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星屑ランプ【0:1:1】

「星もたくさんありすぎるとさー、
どの星がなんの星座か分からなくなるよね。」
あの人はそう言って空を見つめたまま、
冷たくなったアイリッシュコーヒーを飲んでいた。
あの日も、満天の星が美しくて月のない、
ひどく寒い夜だった。

声劇シナリオ 30~40分
【男性0:女性1:不問1】

 キャラクター紹介

晶(あきら)
愛海の後輩。愛海に恋をしているが振り向いてもらえない。
演者、キャラクター共に男女不問。

愛海(まなみ)
晶の先輩で教育係だった。
仕事をする傍ら舞台役者をしている。
交通事故で死んだ恋人が忘れられずにいる。

ニュース
愛海役が兼役で読んで下さい。

特記事項
「  」   セリフ
(M)    モノローグ
「『  』」 『 』内は劇中劇のセリフ
[  ]   ト書(主にセリフを被せるときの指示)


星空と湿原と木道

1.プロローグ

晶(M)
霧の立ち込める湿原を歩いていた。
冷たい風が頬を撫でるたびにぞわりと背筋が凍りつく。
それもそのはずだ。
腕時計を見ると、時刻は午前2時を回っている。
熊笹(クマササ)にはうっすらと雪が積もって、
刺すような寒さで指先がじんじんと脈打つ。
およそアウトドアには不向きなビジネススーツ姿のまま
高原の湿地帯の木道(もくどう)を、
小さなアルコールランプを片手に歩いていた。


「おっと、やっぱ滑るな。
 靴を変えてくればよかった。」

晶(M)
凍ってまだらに雪が積もっている木道(もくどう)は滑りやすく、
ビジネス用の革靴は歩きにくいことこの上ない。

愛海
「星もたくさんありすぎるとさー、
 どの星がなんの星座か分からなくなるよね。」

晶(M)
あの人はそう言って空を見つめたまま、
冷たくなったアイリッシュコーヒーを飲んでいた。
あの日も、満天の星が美しくて、ひどく寒い夜だった。


2.星空コーヒー

晶(M)
職場から3時間ほど車を走らせると、民家の明かりが見えなくなる。
私はオーディオのボリュームを上げて、
エンジン音をかき消すように鳴り響かせた。
やがて、道はすれ違うこともままならない急な上り坂に変わっていく。
ヒビの入ったアスファルトから自由に生えている雑草と、
石がゴロゴロと転がっている道。

時折、横から伸びた草がピシピシと車をかすめる。
道路が雪で染まり始めた頃、電波は圏外になって、
音楽の再生もいつの間にかできなくなっていた。

駐車場に着くとエンジンを掛けたまま車を止め、ゆっくりと降りる。
恐怖を覚えるほどの静寂の中、エンジン音と吐く息だけが聞こえる。

空を見上げると星の瞬きがキラキラと静かに輝いていた。
キンと冷え切った冬の空をほんのひととき眺める。


「はぁーーっ 」

晶(M)
吐く息が白く染まって風に攫(さら)われていく。
あと1時間もすれば、ここも霧に覆われるだろう。


「念のため厚着をして来たけど、やっぱり寒さが違うなぁ。」

晶(M)
助手席に、無造作に積んできた荷物をあさる。
アルコールランプと小さなカバンを取り出し、
駐車場から続く小道を眺める。
車のヘッドライトに照らされたそこは、
光の届かない向こう側にある闇を際立出せていた。

