見出し画像

舞台「銭湯来人」を思い返して

2ヶ月前に作ったプレイリストを、今でもたまに再生する。
再生する前にはほんの少し覚悟が必要だ。紐づく記憶があまりに愛に溢れていて、眩しすぎるのだ。

今から2ヶ月前に観に行った舞台のことを、まだ忘れられずにいる。いや、正確に言えばどんどん記憶は薄れている。あの舞台のことを思い出すと、指の隙間からサラサラと砂が溢れていく映像が脳内に映し出される。指からこぼれた砂粒は、夕陽を反射して煌めく。

あの頃はちょうど、OWVが好きであり、その中でも特に中川勝就さんのことが気になっていると自覚をした時期だった。中川さんの初舞台かつ初主演作品である「銭湯来人」が上演されると知った私は、推しにとっての初舞台は人生で一度きりだから、という理由で初日のチケットを取った。演劇は好きだけれど、今回ばかりは作品を楽しみにするというよりは、記念日のお祝いに行く気持ちが強かった。初舞台の推しとその舞台に、どんな期待をこめて見ればいいのか分からなかったのも、正直な気持ちだった。

とはいえ、普通に楽しみだったし、ワクワクもしていた。会場の草月ホールは、私が好きな芸人である男性ブランコの単独ライブを初めて見て虜になった場所でもあり、再び来られたことの感慨もあった。その後も何度も男性ブランコの単独ライブに足を運んでいるが、草月ホールでの単独ライブはひときわ印象に残っている。

話が逸れた。会場の雰囲気を楽しみ、この日のために書いてきた手紙をプレゼントボックスに投函した。懐かしい空間に身を置きながら開演を待つ。M0の音が大きくなり、最初のシーンが始まる。

終演後、キャストの皆さんのお見送りに会釈をして会場を後にした私は、雷が鳴る中必死にスケジュール帳を確認した。もう一回、絶対にここに来なければと思った。こんなに作品にも座組にも愛が溢れていて、それを観客にも共有してくれる舞台は貴重だ。どうにか時間を見つけ、最終日前日のマチネのチケットを購入した。
観劇のできない日々は、観劇した皆さんのレポが楽しみだった。行けないもどかしさもあれど、あの温もりに溢れた空間の一片に触れられるのがありがたかった。

2回目の観劇日には、また手紙を書いてプレゼントボックスに投函した。これまで一回も送られてこなかった相手から、急に短期間で2回も手紙が届いたら怖いかもしれない。そうは思ったが、銭湯来人の素晴らしさを伝えたいという気持ちが溢れてしまった。
……今思うと、1回目のお見送りの時にも何か直接話せば良かった。正真正銘のOWV初現場の私が何をどんな顔で話せば良いのか分からず、モタモタと出てきてしまった。悔やまれる。

2回目の観劇も最高の一言に尽きた。1回目の席がほぼ見切れ席だったので、2回目はセンター寄りの席を狙ったのが功を奏した。セットも照明も演技もよりよく見えた。音楽もより印象的に聞こえた。アドリブの箇所も楽しめた。
そして、座長として挨拶や礼をする中川さんの姿を見て、勝手ながら本当に誇らしい気持ちでいっぱいになった。こんな素敵な舞台の座長が、彼なのである。こんなに温かい座組の真ん中に、彼がいる。なんて幸せなことなんだろう。

記憶が薄れつつある今でも、黒スーツ姿の彼が、妹にたかる情けない彼が、大きな体で椅子の影に隠れようとする彼が、母とポロイチを食べる彼が、羊文学のOOPARTSをバックにスポットライトで背中を照らされる彼が、残っている。
それだけでなく、他のキャラクターみんなのことも思い返される。みんなのことが本当に大好きになる。家族への、地域への、芝居への愛が伝わる、そんな舞台だった。

きっとこれからも、私はプレイリストを聴きながら、薄れていく記憶を愛でるのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?