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『約束の湖』

未発表の短編小説を、先んじて定期購読限定で投稿しています。400字詰め原稿用紙21枚(文庫本で約14ページ)の分量です。本記事の最後から文庫本想定の縦書き版のPDFもダウンロード頂けます。内容のSNSへのシェアはお控え頂けると幸いです。


『約束の湖』


 いつの日からか、何度も何度も、いつか必ず訪れようと語り合っていた、湖があった。その湖の名前は、グリーンレイク。流れ込んだ水がたっぷりと蓄えられて、水面が鏡のように、太陽の光をきらめきながら反射している。
 冬になると、たゆたう穏やかな水面は凍てつき、厚くて硬い氷の床に覆い尽くされる。僕の住んでいたカルロ村を南北に横切るホルン川に沿って北に二日間ほど歩き、はるか昔の時代にこの大陸に最初に住み始めた部族が、一年に一度その岩の間を神が通ると信じられていたらしいボルデ岩を超え、さらに氷河が長い時間をかけて地面を削り取ってできた谷、イルーグバレーを抜けた先に、その湖があるらしかった。その谷の狭間から最初に湖が視界に現れるとき、凍てついた氷の層が、巨大なエメラルドの結晶のような深い青緑色に輝いて見えることが、その湖がグリーンレイクと呼ばれていた理由だった。
 村のはずれに住む老人(ダグ老人と呼ばれていた)から、グリーンレイクの名前の由来と、かつてその周辺に暮らしていた部族の伝説をきいてから、僕はその、見たこともない青緑色の湖のことで頭がいっぱいになった。
 
 その頃僕は、ユーリという僕の一つ年下の男の子と仲が良かった。学校は違ったが、僕とユーリは毎日一緒に過ごしていた。ユーリは肌が白く、その歳の周りの男の子と比べて少し背が低くほっそりとしていて、あまり身体が強くない少年だった。生まれつき、耳の、特に左耳のきこえが悪いらしく、僕の話をきこうとするときには、少しだけ首をかしげたようにして右耳の方を僕に見せながら、十五センチほど下から僕の目を上目で見つめてくるのだった。僕はその時のユーリの小さな右耳が大好きで、そのか弱い存在を守ってあげたい、という気持ちになっていたことを、今でもよく覚えている。
 ある日、僕はユーリを村はずれの森の中に丸太を並べてつくった秘密基地(僕らはそこをベースと呼んでいた)に連れて行き、いつものように色々な冒険の話をきかせてあげた。

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