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花便り

低く、遠く、雷鳴が轟(とどろ)いて
大粒の生ぬるい雨が
ぼつり ぼつり と
足元の色を変えていく
 
川沿いのガードレールを外して
無骨に、ぎゅうと固めてある雪は
埃と土で斑(まだら)に汚れている
 
道の端の雪を踏めば ジャクジャクと鳴き
雨と土に染まって、足跡の形に消えていく
 
この冬、散々頭を悩ませた雪も
これで見納めだと思うと
ある種の、哀愁めいたものを覚える
そんなわがままな自分に
思わず笑ってしまう
 
「春時雨か。」
 
空を見上げて、頬で雨を受ける
雨と埃の匂いが立ち昇り
雪解け水の冷たい匂いと 混じった…
 
「あぁ、春の匂いだ。」
 
雨脚が強まっていくというのに
ずぶ濡れになっていくというのに
僕の気持ちは上向いていく
 
待ち侘びた季節がやってきた
 
スマホに届けられる君からの花便り
そちらはもう満開なんだね
僕の住んでいるところは、あと半月ほど先のお楽しみだ
 
固く握りしめた拳のような蕾も
遠目から見れば、薄ぼんやりと紅(あか)く色づいている桜並木
 
木の周りだけ溶けた山の雪も
やっと出てきた熊の足跡にも
木蓮の蕾(つぼみ)が綻びはじめたのも
足元に顔を出した蕗の薹(ふきのとう)も
永く待ち侘びた春を喜んでいる
 
 
「やって来いこい春一番
佐保姫(さほひめ)の微睡(まどろみ)打ち破れ
 
もっと降れふれ春時雨
しとどに濡らし芽吹かせよ
織り成す薄衣(うすぎぬ)春霞」
 
 
そう嘯(うそぶ)いて
僕はまた歩き出す
 
ごう と、一陣の風
 
ふと、桜の香りがした
 
おや?
「お目覚めですか?佐保姫殿。
ようこそ、今年もおいでくださいました。」
 
 
 
 
 
(おわり)

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