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先生 /第6話

白い肌に黒い瞳。
暑い時には汗をかき、悲しい時には涙が溢れる。
さながら、人間そのものだ。
一体誰が彼女を創ったのだろう。
一体何の為に創ったのだろう。




布団に寝転がったまま、菜々子は自分の手をぼんやり見つめ考える。
アンドロイドは、サイバーシティにおいて珍しくはない。
駅員もウェイターも概ねアンドロイドだ。
しかし彼らと自分は同じアンドロイドでも全く異なっている。
一般的なアンドロイドは、その仕事に特化して腕がたくさんあったり、メンテナンスしやすいようにメッキで銀色に光っていたりする。
一方、菜々子のそれは全てにおいて人間と同じなのだった。
一体何のために自分は造られたのか。
さっぱり分からない。

「ピヨも、私と一緒だったな」

菜々子はぽつんと1人呟いた。
あれから、ピヨには1度も会うことは出来なかった。
電波塔も商店街も探し回って、商店街のおじさん達に協力して貰っても、ピヨは見つからなかった。
あの日のことが、嘘のように感じられる。
菜々子は溜息をついた。


「菜々子、今日は先生に会いに行くぞ」
突然声をかけられて、菜々子はビクッとする。
「びっくりした。朝ごはん出来たの?」
「出来たよ。いいから、早く食べて行こう」
よく分からないまま、慌ただしく朝食を食べ終わるとぐいぐいと俊に連れ出される。
外は雨がパラパラと降りだしていた。

歩きながら俊は説明する。
「先生は、今サイバーシティで使われているアンドロイドの開発者なんだ。かつ、サイバーウォッチの生みの親」
俊は続ける。
「更にはサイバー・C・プロジェクトの責任者だった人だ。絶対に何か知っている。菜々子のことも、プロジェクトの本当の目的も」
俊は足が速い。
菜々子は追いつくのと、話を聞き取るので必死だ。
「先生がプロジェクトを外れてからは、ずっと引き篭もってて会えなかった。でも菜々子の話をキリーさん経由で伝えて貰ったら、ようやく会うことが叶った」
菜々子は俊の家に貼ってあった新聞の切り抜きを思い出す。プロジェクトの失敗により責任者が退任ー。
「俊は、その先生と前から面識があったの?」
「有名な人だから、何度か会ってるよ。それにサイバー・C・プロジェクト開始当時に取材させて貰ってる」
取材、と聞いて菜々子はそこで初めて俊が記者であることを知った。
思えば俊のこと、何にも知らないなと菜々子は思う。
俊はそんな菜々子の気持ちは御構い無しに話続ける。
「正確には『取材させて貰った記憶だけがある』かな。確かに取材して記事にしたはずのに、当時の記事は残っていないんだ。えーと、それでプロジェクトのことを包み隠さず話してもらいたいって伝えたら、条件を出されたんだけど…」
そこで俊はちょっと口籠る。
頭を右手で抑えながら申し訳無さそうに歩きを緩めて、菜々子をみた。
「菜々子のことを調べたいって言うんだ。どうやって造られてるのかみたいんだって。変なことはしないって言ってるんだけど、どうかな?」
やれやれ、と菜々子は呆れる。
人には勝手に動くなと言っておいて、自分は勝手にキーマンと接触して、人を使って取引までしていたのだ。
「この状況で、今更」
と菜々子は口を尖らせる。
俊は私が断らないことが分かっているのだ、と思う。
「いいよ。他に選択肢もないんでしょう」
「うん、ありがとう。腕輪のことも、一緒に調べてくれるって言ってたから悪い話じゃないはずだよ。でも会ってみてやっぱり嫌だったら断っていいから」
俊はそこで菜々子をじっと見て言った。
「やばかったら、全力で一緒に逃げるから」
そこは守る、じゃないのね、と菜々子は思い、曖昧なことを言わない俊らしいとも思った。