愛海
「[鼻歌まじりに]ウイスキーとぉー、コーヒーでしょ。
お砂糖でしょ。それから…。あっ!
ねぇ、生クリームって持ってきた?」


「ないですよ。いつものフレッシュならあります。」

愛海
「フレッシュじゃなくて生クリームが良いー!」


「いつもフレッシュで済ませてるじゃないですか。
 ないものはないです。」

愛海
「けちー!」


「ケチとかそういう問題です?」

愛海
「今日は生クリームの気分なのー。」


「言っていただけたらご用意しましたよ。」

愛海
「それくらい察してよねー。使えない後輩だなぁ。」


「はいはい、使えなくてすみません。」

愛海
「本当だよ、もー」


「はい、カイロをどうぞ。」

愛海
「そういうところは気がきいてよろしい。」


「前に怒られましたから。」

愛海
「そうだっけ? まぁいっか。行こ!」

晶(M)
ライターでアルコールランプに火を灯す。
オレンジ色のあたたかな明かりがふわりと揺れた。

愛海
「ねぇ、早く!」

晶(M)
あの人が私を呼ぶ。柔らかな笑顔で。柔らかな声で。


「はいはい。すぐに行きますよ。」

愛海
「こらー、『はい』は1回!センパイに対する態度じゃないぞー?」


「はい、申し訳ありません。すぐに参ります。」

愛海
「うむ!苦しゅうない。早よぅここに参れ。」


「かしこまりました。」

愛海
「ぷっ…、やっぱりさっきのままでいいや。
 キミがそんなに固っ苦しいと調子が狂っちゃうw」


「先輩から始めたんですよ。」

愛海
「だって慇懃無礼なのがキミの定番でしょ?似合わないんだもんw」


「慇懃無礼って、そりゃないですよ。」

愛海
「あははっ、ほら!行こっ♬」

晶(M
ヘッドライトを消してエンジンを止める。
静けさが、闇とともに訪れる。
と、同時に無数の星あかりが空から降ってきた。
この瞬間がたまらなく好きだ。
ため息交じりに空を眺める。
先輩も一瞬で心を奪われたように目を丸くして、星空を見上げるのだ。

 

3.アイリッシュコーヒー

晶(M)
5分も歩くと湿ったベンチが見えてくる。
ビニールの買い物袋を敷いて腰掛け、ランプを隣に置いた。
豆を引いて熱いコーヒーを淹れる。
チタンマグから湯気が立ち上り、香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
グラニュー糖とウイスキーを入れてかきまぜ、
最後にコーヒーフレッシュをとろりと入れた。


「どうぞ。熱いので気をつけて下さい。」

愛海
「ん、ありがと。」


「晴れて良かったですね。星がよく見えます。」

愛海
「……。うん、綺麗だねー。」


「なにか、ありました?」

愛海
「…」

愛海
「わたしね、星を見るのが好きなの。
 星座とか全然わかんないんだけどさ。
 綺麗じゃない?
 だから、嫌なことがあったときとか、一人になりたいとき、
 こうやって人のいない山奥に来て、星を眺めるの。」


「知ってます。」

愛海
「そう?」


「先輩がそう言ってここに連れてきてくれたんじゃないですか。」

愛海
「そうだっけ?」


「えぇ。
 だから私も時々この場所に来て、星を眺めるようになりました。」

愛海
「そっかー。ふふっ。そっか、なんか嬉しいな。」


「はい、クッキー。」

愛海
「ありがと。……痛っ。」


「あっ、大丈夫ですか?」

愛海
「うん、大丈夫。練習の時に失敗してね。」


「ちゃんと病院で診てもらいました?」

愛海
「いつものことだから平気よ。」


「またですか。そうやってちゃんと診てもらわないから…」

愛海
[晶のセリフにかぶせて]
「あーーっ!どうせ今夜も朝までコースでしょ?
 ほーら!飲んで飲んで!」

晶(M)
私のコーヒーにグラニュー糖とウイスキーを入れてくる
先輩のいたずらな笑顔。


「先輩、また勝手に入れないで下さいよ。」

愛海
「良いじゃーん。わたしも同じの飲むからさぁ。」

晶(M)
ミルクがないとコーヒーが飲めない先輩はそう言いながら、
追加でフレッシュを3つも入れていた。
それから、ついでにウイスキーも多めに。


「ケガしてるならお酒は飲まないほうが良いんじゃ?」

愛海
「いいの!いいの!」


「はぁ…」

愛海
「なによ。わざとらしいため息なんかついて。」


「なら、勝手に人のコーヒーにウィスキーを入れないでください。」

愛海
「いいじゃない。
 キミの苦手なミルクは入れてないんだからさー、
 付き合ってよー。」


「お?ようやく私と付き合う気になりましたか?」

愛海
「バーカw。意味が違う。」


「えぇ?違うんですか?」

愛海
「キミのそれさぁ、毎回ワザと言ってる?」


「今頃気づいたんです?
 わざわざ言ってるんです。いつだって本気ですから。」

愛海
「……」


「あ、先輩は飲みすぎないでくださいね。
 お酒弱いんですし、ケガまでしてるんですよ?」

愛海
「わかってるわーかってるってば!
 ここまで来て小言はなーし!」


「言われないようにして下さい。」

愛海
「む~、言うようになったなぁ。」


「先輩に鍛えられましたから。」

愛海
「ナーマーイーキー。」


「痛てててっ!つねるのはナシっすよ。
 うわっ!!あひゃひゃっ!!くすぐるのもナシですってばぁー!!」

愛海
「あっはははははっ!
 はぁ~~。
 山で星を見ながら飲むコーヒーはやっぱり格別だぁ!!」


「それアルコールとフレッシュのほうが多いデスヨネ。」

愛海
「細かいことは言わないの!」


「はいはい。」

愛海
「「はい」は1回。」


「はい。」

[クスクスと笑い合う。]

