小説005
へなちょこキャッチボール
下駄箱まで来て忘れ物に気づくなんてついてない。明日提出のプリント机の中置いてきちゃった、とミキに言うと、バッカじゃん、と一言言われた。えへへ、と笑いながら、実のところ少々カチンときている。バカって言うな。
先帰ってていいよ、と言うと、いいよ一人で帰るのもむなしいし、と返される。なるほど、むなしくならないための飾り物なわけか、と思ってしまう自分は、きっとミキのことがそんなに好きじゃない。でも、つるむ。おんなじグループだから、多少の相性の悪さはごまかしていかないと。あーあ、ここに樹里がいればもう少し違うんだけど。
少し橙の混じる光が射しこむ階段を上っていく。二年の教室は三階にあって、三階というワードを頭に思いうかべるだけで、もうしんどい。
手すりを使ってよぼよぼと階段を登り切り、ひと気のなくなった廊下を進んでいくと、目当ての教室から声が聞こえてきた。女の子と男の子の、声。誰か残ってるんだ。
帰んないの。
あ、うん……本、あと少しだから読み切っちゃおうかなって。
そっけなく聞こえる掠れた低い声と、鈴がなるように密やかな高い声。
その声の主に気づいて、教室の手前数メートルで足を止める。
これ、真木さんと、木崎だ。優等生グループの彼女と、派手グループの彼が話をしているところなんて見たことがない。
ふと興味がわいた。このふたりがどんなことを話すのか。
悪趣味だなと思いながらも、壁に背中を預け、かすかに聞こえてくる声に耳を澄ませる。
ふぅん、本好きなんだ。
うん……もしかして木崎くんも本読むの?
全然。まったく読む気しない。
そっか……
うん。
……
……
あの、
あのさ、
あっ、ごめん! 私はどうでもいいことだから、どうぞ!
……俺もかなりどうでもいいやつなんだけど。
聞きたいです。
……なんか、さむくね?
12月だからね。
……今、ちょーどうでもいいって思ったろ。お前のがさむいって思ったろ。
そ、そんなこと思ってないよ!
だから、どうでもいいって言ったじゃん。次、そっちの番。
……木崎くんは冬きらい?
どっちでもない。
私はね、好きなんだ。
ふぅん……じゃあ、よかったね。
うん。
ああ、さみ。
さむいね。
寒いなら帰ればいいのに。
なんてたどたどしい会話。内容なんてほぼない。沈黙が間に混じって、またどちらかが、大したことのないことを口にする。相づち。沈黙。その繰り返し。
だけど、どちらも帰ろうとしない。
どうしていいかわからなくて、その場に立ち尽くしていた。
プリントとらないと帰れない。宿題が。ミキ、絶対イライラしてる。でも。
きっと扉を開けば、この時間は終わってしまう。
少しだけ、もう少しだけ、この危なっかしい綱渡りをするような会話に、耳をすませていたい。
☆ ☆ ☆
この記事はここまででおしまいです。
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