した。


克也の噂をする者がいなくなった頃、ようやく元の生活に戻ったと思っていた俺は、そうではなかったことに気づいた。

俺の中に、何かが芽を出していた。これまで感じたことのない、何かが。


つづく






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