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遠い東京と息子の話 (『東京嫌い(2020)』収録作品)

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1.
暗い部屋の中、僕は机に座り、iPad proにイラストを描いている。
あかりは白熱電球のデスクライトと12.9インチのディスプレイの明るさだけ。もうすぐ夜中の12時になろうとしている。
さすがに疲れて、僕はのけぞって目を揉む。するとその拍子に椅子がギシッと音を立てた。

しまった…!
と次の瞬間、隣の和室の障子がサッと開く音がした。そして、ととと…と何かが走ってくる音がする。「まーちゃん!」とうんざりした妻の声がする。

僕の机の正面は、仕事部屋とリビングを仕切る壁になっていて、そこに大きい窓枠がついている。仕事机からリビングが丸見えだった。デスクライトの明かりがかすかに漏れるだけの暗いリビングを、満面の笑みをたたえて走ってくるのは、まだ1歳になったばかりの息子のまーちゃんだった。

「まーちゃん!もう12時だよ!」

僕が声をかけるのと同時にまーちゃんは窓枠の作る死角に隠れてしまった。窓枠は床から1メートル近くの高さがあるので、まだ小さいまーちゃんが近づくとすぐ見えなくなってしまう。
でも、同時に足音も消えたのはどういうことだ?

「あれ?まーちゃん?」

僕は立ち上がって窓越しにまーちゃんを覗き込もうとした。
その時だった。急に窓枠に小さい手がヌッと出てきた。


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はあ!?なんで?なんで手が届いてんの!?
それで僕ははっと気がついた。窓枠の下には大きいソファがある。

「まーちゃんソファの背もたれをよじ登ってるの!?危ないよ!」

まーちゃんは「あう〜」とかよくわからないことを言っている。まだ喋れないのだ。でもその得意げな笑顔が、「お父さんスゴいでしょ!」と雄弁に語っていた。

僕は窓越しに抱っこした。
本当に、なんて可愛い息子だろう...。

お父さんは絶対離さないからな。一緒に楽しいこと、いっぱいやろうな。
ほっぺたに、うざがられるまで何度も何度もキスをする。


目を閉じれば、まるで昨日のことのように思い浮かぶ3年前の夜。


今はもう、僕たち夫婦は離婚し、まーちゃんはこの家にいない。




2.
僕ら夫婦の離婚について特に言うことはない。東京にいる時から少しずつ亀裂が入り始め、沖縄に移住して一気に割れた。最初は同じ那覇市内で別居が始まり、それから一年半ほど経った後離婚となった。今では彼らは東京に住んでいる。今思い返しても、どうしようもなかったし、この結果に納得はしている。

別居が始まった時、特に最初の2〜3ヶ月は本当に辛かったけど、週末になれば息子に会えた。だからその時はいっぱい遊んだ。

暑い夏の日のことだった。妻の別居先の近くの公園で遊んでいると、僕は園内の池で15センチぐらいのでっかいアメリカザリガニを見つけた。
僕はその時まで沖縄でザリガニを見たことがなかった。僕は興奮した。

僕は手元にザリガニを捕まえる道具がなかったので、近くでボールを蹴っている子供たちを無理やり呼んできた。子供たちは最初はちょっと僕の興奮ぶりに引き気味だったが、池のザリガニを見るや否や、たちまち大騒ぎになった。公園中のあらゆるところから子供たちが集まってきた。

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そのうちの1人がどこからか壊れた網を拾ってきた。ザリガニはあっけなくすくわれた。でもザリガニが大きなハサミを振りかざして威嚇してきたので、みんな怖がって誰も掴めなかった。そこで僕が注意深く赤いぶつぶつだらけの背中を摘んで持ち上げると子供たちから悲鳴と歓声が同時に上がった。

「うわー!!」「すごいー!!」

一通り子供たちにザリガニを見せて、誰かが持ってきたプラスチックのバケツに入れると、僕はたちまちヒーローのような扱いになった。

まーちゃんは両手を振って目をキラキラさせていた。
お父さんが子供たちに尊敬されているのがすごく嬉しいようだった。そして、僕のお父さんだということを周りにアピールするかのようにしきりに抱きついてくるのだった。


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僕はこの時とても幸せだった。そして息子と共に歩む日々をどうしても守りたいと思った。諦めずに頑張れば、また家族3人で暮らせると信じていた。


