見出し画像

タワマンの高層階ばかりを移り住む「空中族」

東京の都心や城南、湾岸エリアなどで続いてきたマンション価格の“局地バブル”が、どうやら頂点に達しているようだ。

豊洲

ピークを迎えた湾岸タワマンバブル

例えば地下鉄大江戸線「勝どき」駅との「直結」が売りとして販売されている新築のタワーマンションは、あり得ないレベルの価格にも関わらず、よく売れているらしい。その価格はすでに山手線の内側と同レベルの坪単価400万円を軽く超えている。
 2020年の新型コロナまん延によるテレワークの普及で、湾岸エリアの中古マンションは在庫が不足するほどよく売れており、価格も小幅ながら上昇気味だ。
 1.5倍や2倍など、バブル的に価格が跳ね上がらないのは、買っている人々が「住むこと」を目的とした実需層だからである。これが値上がり目的の投機的な買いなら、1.5倍くらいまでの上昇はあっという間である。
 局地バブルが本格的に始まったのは、2013年からである。その年、安倍晋三総理(当時)は日本銀行の総裁に黒田東彦氏を据えた。彼は「異次元金融緩和」と称する、まさに前例のない金融緩和を始めた。それは今も続いている。最近の住宅ローン金利では0.3%台まで登場しているが、まさに異次元だ。
 実は2008年にリーマンショックが起こってから2012年頃までは、不動産価格が下落傾向にあった。だから2009年から最近までの間、東京の都心や城南、湾岸エリアでマンションを購入した場合、ほとんどのケースで値上がりしている。つまり、現時点で売却すると値上がり益を享受できる。

タワマンの売却物件が急に増える理由

こういった市場価格の高騰を受けて、自宅の購入と売却を繰り返している人々がいる。購入したマンションを売却して得た利益を自己資金として次の物件を購入し、何年か住むとまた売却──というサイクルで住み替えていくのだ。
 これをタワマンで行うと、高層階から高層階へと移住することになるので「空中族」と呼んだりもするそうだ。
 彼らは新しいタワマンが開発されると知ると、そこに住みたくなるらしい。だから、あまり躊躇せずに購入契約する。今住んでいる住戸が「売れれば」有効になる「買い替え特例」を盛り込んでの契約もある。ただ最近多いのは一時的なダブルローンも厭わずに、「買い増し」の形で購入契約を結ぶケースだ。 例えば湾岸エリアでは新しい物件が竣工すると、その周りのタワマンの売却物件が急に増えたりする。価格も一時的にではあるが下落する。「空中族」が引っ越した後に自宅を売却しているのである。ただ、多少市場価格が下がっても、買い値よりは高く売却ができている場合がほとんどだ。

思惑通りに売れない懸念も

こういった「空中移動」は、市場が右肩上がりになっている時には何の問題もない。「空中族」たちは数年に一度の引っ越しを重ねながら資産価値を膨らませていく。
 しかし、市場が踵を返して右肩下がりに転じると、目算が大いに狂う。買い値よりも高く売れるはずだった物件が、思惑通りに売れないといつまでもダブルローンを払い続けることになる。
 何億円も手元資金がある富裕層なら、そういった状況でも動じないだろう。しかし「空中族」は、ほとんどがサラリーマンだ。ただちょっとだけ年収が高い。世帯年収で1500万円前後が多いと言われているが、その程度ではダブルローンを払い続けるのは無理だ。数か月後には、たとえ買い値よりも安い価格でしか売れなくても、成約を急ぐほか選択肢がなくなる。

東京五輪「祭りの後」の虚無感

幸いなことに、湾岸のタワマン市場はいまだに右肩上がりを維持している。しかしながら、そろそろ沸点が見えてきたかもしれない。その理由はいろいろある。まず、湾岸エリアの最大イベントである東京オリンピック・パラリンピックはどんな形にせよ、9月上旬には終わる。もしかしたら「世紀の大失敗大会」となるかもしれない。仮にそうなったら、選手村跡地のマンション群は「失敗大会のモニュメント」として人々の記憶に残る。
 百歩譲って、五輪が何とか成功裏に閉幕しても、終わることには変わりない。湾岸エリアには「祭りの後」の虚無感が漂うだろう。

画像2

コロナで需要を先食いしてしまった

次に、コロナ禍によって湾岸のタワマン市場は数年分の需要を先食いしてしまった感がある。
 2020年の後半から現在まで、テレワークのための部屋数や共用施設を目当てに、湾岸の中古タワマンは大量に購入されている。買っているのは「いずれはマイホームを購入しなければならなかった」人々である。
 つまり、コロナ禍によって、短期間で需要の先食いが発生したのだ。コロナが落ち着くと、その反動の需要減がやってくる。そうでなくても、湾岸エリアではここ20年で大量のタワマンが供給された。また、今後数年はそれが続く。
 これに対して、需要層である30代人口は年々減少している。住宅ローンを組みやすい正規雇用者数は減少傾向にあり、非正規雇用者が増加しているのは周知の通りだ。

タワマンの造りに懐疑的な見方も

最後に、タワマンという住形態に対する懐疑的な見方も広がっている。
 戸境壁や外壁に工場で作られた軽量の建材が使用されているタワマンが、鉄筋コンクリートに囲まれた通常型のマンションとはかなり異なる構造であることの認知が、世間に広く浸透し始めている。
「高いお金を払って住んでいるのに、なぜ隣の住人のくしゃみが聞こえるのか」
 私のところにも、こういった類の相談を持ち込むタワマン住民が多い。
 また今年になって渋谷区に立地する大手デベロッパーが開発したタワマンで施工不備が発覚した。その内容はかなり深刻だ。住民に退去を求めての大規模な補修工事が行われることになったが、これはタワマンという住形態の弱点を象徴する事例ではないか。
 2023年4月、異次元金融緩和を行ってきた黒田日銀総裁の任期が切れる。異次元金融緩和が終わって金利が正常値に戻れば、住宅ローンの金利も上がる。金利が上がれば、住宅ローン利用者は購入予算を下げざるを得ない。金利上昇はマンション市場にとっては巨大な下落圧力である。
 上昇を続けた湾岸のタワマン価格も、いよいよ黄昏の時を迎えるだろう。タワマン神話の崩壊が迫っている。空中移動で我が世の春を謳歌した「空中族」たちも、今から手仕舞いの方策を考えるべきではないか。

出典:2021.06.20 07:00 NEWSポストセブン


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?