のらねこブッチのあさごはん
朝が来た。このところポカポカ陽気で、ボクはうれしい。
「ナあーア」
足のつま先からシッポの先まで、大きく伸びをする。
ポリバケツのふたの上で、ミケが寝ている。先を越してホウライのおじさんのところへ行こう。おじさんは、店を閉めるときに、ごはんを出しておいてくれる。
ボクはミケを起こさないように、ソッと路地を抜けだした。
朝の繁華街は人がいなくていい気分。
車には気をつけなくちゃねと、思うそばからバイクが飛び込んできた。危ない! ボクはひらりとかわす。ひらり、ではなかったかもしれないけど、とにかくすっ飛んで逃げた。
おじさんの店に行くまで、今日のごちそうはどんなか、ボクはいろいろ想像した。
昨日は人通りが多くて、シッポを踏まれそうで路地から出て行かれなかった。だからぺこぺこなんだ。想像しただけでよだれが落ちてしまいそうだが、そこは猫の気品、そんなみっともないことはしないぞ。
横丁の暗い路地を抜け、店の裏へまわる。
おじさんっ、今日もありがと! 勝手口の前に飛び出したが、今日はカラッポ。ひどいや、忘れるなんて……。
いつもなら、いろんなごちそうが入っている四角い缶には、なにも入っていない。食べ残しのわずかなごはんつぶがあるだけ。情けなくなってきちゃったよ。腹ペコで、ゴミ箱あさりかぁ……。
首をたれながら、缶の中を見つめた。みじめったらしいと言われるかも知れないが、のらねこにとっていつも食事がとれる場所があるかないかってのは、死活問題だ。
だけど、なにかがおかしい。妙に鼻先にまとわりつく、この香り……。かいでみると、まだ新しいみたいだ。ボクはこういうことには鼻がきく。いや、目ざといというべきか。誰かがごはんを盗ったのだ。おじさんは、きっとごちそうを入れてくれたんだ。
なんだか腹が立ってきた。腹ぺこでも、腹は立つ。誰なんだ? ボクのごちそうを盗んだやつ。あっ、まさかミケが?
でも、ミケは自分の好きなものにがっついても、相棒にも半分くらいは残しておくやつだ。いくら腹ぺこだからって、先に全部食べちゃうなんてことはしないやつだ。
うっ、ボクはミケが寝ているのを横目で見ながらここへ来たけれど……でも、ミケの分は残しておくつもりだったさ。そりゃあね……。猫にはそれぞれの体内時計があって、その時間に沿って生きている。だから「食べに行くぜー」なんて起こしたりするのは、逆に迷惑だろう?
うーん。なんだかミケじゃなかったとしても、ミケに文句を言ってやりたくなってきた。誰かにわめかなきゃ、気がおさまらない。そこへミケがやってくるのが見えた。すごいスピードで、こっちへやって来る。
「どーして先に食べちゃうわけ?」
急ブレーキをかけて、つんのめったミケは、目の前の四角い缶の中を見て絶句した。そんなうるんだ瞳でボクを見たってさあ。
「なに? なに? 食べちゃったわけ? ひとりで全部、食べちゃったわけ?」
ボクはため息をつこうと思ったけど、間違って鼻息が出た。ミケは恨めしそうな顔をしている。
「違うよ。ボクもびっくりしていたところだよ」
「じゃあ、食べていないわけ?」
「食べてないよ。お前の分まで、食べるもんか」
ボクは少し機嫌が悪そうに言った。ボク達の友情ってそんなものかよ、って、気持ちを込めて。
よし。今夜は店が閉まる頃、見張ってやるぜ。
夜、繁華街へやって来た。この時間はお酒に酔った人間たちが大声で話したり、歌ったりしている。この時間にここへ来たくないのは、たくさんの車が行ったり来たりするので危ないから。
今、ホウライのおじさんがごはんを置いた。白い影がさっと通りから出た。見たことない白猫だ。お腹が地面につくほど膨らんでいる。彼女はホウライのおじさんが出してくれたごはんを、まるで味なんかわからないようにがっついて食べている。ミケが飛び出した。
「おうおう、ここはオレ達の飯場だぜ」
