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FRB、いま動く。中原駿 特別コラム

FRBの緊急融資プログラムがいよいよ本格的に展開する。
当初は「セカンダリーマーケット・コーポレートクレジットファシリティー(SMCCF)」の下で米企業の社債買い入れを開始する―と発表していたものの、実際に購入していたのは上場投資信託(ETF)のみであった。これでは、直接市場に介入する―とはいうものの、ETFを通じた間接的なものでFRBのやる気が感じられない―と評価してきた市場参加者も多かったのではないか。


しかし、FRBの立場からすれば、ETFはある程度構成でもあり透明性もあるが、個別銘柄をFRBが買うとなると、それなりの理屈が必要となってくる。下手に銘柄集中してしまえば、個別救済、あるいは選別的救済となり、その銘柄が問題視されるか、特別扱いされたとして問題になる可能性がある。FRBとしては今まで個別銘柄を買わなかったのは、個別銘柄を買う理屈作りが必要だった―ということなのだろう。
そして、今回の購入開始にあたっては「SMCCFに合わせて特別に設けられた米社債の指数を活用する」のだという。


FRBは声明で、「この指数は、米企業が発行した流通市場の社債で、SMCCFが定める最低格付け条件や最大償還期限といった基準を満たすもの全てで構成されている」と説明。「この指数に基づくアプローチにより、現在実施中のETF購入が補完される」という。つまり、FRBは独自の指数、つまりインデックスを構成し、それに従って購入する―と言うわけだ。独自のインデックス作成に関しては、声明文通り、「最低格付け」という部分と「最大償還期限」という2点がポイントになる。つまり“無尽蔵に何でも買い入れる”というわけではなく、一定の基準を満たすものに限る。これは、中央銀行である以上、政府、ひいてはその背後にある有権者への説明責任があるので当然のことである。何もかもやみくもに公的資金が使われていい筈がない。


もう一つの「償還期限」というのもポイントである。極端な話をすれは、永久債や期限の非常に長い債券を購入してしまった場合、事実上の「資金供与」になってしまう。資金“供与”と、資金“貸付”とでは、全く意味が異なる。その意味で、FRBは絶対に資金供与と認定されるような投資を行うことが出来ないのだ。したがって、暗黙的に最大償還期銀は流動性に配慮しつつ、一定の期限を設けている筈である。
例えば、米国債のように信用力も高く流動性もあれば、事実上期限は設けなくてよい。何故なら、いつでも売れる流動性があるからだ。ところが、企業の信用力が低くなるにしたがって、償還期限の長い債券には流動性が枯渇してくる。CCC以下の債券で30年ともなると、ほとんどマーケットはない。そうなると、こうした格付けの長期償還の債券を購入するということはFRBの立場上難しいはずである。それでも、とうとうFRBが本格的に個別企業の救済に軸足を移した―という印象を与えることになった。

さらにもう一つ、FRBの本気を感じる出来事があった。15日に中小企業向け融資を支援する「メインストリート貸し付けプログラム(MSLP)」の受け付けを開始し、融資を即時始めるよう金融機関に促したのである。
MSLPの仕組みは、先ず金融機関に同プログラムを所管するボストン連銀に登録させることから始まる。金融当局は、プログラムの3つのファシリティーを活用した融資債権の95%相当の買い入れを「近く」開始する。MSLPは3つの手段を通じて、最大6,000億ドル(約64兆4500億円)相当の融資債権を買い入れる。従業員1万5,000人以下、あるいは2019年の売上高が50億ドル以下の企業への融資が対象だ。


これは、金融機関が新しく貸し出しする企業への債権をFRBが95%肩代わりする―というものだ。SPC(特別目的会社)を通じて行うとはいえ、さらに95%とはいえ、実質上はFRBによる「中小企業への直接貸し出し」以外の何物でもない。ずいぶんと思い切ったことをしたものだ。
MSLPは新型コロナウィルスのパンデミック(世界的大流行)への緊急対応の一環として創設され、借り入れや増資のための資本市場へのアクセスが容易ではないとみられる―つまり、社債などを単体で発行できない企業を支援する政策である。


これによって、政府並びにFRBは、ほぼ全企業への救済が可能となる。つまり、大企業、あるいは社債の発行できる企業はSMCCFで、中小企業はMSLPによって、そして、零細企業は中小企業局(SBA)が提供する「給与保証プログラム(PPP)」が利用出来る―というシステムになる。
こうした規模に応じた支援の厚みは、やはり米国ならではのものだろう。例えば、日銀が社債の発行できない企業の融資を支援し、その95%のリスクを取ってくれるということなど、現在考えられないし、ましてやそれ以下の零細企業の給与を政府が直接保証するなど想像も出来ない。もちろん、そのことによって米国は歴史上かつてない過剰流動性、過剰信用の世界に突入することは間違いない。昔はToo Big To Fail(大きすぎてつぶせない)であったが、今のアメリカは「コロナの前では全ての企業と人間は救済される」という夢のような世界になった。


政府・FRBが夢を提供しているだから、人種であろうが企業であろうが、如何なる差別もあってはならない―、おそらく、そういうことなのであろう。

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