晶(M)
そうして、しばらくの間、
アイリッシュコーヒーを飲みながら満天の星を眺めていた。
少なくなった虫の声と、サワサワと風で揺れる葉の音が
やたらとおおきく聞こえる。

愛海
「綺麗だねー……」

晶(M)
そう言いながら星空を眺めている先輩の顔を、横目でちらりと盗み見る。

愛海
「今日の稽古で上手く動けなかったんだよね、わたし。」


「そう、でしたか…」

愛海
「……」

晶(M)
こんなとき、私はただ先輩の隣で話を聞くだけしかできない。
同意も同情も、もちろん小言やアドバイスも、
欲しがっているのではないことを知っていたから。
星空を眺めながらコーヒーを飲んで、
気持ちを吐き出す時に寄りかかれる存在でいること。
それが私に求められるもので、それ以上でもそれ以下でもない。

愛海
「役に入るとどうしても…ね。彼のことを思い出しちゃってさ。
 あー、もう。どうしてこの役をやろうとしたかなぁアタシ。
 今日はSEが入ってね?車の急ブレーキの音で…」


「先輩…」

愛海
「フラッシュバックしてさ。固まっちゃった。
 そしたら他の役者さんとぶつかっちゃってさぁー。
 このザマだよ。
 あはは…何をしてるんだろうね。
 あ~ぁ、今日は舞台監督にも他の役者さんにも怒られるし。
 当たり前だけど。危ないじゃん?
 ぶつかった役者さんがケガしなくて良かったけどさー、
 ダメじゃんね、わたし。」

晶(M)
私は、何も言わずに先輩の頭をガシガシと撫でた。

愛海
「ちょっ!何するのよ。」


「えっとー、なんとなく?」

愛海
「下手な同情は要らない。」


「なんとなくって言ってるじゃないですかw」

愛海
「ふーん…」

愛海
「……」


「……」

 

4.綺羅星


「……、あの…」

愛海
「ん?」


「あの…そろそろ私と付き合いません?」

愛海
「ヤダ。」


「即答ですねw」

愛海
「忘れられないからムーリー。」


「振り向いてくれるまで、待ってますよ。」

愛海
「振り向かないよ。」


「そうかもですねー。」

愛海
「バカなの?」


「バカです。」

愛海
「可能性はほぼゼロだよ。」


「完全ゼロじゃないなんてラッキー。」

愛海
「「ラッキー」じゃないわよ。」


「チャンスあるならラッキーですよ。」

愛海
「やっぱりバカ。」


「はは。」

愛海
「……
 ね、星ってさ。キラキラ輝いててさ?
 見てると嫌なことも、この瞬間だけは忘れさせてくれる。
 わたしはあんな風になりたかったんだ。」


「私にとっては星ですよ、先輩は。」

愛海
「ありがと。」

晶(M)
先輩の舞台を始めてみた2年前を思い出す。
仕事の時に見せる会社の先輩としての顔ではなく、一人の役者としての顔。
仕事が思うようにうまくいかなくて、
失敗続きで上司にも呆れられ落ち込んでいた時。
明るく声をかけてくれたのが先輩だった。

愛海
「ちょっと飲み行こ!」

晶(M)
無理やり連れて行かれた小さな店。
何も聞かされないまま、席に座らされる。
しばらくするとグラスを持って先輩が戻ってきて…

愛海
「ちょっと飲んで待ってて。」

晶(M)
言われるまま、ちびちびと飲んだのはアイリッシュコーヒー。
コーヒーにウイスキーを入れ、
ホイップクリームを浮かべた温かいカクテルだった。
砂糖の甘さとウイスキーのアルコールが、
熱いコーヒーとともに体を温める。
それで初めて、自分の体がものすごく冷えていたことに気づいた。
正直に言えば、生クリームも甘いものも苦手だ。
けれど、この日以上に美味しいと思ったお酒はない。

先輩の戻りを待ちながら飲んでいると、
照明が暗くなり、なにかの舞台が始まった。
やがて聞こえてきたのは……

愛海
「『やぁやぁ、これは大賢者様。
  こんな薄汚いところにようこそおいでくださいました。』」

晶(M)
舞台に立つ先輩の声だった。

愛海
「『なにが問題だと言われるのですか?
  ……あっはっはっはっ!何を言われるかと思えば…。
  ここでは、このわたくしがルールなのです。
  そんな事も知らずに、のこのことここに来られるとは!』」

