気分の波との付き合い方⑤自然と他者に興味が出てくるコツ
最近友人に「人に興味があるよね。」と言われたことが何度か続いた。こう言われる度に、「そうなんだよね!」とは気持ちよく言い切れない感覚と「そう、そうなんです!」と食い気味に返事をしたくなる両方の感覚の狭間に陥って、返答に困った挙句「フゴ…どっちとも言えますねハイ。」みたいな全く盛り上がらないような返答を繰り出してしまう。ぼくは人に興味があるのだろうか。それともないのだろうか。あんまり考えたこともなかったのに「人に興味があるんだね」と言われる度に段々と気になってきてしまった。
まず前提として、ぼくはそんなに人に興味はないと思っていた。という自認がある。誰がどこでどんなことをやっていたとしても、普段はそこまで興味を持たないタイプだと思う。ゴシップ系の話や、「2組の彼女と5組の彼って付き合ってるらしいよ」みたいな世間話で盛り上がるのも、中学生の頃から苦手だった。そこから何を返事すればいいのか分からない。中高のぼくは、校内のヒエラルキーの上位に位置する努力をすることで何とか生き延びていたので、その時に何を発言すれば盛り上がるのかを、その場の空気を読み取って返答するようにしていた。ぼくの興味関心は、自分の行動には入って来ない。場を盛り上げようという気持ちでそういう話に付き合ってはいたけど、今思うと、それは自分にとって楽ではない、ちょっと苦しい時間だった。
そして、確かにとても「人に興味がある」という面もあるのかもしれないなと、友人に言われて最近思い始めた。誰かと話し始めると、ききたいことが止まらない。多分放っておいたら、一緒にいるその相手のことについて、ひたすら質問し続けてしまうと思う。すごく気になることがある。自分のききたいことをきいていくことは、その人とつながるということだと感じる。ここまで書いてみて気付く。これは「人に興味がある」ことによって生まれる現象のように見えるぞ。確かにそう見える。
興味のない話は多分1ラリーも我慢できないし、1つも質問することができない。自分が興味のある質問しかしていないのだから、その返答に興味があるのは当たり前のこととも言える。でも逆に、特に多人数の飲み会では、複数人の共通項を見つけ出してそれに共感して盛り上がるというコミュニケーションになりがちだなと思う。そういうやり方の会話がとんでもなく苦手だし、できればすぐにその場から気配を消したくなってしまう。一度、知り合いのバーのパーティみたいなのに参加して、話せなすぎて隅っこで本を読み始めたことがある。あの時の記憶が頭に浮かんできてしまった。つらい。
おそらく、他者の全てのことに興味があるというわけではない。その全てを引き起こしている、内面のことがいつもすごく気になっているんだと思う。それは、その人の個別性に興味があるということだと感じる。社会の上では、表面的には同じような出力が行われている。「彼氏に振られたから悲しい」「悪口を言われたから腹立たしい」「読書が好き」などなど。こんなふうに言葉にしてしまえば、多くの人が「私もそう感じる」「私もそれ好き」という意見を持つだろう。でも初対面の人と「読書が好き」という共通項を見つけ出したとして、それは同じ「読書が好き」だろうか。大体が結構違うことばかりだ。好きなジャンルも、作家も、本の読み方も一人一人が異なっている。違った時には、ちょっと気まずくなったりすることがある。でも、何をどう楽しむかは、その人の個別性であって、個性であって、ぼくはそれをとてもききたいと思う。表面的には同じ出力となっていた事柄も、根本を辿ると意外とびっくりするほどに違ったりするから、人間って面白いなと感じる。
そういう個別性を知ろうとする自分の欲求を、中々に制御できない。多分それは、ぼくが自分自身にとても興味があるからだと思う。何でぼくはこんなに苦しんでいたんだろう?何でこんなに嬉しくなっていたんだろう?あのとき悲しかったんだろう?自分のそういうことが起こった理由について、すごく気になっている。だから、他の人のことも同じように気になる。何であなたはあのとき、悲しくなる必要があったんだろう。何であなたはそれで嬉しくなったんだろう。誰かの、その感情を引き起こしたメカニズムがすごく気になってしまう。それについてもっと知れたら、自分のことももっと知れるかもしれないと感じる。自分のことを、もっと許してあげれるようになるかもしれないと感じる。他者への興味は、まず自分への興味から始まっているのかもしれないなと思う。
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