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ひどい雨が降った朝

 ひどい雨が降った。
 〇〇さんちのじいちゃんが心配で田圃を見に行ってマスに嵌った、幸い、流されずに済んで命からがら戻ったという。
「まったくこんな日は見に行ったらだめなのに」
かあさんは怒気を含んだ声で言った。不幸な結果も知っているから平静ではいられない。
 とっちゃんも増水した時の川の怖さを知っている。かあさんには言わないけど、危ないこともあったのだ。
 まったく。おとななのになんだよ。
 その日、とっちゃんは隣のおばさん(90歳独身)ちへ手伝いに行った。豆の皮むきとかちょっとした雑用がいつもあるんだ。おばさんちには近所の人が寄っていくから、井戸端会議になる。その日は雨のあれこれで持ち切りだ。
「田圃がひどい、稲が倒れた」
「かぼちゃが落ちた」
「花芽が腐った」
 件のじいちゃんについても新情報が舞い込む。
「たんこぶができてた、しばらく家で寝てろって。あそこの田圃はすぐ水が抜けたのに」
 春先の工事で対策したけど、それまでは大変だったんだって。
 ひどい雨で、軒先から滝のように水が降る。
 こんなひどい雨のせいでデメンも海も休みになって、ちょっとの間(1時間くらいはいるけど)、おばさんちに届け物(自家菜園の野菜や干し魚・海藻色々)やら、久しぶりのあいさつやらして帰っていく。おばさんちの土間は野菜が積まれ、棚の上に海のものが並ぶ。
 おばさんは次きた人に
「食べきれないんだから、持っていきなさい」
と言って持たせる。それでも食べきれないほどの野菜がある、その野菜の始末(たいていは漬物、材料が揃うと大鍋で煮しめを炊き出す)を手伝う。
 煮しめは、夕方近所に届けた。足の悪いおばさんの代わりに。

 とうさんは消防だからこんな日は家にいない。

 夜になった。
 雨は上がったが、そこここに流れた跡が残る。港町のこの辺りはそうでもないが、海沿いの崖はときどき石が落ちてきたりするらしい。
 とっちゃんは家長代理で、我が家の安全確認をする。
 戸締りして火の始末(風呂もストーブも薪である)。とくに。懐中電灯がいつもの位置にあるのを確認。

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