晶(M)
舞台に立つ先輩は普段の姿からは
想像もできないほど自信に溢れていた。

愛海
「『おい、ジョゼ!大賢者様を特別室にお連れしな!
  丁重にもてなすんだ。宝のありかを聞き出すまではなぁ!
  あっはっはっはっ!』」

晶(M)
一瞬で物語の世界に引きずり込まれ、あっという間に舞台は幕を閉じた。

晶(M)
あの夜。
今思えば、私にとっては奇跡のような時間だった。

愛海
「どうだった?」


「……すご…かった、です。なんていうか…その、、、」

愛海
「うんうん。」


「先輩、格好良かったです。
 会社の中にいるときとはぜんぜん違うっていうか…。
 その、、えっと……
 すみません、うまく言葉にならなくて…。」

愛海
「そう? わたし、カッコ良かった?」


「…はい! えっと…すごく、格好良かったです…」

愛海
「えへへー、ありがと。」

晶(M)
何も聞かず、ただ励ましてくれる先輩の気遣いに、私は救われたのだった。舞台の上で生き生きと演技をしている先輩は、
私には太陽のようにまぶしすぎる存在だった。


「あの時の先輩の舞台を見て、私は救われたんです。
 今でもあの舞台を覚えてますよ。」

愛海
「ありがと。
 でもね、んーなんて言ったら良いかな…
 明るい星はちょっとくらい周りが明るくても目立つじゃない?
 ほら、オリオン座とか?
 明るくて有名な星って分かりやすいでしょう?」


「…? まぁ、そうですね。」

愛海
「わたしのこと、星だって言ってくれたね。」


「はい!私に(とっては先輩こそが一番輝く星なんです。)」

愛海
[( )部分にかぶせて]
「あたしはね、
 こんな光のない山奥に行かないと見えない小さな星なんだよ。」


「そんなこと…」

愛海
「あるんだよ。役者なんて、それこそ星の数ほどいる。」


「…ぁ…」

愛海
「ホラ、空を見てみなよ。
 どれがどの星なんて、分からないでしょ?
 気づいてもらえなくて当たり前なのよ。

 星もたくさんありすぎるとさー、
 どの星がなんの星座か分からなくなるよね。」


「……」

晶(M)
見上げた空は、溺れそうなくらいにたくさんの星が輝いていた。

 

5.星屑

愛海
「知ってる?
 どんなに有名になっても結局は忘れられちゃうのよ、役者なんて。」


「そんなことないですよ。好きな役者さんとか声優さんとか、
 ちゃんと覚えてますし!」

愛海
「それこそ世界的な大スターにならないと覚えていてもらえない。
 そんな大スターでも役者を辞めたりして露出がなくなるとさ、
 だんだんと忘れられて、どこにいるのか分からなくなっちゃう。」


「……」

愛海
「《あの芸能人は今!》なんて番組で少し思い出してもらえたら
 まだ良い方じゃない?」


「…」

愛海
「この空のどこにオリオン座があるか分かる?」


「あ、えーと…」

愛海
「あたしは分かんない。明るい街に行ったら分かるけどね。
 その他の星は見えなくなっちゃうから。」


「…」

愛海
「そんなもんよ、役者なんて。
 名前がわかってもすぐに見つけてもらえないの。
 特別な星以外は覚えてもらえるどころか見てももらえない。
 因果な商売だよねー。」


「……」

愛海
「でも、好きだからさぁ。止められないんだぁ。
 演じることが大好きだから、しんどくても続けられる。
 彼の事も。ずっと好きだから、忘れられない。
 へへへっ。」