ぷっ! ボクは思わず吹き出した。おうおう、だって! オレ、だって! いつもはボクの後ろから見ているミケだが、ごはんがかかっているとなりゃあ、仕方がない。くいしんぼうだもんね。
白猫はフーッ! と逆毛を立てて、缶の前に立ちふさがった。よく見ると、前足に怪我をしている。体もずいぶん汚れている。威嚇していても、そこに力強さがない。そして大きなお腹……。
「ミケ、行くぞ」
ミケはあっけに取られてポカーンと口を開けたままだ。
「え?」
「ほら、いいから。行くぞ」
ボクは背中を向けた。彼女はこどもを産む前に、栄養をつけなきゃならないんだ。
「いいのー? だってオレらのごはんはどうすんのー?」
不満顔でついて来るミケを、コンビニの前まで連れて行った。待っていると、店の中から袋をさげたふたり連れが出て来た。ボクはミケに見てろ、とばかりに目配せをした。
「にゃおーん」となるべく可愛い声を出して、女の方へ寄って行った。すると、男が手を伸ばしてきたのでヒヤッとする。
「可愛いなー」と、背中を撫ではじめたので、ターゲットを男に切り替えた。
「にゃおー」
足元に体をすり寄せると、男はでれっとして「お腹が空いてんのか? あれ、ちょっとやれよ」と女に言った。
「あげるの? 大丈夫?」
袋からいい匂いがする。ボクはますます甘えた声を出した。から揚げを1個落としてくれたので、ボクは感謝の意を込めて、ふたりに体をすり寄せた。
「遅くなるから、帰ろう」と女のほうが言うと、男は残念そうに背中を撫でて「もう1個やれよ」と言った。そうやって、何人かに同じことをして、 その晩は、なかなかいいものを夕食にいただいた。
でも、本当はこびるのは好きじゃない。ホウライに行っていたのは、こびなくてもありつけるからだった。でも、あの白猫が頑張っているのなら、ゆずってやればいい。あの体でご飯にありつくのは大変だろうから。
それでも、完全にホウライの飯場をあきらめたわけじゃない。あの白猫がどこか別のところへ行くことだって、あるかもしれない。
ボクとミケは毎日、ホウライの裏をのぞいた。時には階段下でごはんを待っている白猫を見た。こっちの方が早くて、彼女がボクらの姿を後ろのほうからうかがっている時もあった。そういう時、彼女は遠慮がちにこちらを見ていた。ボクらが立ち去る様子を見せると、陰から出てきて食べはじめる。彼女もボクらのごはんを盗った形になって、気後れしているのかもな。
ある晩のこと。ホウライの裏ですごい叫び声が聞こえた。急いで行ったら、顔に傷のある大きなトラ猫が、ごはんの前にいる白猫にケンカを仕掛けていた。彼女は重たいお腹を地面につけて威嚇していたが、トラ猫は全然引き下がりそうじゃない。彼女はだんだん後じさりして、もうあきらめてしまいそうだ。
ボクは飛び出した。加勢したボクを見て、トラ猫はひるむどころか飛びかかってきた。ボクより大きくて重い。前足が大きくて口が大きくて、体当たりが痛くて。上になり下になり、もうどこが痛いのかわからなくなってきたとき、ぎゃうっ! とトラ猫が叫んで、ボクの上からどいた。ミケが、やつの首に噛みついていた。ホウライの裏口が開いて、おじさんが出てきた。トラ猫はおじさんに驚いて逃げて行った。
おじさんは「おやおや……ごはんでケンカかい?」と言って中へ入って行き、大きな缶のふたに、ごはんとお肉のはしっこをのせて持ってきた。
「お前たち最近見かけなかったね。今度は三匹分やらなきゃいかんなあ」
ボクはにゃーと御礼を言った。おじさんが出してくれたご飯を三匹で並んで食べた。ご飯は温かくておいしかった。食べ終わると、白猫は少し恥ずかしそうに、ありがとうと言った。トラ猫にぶたれたまぶたが痛かったけど、ボクは満足だ。彼女にこどもが生まれたら、その場所までご飯を運んであげようかなと思っている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?