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「かくされた悪を注意深くこばむこと」

「生きること」と「生活すること」/「仕事する(暮らす)こと」と「稼ぐこと」

暮らすこと/仕事することと「稼ぐこと」を山村の暮らしから書かれたのは内山節さん、大学時代に読んだ。
大学時代に山村にフィールドワークに行かせてもらっていた自分がそこに暮らす人たちに、山の中の小さな大学に通っていて、地元のみなさんとの交わりの中で教えていただいたこと。

そもそも暮らすためには「仕事」をしなければ生きてはいけない暮らしていけない。そして、現金の収入=稼ぐことが山村で生きていくためには、いまやとても重要になっていること、それが1980年代後半におしえてもらったことだった。

谷川俊太郎さんの有名な詩に「生きる」という詩がある。

生きる
谷川俊太郎 詩
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木漏れ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまがすぎてゆくこと

生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ

すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

ニュースもSNSも疲れるなぁと思う。そんな中で、

かくされた悪を注意深くこばむこと

だよな。「かくれた悪」ではなく」「かくされた悪」なんだ。

そんな中、こんなインタビュー記事をみつけた


このインタビューの中に、
谷川 そうですね、いつも。それと、僕は若いころから「生きる」ことと「生活する」ことを区別していました。人間にとっては生活よりも生きることの方が大事です。生活するということは、どうしても社会との関係で、給料をもらったりとか、人とつきあったりすることが必要でしょう? 生きるというのは、人間も哺乳類の一つとして、命をもった存在として、宇宙の中で生きるということ。自分が宇宙の中の存在であると同時に、人間社会の中の存在であるという二重性がある。詩を書くときはその両方をちゃんと持っていなきゃいけない。

生きることと生活すること。あー、内山節さんの仕事と稼ぎに通じるなぁと思った。

日常の中の生きる 生きる挙動 


「死んだセミが地面に転がっている場面から始まり、アリが集まっていて、少年がそれを見下ろしている。」


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