晶(M)
あまりにも痛々しい笑顔に、思わず真剣な声が出てしまった。


「私じゃダメなんですか?」

愛海
「うん。」


「…また即答ですか。」

愛海
「懲りないねー、キミも。
 お芝居と、彼がいなきゃ生きていけないの、わたし。」


[愛海のセリフにかぶせて]
「お芝居と、彼がいなきゃ生きていけないの、わたし。
 …ですよね。」

愛海
「よく分かってるじゃない。」


「先輩の一番の後輩ですから。」

愛海
「ナーマーイーキー。」


「どんなに酔っていてもダメって言われるんですよね。
 ホント、かなわないですよ。」

晶(M)
すっかり冷めきったアイリッシュコーヒーを再び飲み始める。

愛海
「やっぱ生クリーム持ってくればよかったなー」


「フレッシュではいけませんか?」

愛海
「コクが違うのよ。」


「そうですか。」

愛海
「キミがいれば生クリームだって使い切れるじゃない?」


「私は生クリームを入れないので同じですよ。」

愛海
「つれないなぁ。」


「本当はお砂糖だって入れないんですけどね。
 ついでに言えばウイスキーも。」

愛海
[晶のセリフにかぶせて]
「ついでに言えばウイスキーも。…でしょ?知ってる。」


「まったくもう、この人は…。」。

愛海
「あっ!そうだ!!そしたらさ。モーツァルト、持ってない?」


「はぁ?また唐突に何を言い出すんです?」

愛海
「モーツァルト!チョコレートリキュールの。」


「それは知ってます。
 甘さがくどすぎるから飲まないって先輩、言ってたじゃないですか。」

愛海
「んー、今日は飲みたい気分なの。」


「そんなことを言われても、いつも飲まないから持ってきてませんよ。」

愛海
「いーまー!飲―みたいの!」


「ないものは出せませんて。」

愛海
「ちぇーっ。」


「ふくれっ面しないでください。今度は用意してきますから。」

愛海
「ぶーー!んじゃあ、なにか良いBGMでも流してよ。」


「ここは圏外ですから無理です。」

愛海
「ダウンロードもしてないの?」


「してませんよ。先輩は?」

愛海
「……してない。」


「でしょう?
 そもそも、「ここでBGMを入れるなんてもったいない。」      
 って言ったの、先輩ですからね?」

愛海
「うっ…。」


「どうです?思い出しました?」

愛海
「うーー、イ~ジ~ワ~ル~~~!」


「事実でしょう?」

愛海
「う~~~…」


「……」

愛海
「う~~!」


「………」

愛海
「んも~や~だ~~!笑うなら笑いなよ~!」


「ぷっ…くくくくくっ![押し殺すように肩を震わせて笑っている]」

愛海
「そんなに笑わなくてもいいじゃない!
 使えない後輩のくせに~。」


「先輩って、いつも酔うと子供みたいに駄々をこねますよね…
 っくくくくく。」

愛海
「っな…!?っそんなことないモン!」


「ほら、その言い方も駄々っ子ですよw」

愛海
「……う~~。」


「…っww。っすみまっせ……wwwwww。」

愛海
「ちょっ、さすがに失礼じゃない?!」


「wwwや…、うなってる先輩が可愛いなってwwwww。」

愛海
「ひょえっ?!えっ?ちょっ…」


「ほら、そうやって照れて慌ててるところとか。」

愛海
「んもうっ!年上をそうやってからかわないで!」


「からかってませんよ。本当のことを言っているだけですから。」

愛海
「……バーカー!」

晶(M)
ひとしきり笑ったら、また静かに星空を眺める。
ため息が、白くけむって星空に溶けていった。

愛海
「……」


「……」

6.ホットウイスキー
愛海

「…ね。」


「はい。」

愛海
「今度は濃い目に淹れてくれない?」


「コーヒーをですか?」

愛海
「うん、ブラックで。」


「え、苦手でしたよね。大丈夫ですか?」

愛海
「…うん。」


「わかりました。ちゃんと飲んで下さいよ?」

晶(M)
お湯を沸かしながらゆっくりと豆を挽く。
ドリッパーにお湯を注ぐ音をただ聞いていた。


「先輩、体も冷えますし、これを飲んだら車に戻りませんか?」

愛海
「やーだー!」


「やーだー!じゃないですよ。風邪をひきます。」

愛海
「あっ!ならさ!ホットウイスキー作ってよ!」


「え、今コーヒー淹れて…」

愛海
「良いじゃなーい!ね?
 ホットウィスキーならさ、体も温まってー、
 ヤなことも忘れられてー。んふふっ!
 一石二鳥じゃない?あたしってば天才―!」


「だから、「ね?」じゃないんですよ。
 今、コーヒー淹れてるじゃないですか。」

愛海
「それはキミが飲んだら良いじゃない?」


「えぇ?」