でも、僕ら夫婦の状況はどんどん悪化していった。
いろいろなことがあった。
そして息子に会う間隔が次第に一週間から二週間、三週間、1ヶ月とどんどん開いていった。

ショックなことがあった。
ある日久々にまーちゃんに会うと、彼はいきなりこう叫んだのだ。




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まーちゃんが、喋ってる・・・。

僕が前会った時はいくつか単語は言えたけど、「お父さん」なんて言ったことなかったぞ・・・。僕は息子の成長の速さに驚くと同時に、彼の成長を飛ばし飛ばしでしか見れないことを実感し、愕然とした。

そして会う機会はさらに減っていった。

そして別居開始から一年半。
とうとう、離婚の日がきて、彼らは東京に去っていった。


正直僕は、別居の途中から離婚の覚悟ができていた。でも、いざ離婚届を出して家に戻ると、心にポッカリ穴があいていた。変な表現だけど、妻と息子がいなくなったこの家から、“より いなくなった“ような感じがした。
でもその代わり、思い出はどんどん蘇る。夜中、部屋で1人作業していると、隣の障子が開き、ととと・・・と走ってくる足音が聞こえるような気がする。別居中はこんなことはなかったのに…。

眠れぬ夜があけた朝、寝ぼけまなこで携帯を見ると、元妻からLineに10通ぐらいボイスメールが入っていた。
僕は慌てて聞いてみる。すると・・・

「アベベあべあべあ〜ベロベロ〜ヴァ〜あ〜」

まーちゃんの声だ。なんじゃこりゃ。
後で元妻に聞いたところ、気がついたらまーちゃんが勝手にいじっていたのだと言う。
次のボイスメールもそんな感じだった。ったく、なにやってんだよ。
僕はちょっと涙を浮かべつつ、ニヤニヤしながら他のも順に聞いていった。

すると、最後の一通だけが違った。







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おお・・・まーちゃん・・・

・・・君は今、東京にいるんだよ・・・





3.
人生は本当になにが起きるかわからない。
離婚から1ヶ月後、僕に新しいパートナーができた。

別居中、あまりにも僕が死んだような顔をしていたので、ライターの友人が「もう離婚したんだし、新しいパートナーでも探したら」と以前取材したマッチングアプリを僕に紹介したのだ。
正直そこまで気乗りしなかったので、離婚したてだということ、子供が1人いて養育費を払っているということ、すぐに結婚のことは考えられないことなど、結構重めのことを正直に書いたら、かえってそれが良かったのか、登録したその日に連絡が来て、翌日会うことになった。それが今のパートナーとなったのだった。



離婚から2ヶ月後、僕は東京に息子と元妻に会いにいった。
まーちゃんは久しぶりすぎてさすがにもじもじしていたが、それでもすぐに僕に慣れ、肩車をするとキャッキャと喜んでいた。

日が沈み、僕は元妻を今住んでいるマンションの近くまで送った。2ヶ月後、また会いに来ることを約束した。僕は新しいパートナーのことを言おうと思っていたが、とうとう言いだせなかった。

彼女はまーちゃんを抱っこし、まーちゃんの荷物が入った重いトートバックを肩にかけ、僕の知らない街の、知らない暗い道の先へ消えていった。



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その光景が、僕ら家族の終わりを象徴しているように見えた。

これは来るべくして来た道だったんだ。仕方のないことだったんだよ。
過ぎた日々に後悔するな。間違っても自分を憐むなよこのクズめ。

僕は帰りの電車の中で何度も何度も自分に言い聞かせた。
でも視界がブワーっと乱れて、車窓を流れる街の灯がぐちゃぐちゃで、それらが全部ごちゃ混ぜになって流れていった。


後日、元妻にLineで新しいパートナーができたことを伝えた。
それ以来、Lineはほとんどこなくなった。



4.
それでも、まーちゃんに会う約束は生きていた。
でも、その約束は今のところ果たされていない。

1月はお互い予定が合わなくなり、2月に延期になった。そして、そこにやってきたのが、コロナだった。当然延期になり7月にようやく会う約束ができたけど、さらにコロナの第2波がやってきた。
東京がますます遠くなっていく。
元妻とも気まずくて、Lineのテレビ電話をすることもなかった。

そうして、まーちゃんに最後に会ってからとうとう10ヶ月が経った。

その間、新しいパートナーとの関係は順調に進んでいった。今僕が生きているのは新しいパートナーのおかげだ。別居で一度死んだ僕を蘇らせ、他人の人生にもう一度責任を持つ勇気を僕にくれた。