小降りだった雨はだんだんと強くなり、やがてサーサーと音を立て始める。
俊は菜々子の手を引いて駆けだした。


「いらっしゃい、先生がお待ちよ」
カランカラン、とベルの鳴る扉。
キリーさんは手際良くタオルを2人に差し出しながらそう言った。
ん、と曖昧に返事をして俊は足早に地下への階段を下っていく。
菜々子もそれに従った。
にゃーんと後ろでみーこの鳴く声がする。

地下室にいたのは、随分と年老いた老人とその隣にはピンク色の髪をした女の子がいた。
女の子はアンドロイドだな、と菜々子は思った。
見た目は自分と同様、人間に似ているが、髪質と色の反射がピヨに似ている。
老人は車椅子に乗っていた。

「先生、お久しぶりです」
俊がぺこりと頭を下げる。
うん、と老人が頷き、そうして菜々子を見ると、その目はみるみる見開いた。
「菜々子ちゃん…」
そばにきて、菜々子の腕をおずおずと触る。
「とてもアンドロイドとは思えん。菜々子ちゃんそのものじゃ…」
老人は涙を浮かべてそう言った。

「一応女の子なので、無闇に触らないでくださいよ」
俊がそっと嗜めると、老人はうんうん、と頷き「感傷に浸っている場合ではないな」とシャンとした顔つきになった。
そして菜々子の腕をぐっとまくると「これが、例の腕輪か」と言った。
Cの文字が刻まれた、外れない腕輪。
「そうなんだよ。それが何だか知りたいんだ。危ないものだったら直ぐにとってほしい」
俊が言うと先生は、ふんふんと鼻を鳴らしながら「腕がなるわいの」と言った。

「出してちょーだい」
先生が後ろに向かって声をかける。
するとピンクの髪の女の子はぱっと胸を出したかと思うと、その身体の中から沢山の工具が触手の様に伸びてきた。
思わず、俊も菜々子もギョッとする。
「どうじゃい。ワシの開発したアンドロイド、ウーちゃんだぞ。ウーちゃんさえ居ればどこでだって研究できるんじゃい」
ウーちゃんは博士の声に合わせてパチンとウインクする。
ヒューウ、と俊が口笛を吹いた。

「それじゃ早速見させてもらうぞ」
先生が工具を手に持つと、そこで俊はぱっと菜々子と先生の間に入り両手を広げた。
「その前に約束してください。菜々子のことを調べ終わったら、プロジェクトに関することを全て話してくれると」
先生は俊を見上げると、うむ、と頷く。
「それと、菜々子に危険なことはしないこと」
うむ、と先生は再び頷き「菜々子ちゃんにそんなことしないよ」と優しい声を出した。
「どう?」
振り向きながら俊は菜々子に聞く。
菜々子も、こくんと頷く。
「大丈夫。その代わり先生、約束守ってくださいね」
そして俊をじろっと睨んで言った。
「俊は、今度から事前に相談して」
はい、と俊は首をすくめた。



検査は菜々子にとっては一瞬だった。
閃光が走ったと思ったら次の瞬間には、「終わったよ」という先生の声がして、ウーちゃんが黙々と菜々子に服を着せていた。
3人で俊が待機する部屋に戻る。
俊は扉を開けた途端立ち上がり、菜々子の顔をみるとほっとした表情で「遅い」と文句を言った。


「結論から言うと」
印刷されたデータをパラパラと見ながら先生が言う。
「菜々子ちゃんそのものがC電子だね」
ソファに並んで座った菜々子と俊は、顔を見合わせる。
「どういうことですか?」
俊が聞くと、先生はくるんと2人に向き合った。

「約束どおりワシが知っていることを話すのはいいんだが…あまりいい話でもない。知らない方がいいこともある。それでも良いのかい?」
菜々子は思わずズボンの裾をきゅっと握った。
俊はそっとソファの背もたれに手を置いた。
ごくん、と唾を飲み込む音がする。
「構いません」
2人の真っ直ぐな顔に、先生はそうか、と少し笑った。

「それじゃあ、昔話をしようか」

先生の瞳には、地下の人工的な白い光がぼんやりと灯っている。


#小説
#サイバーCプロジェクト

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