愛海
「コーヒーならいくらでも飲めるでしょ?」


「いや確かに飲めますけど…」

愛海
「ねぇ、作ってー。ホットウィスキー作ってぇー♡」


「ダメです。アレ飲むと手がつけられなくなりますからね、先輩は。」

愛海
「む~~~!」


「ほら、もうけっこう出来上がってるじゃないですか。」

愛海
「まだ酔ってないもん。」


「はいはい。」

愛海
「あー、信じてないな?」


「知ってました?酔っ払いは「酔ってない。」って言うんですよ。」

愛海
「ケチー!ドケチー!」


「酔っていても酔ってなくてもダメですよ。ほら、コーヒーです。」

愛海
「う~。ありがと。
 …んっ…!ぅゎー…にが……」


「ははっ、大丈夫ですか?…ちゃんと飲めます?」

愛海
「もうちょっと手加減して淹れてくれても良いんじゃない?」


「え、これでもかなり薄めに作ったんですけど。」

愛海
「これで?」


「そうですよ。
 ミルクとお砂糖入れます?」

愛海
「入れても飲めなさそう。」


「はぁ。なんでアイリッシュコーヒーだけは飲めるのかなぁ。」

愛海
「いいじゃん、別に……」


「はい、ホットウィスキー、超薄めです。」

愛海
「そっちは薄くしないでいいのよ?!」


「ダーメ。ほら、先輩のコーヒーはこっちに下さい。」

愛海
「ちぇーっ…。でも優しいね。
 こうやってホットウイスキーも用意してくれるんだからさ、
 キミは。」


「褒めても濃くはしませんよ?」

愛海
「ちぇっ…。」


「……ぁ…」

愛海
「あー、間接キス! 気にする?」


「ぶっ」

愛海
「ヤダちょっときたないー」


「先輩が変なこと言うからじゃないですか。」

愛海
「んふふー。なに、なにぃ~?意識しちゃった?」


「っしてません。」

愛海
「お顔、真っ赤だよ~?」


「そういうところなんだよなー。」

愛海
「ほーんと、ウブだよねぇ。」


「…っ!違います…から…。」

愛海
「かーわいぃ~。」


「[小声で]可愛いかよ。」

愛海
「なにー?なんか言った?」


「なんでもありません。早く飲んで下さいよ、まったく…。
 [小声で]これだから酔っ払いは…。」

愛海
「酔ってませーん。」


「聞こえてるんじゃないですかぁ!」

愛海
「こんな静かなところで聞かれないとでも思ったぁ?
 ………クシュンっ…」


「ほら、車に戻りましょう。暖房つけて暖かくしてあげますから。」

愛海
「…子供扱いしてる?」


「いいえ、してませんよ。駄々っ子だとは思っていますけどね。」

愛海
「やっぱり子供扱いじゃん~~!」


「してませんってば。」

愛海
「間接キッスでお顔を真っ赤にするお子ちゃまのくせに!
 ナマイキだぞ!」


「あはは、はいはい…」

晶(M)
先輩の残したコーヒーに口をつける。


「うっす…」

晶(M)
まるで色の付いたお湯のように感じられるそれを飲み干して
片付けを始める。
やがて先輩も、渋々ながら
白湯と変わりないホットウィスキーを飲み始めた。

愛海
「ヤダ、ホントにうっす!」


「せーんーばーいー?」

愛海
「……!」


「勝手にウイスキー足しちゃだめですよー。」

愛海
「!!なんでバレるの?」


「なんでバレないと思ったんです?」

愛海
「ふふっ…あはははははっ」

 
「あっははははは」

7.コーヒーフレッシュ

晶(M)
息を白くして車に戻る。

愛海
「さむっ。今頃になって寒くなってきたよ?!」


「ほら、毛布です。これ着てください。」

愛海
「いつも悪いねー」


「いつものことですから。」

愛海
「だってキミが用意してくれるじゃない?」


「そういうのを依存って言うんですよ?」

愛海
「信頼してるって言ってよね。」


「そうでした。先輩はそういう大雑把な性格でした。」

愛海
「おおらかって言ってくれない?」


「デスヨネー。」

愛海
「超棒読みなんだけど?」


「気のせいです。」

愛海
「ってか、そもそもさー。
 キミの車なんだし、一緒に寝れば良いじゃない。」


「それマジでやったら先輩ブチギレしますよね?」

愛海
「あっはっはっはっwwwwww。」


「笑い話で済まないですよ。」

晶(M)
車内に車中泊用のマットを敷きながら笑う。
本当は笑い事ではないのだけど。

愛海
「ごめんて。」

晶(M)
なぜ私のものではないのだろう。
こんなにも近くで、こんなにも屈託のない笑顔を見せてくれて、
弱いところも、素顔も見せてくれるのに。
先輩の愛する人はもう、この世にはいないというのに。
それでも私を見てくれることはないのだ。
これではまるで、私は…


