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気分の波との付き合い方④1日でMPの消費と回復がひと回りする生活をつくる

 今回も「気分の波との付き合い方」の連載の続きを書いていこうと思います。このテーマはぼくにとってこれからも一生悩み続けることであり、考え続けることなんだろうと思っています。そしてこのことについて文章を書いていくことは、自分の抱えているこの気分の波のメカニズムに迫っていくための人生を通した自由研究みたいなものだと思っています。ある程度まとまってきたら、本にするなりなんなりしていけたらいいなぁと思っています。

  昔から、家に引きこもって何もしていなかったりするような日が月に一度くらいの頻度でありました。中学生の頃は、いつもの明るくてお調子者な自分とは打って変わったかのように毎月一回ほど、登校から下校まで一言も喋らないような日がありました。高校の頃からは学校をサボることを覚えてしまい、給食から学校へ行く日が続くということが沢山ありました。それよりもひどくなると、家を出てから猛烈に学校へ行くのが億劫になり、学校に向かわずに自転車でそのまま学校が終わる時間まで一日街中をぶらぶらと走り回っていたこともよくありました。

  大学生になると、学校のように規則正しい生活を外部から強制してくれません。当時は全く自分の気分をコントロールする術なんて身に付けていなかったので、それはもう生活はぐちゃぐちゃになりました。入学当時は音楽活動を続けていたので、平日はスタジオで遅くまで練習、週末はライブ、そして大学の授業には行けないというループを半年間ほど続けていました。入学直後から授業の出席日数が足りず単位が取れないところまで追い込まれていました。そんな生活を続けていると、段々と心にガタがきます。そこから鬱状態に入り、それまでやってきた音楽を全て捨てることにしてしまいました。えーい!もうええわ!というような勢いです。そこからは、当時の専攻でもあったコンピュータサイエンスに熱中していきました。

  躁鬱の気分の波の特徴として、鬱に入っていく時に、自分を縛り付けていたものに気付いていく過程があり、全てを捨ててしまいたくなる衝動が起こるということがあるんじゃないかなと思っています。すぐに「全てを捨てる価値のあるくらい、新しい取り組むべきことを自分は発見した。」なんて思い始めちゃったりします。波が大きく触れているときには、コンピュータみたいにゼロかイチかでしか考えれなくなってしまうんですね。中間なんて思いも付かないんです、不思議なことに。もう、この勘違いに何度苦しめられたことか。困ったもんじゃ。

  また、気分の波は片方への揺れ幅が大きいほど、揺り戻しも大きくなるということが起こります。実際、双極性障害の治療にうつ病の薬が使われていないのは、うつを無理矢理抑えてしまうことで躁状態になったときに大きな反動が起こりやすくなるからです。頑張って我慢すればするほどに、鬱の波も深くなり、期間も長くなります。深くなった鬱の波の分、躁への転換の力も強くなってしまいます。「自分は新しい人生を発見した。何でも出来る。もう無敵だぜ。」みたいな、解放感、全能感みたいなものに変わっていきます。周りには「何だか最近調子がいいね。」くらいにしか思われないかもしれないですが、躁の時が実は厄介です。色々な重大な約束や、後戻りのできない決定を、前述した根拠のない圧倒的な自負によって次々と繰り出していきます。躁のときはいいですが、気分が落ち着いてくると、躁の自分が課してきたことに自分自身で苦労します。躁の時は「単に調子がいいだけ。むしろこれが本当の自分。」みたいなことを思ってしまいがちなので、余計に厄介なんですね。

  気分の波との付き合い方の1つの原則として、「波の大きさを小さくする」ということがあるんじゃないかと思っています。何か自分の生きづらさに対して我慢して現実にうまく対処しようとするほどに、鬱が大きくなる。であれば、いつも我慢しないことで波が小さくなります。あんまり好きじゃない人とは会わないようにする、うるさい場所にはいかない、電車には乗らない、など自分なりの我慢をしていない心地いい状態でいられる条件を発見していって、そちらに身を置く工夫をしていくことです。

  また、「波の周期を短くする」ことで、波の幅も小さくすることができるんじゃないかなと思っています。波の大きさをつくるエネルギーは、どれだけ溜め込んでいたかに比例するので、溜め込まずに細かく発散していくようなイメージです。

  ぼくがやってみて心地良くなったと感じるのは「1日単位で消費と回復のサイクルが回る」ように生活をすることです。仕事も平日働いて週末に休むのではなく、1日の中で働く時間も、休む時間もつくる。その日に使ったMPを、その日に回復し切れるような1日のリズムをつくってあげるようなイメージです。これができると、平日や休日関係なく毎日同じ時間割で過ごすことができます。ぼくの場合は休日に入って1日のリズムが崩れてしまい、それと共に気分も下がってしまうということがよく起こっていたので、毎日同じリズムで過ごせることの恩恵はとても大きいと感じています。

  これは、健康的につくり続けていくことにもつながります。ついマッドな精神状態で作ることに憧れちゃったりしますが、MPが足りていない状態で力を振り絞ってもメラくらいしか打てていないことに中々自分では気付けていなかったりします。 健康な精神と肉体が、いいものをつくらせてくれるゼロ地点。メラゾーマ打ちたいじゃないですかやっぱり。

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