ただ、何をしても頭の片隅にあるのはまーちゃんのことだった。


別居中、元妻がこんなことを言っていた。
ある日の昼、まーちゃんに「お父さんに会いにいく?」と聞いたところ、「お父しゃんは寝てるからダメ」と言ったのだという。
「なんで寝ていると思うの?」と聞くと、
「だってお父しゃんは夜ずっとお仕事してるよ」と答えたのだそうだ。






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まーちゃんはお父さんに会えない理由を、自分なりに考えて、お父さんに気を使ってくれていたのだ。


そして、まーちゃんの「目」もよく思い出す。

早朝、2人で雨上がりの瀬長島に行って、大きな虹を見て驚いたときの目。

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無印良品に行って2本の傘を両手に持ち、僕を振り返った時の目。


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そして、あの日の公園で、子供たちに囲まれたお父さんを誇らしげに見るキラキラした目。







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どれも素敵な目だった。
思い出すたびに両親揃って愛してあげることができないまーちゃんがかわいそうでたまらなかった。
抱きしめたくて胸が焼かれるようだった。

でも、しだいに、胸の苦しみの質が変わってきた。

僕が新しい方向へ歩みはじめたことで、彼の幼いやさしさや、真っ直ぐなまなざしへの裏切りに、強いうしろめたさを感じるようになったのだ。



そうしているうちに、突然この日がやってきた。


9月に入って、元妻から今度まーちゃんとテレビ電話しない?と連絡が来たのだ。


まーちゃんに会える・・・。
会えないのに慣れすぎて、この事実が染み込むのに時間がかかった。

僕は、それを彼女から誘ってきたことがとても嬉しかった。
本当に嬉しかった。

そしてまーちゃんに会えることも嬉しいはずだった。

嬉しいはず・・・

なのに。

正直胸にこみ上げてきたのは不安だった。

いろんな疑問が頭を駆け巡った。
僕は成長したまーちゃんを見てショックを受けないだろうか。
全然会いに来ない僕を恨んでないだろうか。
そもそも、僕のことを覚えてるだろうか。
それとも、僕のことを綺麗さっぱり忘れてもらったほうが、まーちゃんにとって幸せなんじゃないだろうか。

そう、僕はあろうことか、まーちゃんに会うのに怯えているのだ。
まーちゃんにどんな目で見られるのかと思うと、ぐわっと胃を鷲掴みにされる気分になった。

でも、突き詰めるとそれは、まーちゃんを通して自分と対峙するのが怖いんだと思った。僕は、父親として役割を果たせていない僕自身と向き合うのがたまらなく怖いのだ。


でも、その時、再びあのまなざしが僕の中に蘇った。
その目は、僕のことを誇りに思っている目だった。

まーちゃん・・・。

そうなんだよ。
僕はお父さんなんだ。
僕はお父さんである以上、その目から逃げてはいけないんだよ。
自分との対峙とか、そんなことは関係ない。そんなことの前に、まーちゃんはそこにいる。まーちゃんは、僕がうだうだ悩んでるのとは何の関係もなくそこにいて、僕を見ているんだよ。

僕は、まーちゃんと向き合わなきゃいけないんだよ。




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数日後、画面越しだけど、とうとうまーちゃんとの再会を果たした。


まーちゃんはそこにいた。


僕はこの10ヶ月の間、髭も伸びたし髪型も変わったので、はじめは戸惑っているようだった。でも次第に打ち解けて、今ヨッシーが好きなの、と話してくれた。

とても元気そうだった。
元妻からも近況を聞くことができた。

ビデオ通話は1時間ぐらいで終わった。

画面越しに10ヶ月分の生活の匂いが少しだけ感じられた。
向こうでも、新しい人生が始まっているのだ。

スマホを切った後、しばらく目を閉じてぼんやり座った。
涙が止まらなかった。

僕の頭の中に、2本のレールが浮かんでいた。
僕のレールと彼らのレール。
レールにはそれぞれの進むべき方向がある。そして残念ながら、それが交わることはもう無い。

でも、きっと近いところを走ることはできるはずだ。


まーちゃん。お父さんは沖縄で暮らしていくよ。
まーちゃんもお母さんと一生懸命がんばれよ。
お母さんもいつもまーちゃんを大切に育ててくれてありがとね。
まーちゃんの最高のお母さんだよ。

コロナで東京は随分遠いところになったけど。
これからもサポート、ちゃんとするからさ。
お互い幸せになろうな。

また会おうな。約束だぞ。

長くなったけど。最後にまーちゃんに、今まで何度も言ってきたこの言葉を、ここでもう一度言うよ。











大好きだよ。まーちゃん。








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