[小声で]
「コーヒーフレッシュみたいですね…」

愛海
「なにか言った?」


「いいえ、なにも。」

愛海
「…そっか。」


「はい。」

晶(M)
にぱっと笑う先輩の笑顔が眩しくて、私は思わず目を逸らしてしまった。


8. 夜明け

晶(M)
鳥の声で目が覚める。
寝袋とソロテントの中から抜け出し、大きく背伸びをした。
車の窓をノックする。


「先輩、朝ですよ。」


「?」

晶(M)
ノックをしながら声をかける。


「ちょっと失礼しますね。怒らないで下さいよ?」

晶(M)
車の中で寝ていたはずの先輩がいない。
そういえば、かけっぱなしだった暖房用のエンジンも
いつの間にか切れている。


「先輩?」

晶(M)
慌てて濃い霧の中を探しに走る。
10m先も見えないような深い霧だ。


「はぁっ、はぁっ…先輩―?」


「どこに行っちゃったんだ。
 そんなに広い場所でもないのに、なんで見つからない?」


「…うわっ!!! 痛ったーー…」

愛海
「わわっ、大丈夫?」


「ちょっと転んだだけなんで、大丈夫です。」

愛海
「そ。よかった。
 もー、気をつけてよね。」


「はい、気をつけます。」

愛海
「ふふっ、寝癖すごいよw
 おはよ。」


「あ、おはようございます。
 ってか、おはよじゃないですよ。
 勝手に1人でいなくなっちゃダメじゃないですか。」

愛海
「ちょっと散歩してたの。
 朝の空気、気持ちいいね。」


「はーーーー。どこに行ったかと思ったじゃないですか。」

愛海
「心配してくれるの?」


「そりゃ、心配しますよ。
 冬眠を控えたクマだって出るんです。」

愛海
「えー?そうなの?」


「そうですよ。
 危ないことはしないで下さいね。」

愛海
「えへへー。気をつける。」


「そうしてください。
 さあ、そろそろ帰りましょう。」

愛海
「あっ! 晶は、こっちに来ちゃダメだよ。」


「え、どうしてですか?」

愛海
「どうしても。」


「なにか隠してます?」

愛海
「んー、どうかな?」


「ってか、急にどうして名前で呼んだりしてるんですか。」

愛海
「んー、なんとなく?」


「いつもどうりじゃないと、調子狂います。」

愛海
「んふーw 照れてる?」


「照れてるっていうか、びっくりしてるだけです。」

愛海
「……」


「……本当に、どうしちゃったんです?」

愛海
「…ね、晶。…ありがとうね。」


「先輩…?」

愛海
「ずっとずっと言おうと思ってたんだ。
 恥ずかしくてなかなか言えなかったんだけど。
 いつもいつも、わたしなんかのために色々してくれてさ。」


「やめてください。らしくないですよ。」

愛海
「ちゃんと、お礼が言えてなかったと思って。
 それが心残りだったの。」


「心残りって……何を言ってるんですか。」

愛海
「もう分かってるんでしょ?わたしのこと。
 それなのにさぁー、ゆうべ晶に会いに行ったら
 いつもの調子でコーヒーを淹れてくれるでしょー?
 もうさ、あっけにとられちゃったよねw」


「え?」

愛海
「いつも美味しかったよ、キミのアイリッシュコーヒー。
 生クリームじゃなかったし、お砂糖も足りなかったけど」


「それ、ほんとに思ってます?」

愛海
「うん、思ってる思ってる。」


「思ってないでしょ。」

愛海
「ホントだってば。
 暖かくて、優しくて、気遣ってくれる味で、好きだったよ。」


「…アリガトウゴザイマス?」

愛海
「うふふ…
 あのね。本当はキミのこと、好きになりかけてた。
 あんなに一生懸命口説いてくるんだもん。
 へへっ、ほだされちゃった。」


「なら…どうして…」

愛海
「それでもね、忘れられないの。あの人のこと。
 忘れられなくて、ずっとずっと会いたくて…」


「それで…逝ったんですか…。彼氏さんのところに…」

愛海
「…うん……」


「会えましたか?」

愛海
「……行けなかったの。行かせてもらえなかったの。」

晶(M)
先輩は目に大粒の涙を浮かべて首を横に振った。

愛海
「どうしてなのかな?
 わたし、なんでいろいろうまくいかないんだろ…?」


「それで、私に会いに来たんですか。」

愛海
「ひどい女によね、わたし。
 彼が忘れられないのに。
 またキミに慰めてもらおうとしてる。」


「先に亡くなった彼氏さんが羨ましいですよ。
 どう足掻いても私じゃ彼氏さんに絶対勝てない。
 コーヒーフレッシュみたいなものですから。」

愛海
「ごめんね。」


「謝らないで下さい。
 こんな状況でも先輩に頼られて嬉しいって思ってるんですよ、
 これでも。」

愛海
「ごめ…」


「謝らないで下さいって言いました。」

愛海
「ダメっ!こっちに来ないで!!」


「イヤです。」

愛海
「こっちに来たらキミまで戻れなくなっちゃう!」


「イヤです。」

愛海
「バカ!!戻れなくなっちゃうって言ってるの!」


「構いません。先輩のいない世界なんて私には無意味です。」

愛海
「…バカ……」

晶(M)
私は立ち尽くす先輩の腕をぐいっと引っ張り、
胸の中に抱き寄せた。

愛海
「…なんてことをするのよ…」


「コーヒーと、先輩がいないと、私は生きていけないんです。」

愛海
「…なにそれ。」


「えーと…、マネしてみました。」

愛海
「バッカみたい。」


「あれ、ご存じなかったんですか?」

愛海
「知ってる。」


「よかった。ボケたのかと思いました。」

愛海
「人を年寄り扱いしないでくれる?」


「心配しただけですよ。」

愛海
「バカにしただけじゃないの?」


「違います。ふふっ…」

愛海
「やっぱりバカにしてるでしょ。」


「してませんって。」

愛海
「んもうっ!バーカ。」


「はい。」

愛海
「ね?」


「はい。」

愛海
「バイバイ…しなきゃ。」


「行かせませんよ。」

愛海
「ニュース、見たんでしょ?」


「……」

愛海
「だから、ここに来た。」


「!?……」

愛海
「違う?」

晶(M)
そうだ。私は…

 

9.愛海

晶(M)
今朝は先輩が休みで、どうしたんだろうって思っていた。
上司から先輩のことを聞かれるが、私も何も知らされていない。
それを伝えると上司は舌打ちをして
「使えねぇな!」と言っていたのを思い出す。
昼になっても先輩と連絡が取れなくて、ずっと不安だった。


「帰りに先輩の自宅まで行ってみよう。
 病気で動けないのかもしれない。」

晶(M)
不安な気持ちを抱えたまま、その日の業務をなんとかこなす。
全く集中できなくて、ミスだらけだ。
なんとか仕事を片付けたものの、時間は0時を過ぎていた。

ニュース
次のニュースです。
昨日午前11時過ぎ、埼玉県川口市の西川口駅で
屋上から女性が落ち、一時現場は騒然となりました。

女性は直ちに病院に運ばれましたが、
現在も意識不明の重体だということです。
警察によりますと、ビルの屋上に靴と遺書が置いてあったことから、
飛び降り自殺とみて調べています。

 

10.バイバイ

晶(M)
そうだ。それで私は…

愛海
「きっと晶なら、ココに来てくれるって思ってたから。」


「…そう、ですね。」

愛海
「だからね、バイバイしに来たんだ。」


「そんな…」

愛海
「飛び降りた前の夜にね、
 ほんとうは晶のところに行こうかとも考えたんだ。
 でも、変だよね?
 恋人でもない晶のところに行くなんて。」


「来ればよかったじゃないですか。」

愛海
「晶の気持ちを知っていて、
 それを利用して甘えるなんてできない。」


「先輩…」

愛海
「晶のことだから、ココに来るって思ってたよ。」


「なんでか分からないけど、
 ココに来たら先輩に会えるような気がしたんです。」

愛海
「ずっと晶の教育係をしてたから。
 やっぱり当たったね。」


「全部読まれてますね。」

愛海
「うん。」


「行かないでください。」

愛海
「もう逝かせてよ。」


「イヤです。」

愛海
「あのひとに会いたい。会いたいの…」


「行かせません。」

愛海
「バイバイ、させてよ。」


「させません。」

愛海
「もう、辛いの。」


「全部、私が受け止めますから、一人で抱え込まないでください。」

愛海
「それこそバカだよ。なんでそこまでするの?
 ずっとずっと、わたしはあのひとのことが忘れられないのに。」


「さあ?」

愛海
「さあって…」


「バカだから分かりません。
 でも、逝かせたくないんです。」

愛海
「楽にならせてよ。」


「イヤです。」

愛海
「バカ。」


「バカですみません。」

愛海
「ワガママ。」


「先輩には負けます。」

愛海
「バーカ…」


「愛海さん。」

愛海
「……」


「私は、忘れなくてもいいと思いますよ。」

愛海
「…え?」


「無理に忘れる必要も、忘れなきゃいけない理由もありません。」

愛海
「だって…」


「今まで愛海さんと出会った人たちや色んな経験は、
 今の愛海さんを形作ってきたんじゃないですか?」

愛海
「……」


「彼氏さんがいたから、今の愛海さんがいるんですよ。」

愛海
「……うん…」


「愛海さんを形作るものの中に、
 家族があって、会社があって、演劇があって、
 そして、彼氏さんもいるんです。」

愛海
「忘れなくて、良いの?」


「忘れなくて良いと思いますよ。
 それに、無理に忘れようとするのは、
 今の愛海さんを否定することになりますから。」

愛海
「ねぇ、苦しい。そろそろ離して。」


「イヤです。逝かないと言うまで離しません。」

愛海
「ホント…バカ…」


「…はい。」

晶(M)
どれほどそうしていただろう。

愛海
「ねぇ?」


「はい。」

晶(M)
腕の中の先輩の姿が、薄くなっているのに気づいた。


「イヤだ。逝かないで!」

晶(M)
先輩はため息を付いて言った。

愛海
「またね。」

晶(M)
ほとんど透明になった先輩の姿が

その時

消えた。


ー終わり



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