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Ado全国ツアー2023「マーズ」 観戦記(2)


(承前) 
8 道化師、ファイヤーワークス、サンフラワー

火星の夜も更け、「夜のピエロ」がやって来る。
歌い出しから、前曲のがなりがウソだったかのようにクリアーな高音を響かせる。バンドセットで聴くのは初となるか。

心地よいうねりにのって噴水のようにあふれ続ける蛍光色の夜の街。だけど歌われるのは孤独、演技、不安…ピエロ(的な日常)の悲哀をひとつずつ、花弁をむしるように連ねて、「夜に沈む」ーブレイクは街の深呼吸。

ひとつずつ捨てた闇に、浮かび上がる己れの姿。始まりもなく終わりもないエッシャーの階段を、迷わずのぼりおりするボーカル・コントロールの妙。「道化」と「狂言」を結ぶ地平線がうっすらと見えてくる。火星の1日は何時間だろう。

深夜の「花火」が上がる。特大の。枠をはみ出るように、ホールいっぱいに拡がる。ふと気づけば、アコースティック・ギターの音色が前曲からの幻想のネオン街を縁取っている、ナイトプールのチルのひととき。

間奏のあいだ、Adoは遊泳するような、両腕で水をかき分けるような動きをシルエットで見せている。夏の残滓と、青春の化石のかけらを拾う。ーさらば、短き夏の光よ。

バンドメンバーがオレンジに照らし出されて始まる「向日葵」。この安定感はどうだろう。それだけでないのは承知のうえで、Adoの神髄は、スローバラードやミドルテンポの曲で最も伝わりやすいと思ってしまう。

ツアーの只中に放映を開始し、大阪公演の2日後に最終回を迎えた火曜ドラマ『18/40〜ふたりなら夢も恋も〜』主題歌。配信後、さほど熱心には聞いていなかったけれども、腕を組んで聴き入ってしまう。

歌詞が大きな文字で向日葵畑の空に表示されていく。憧れのひとの台詞という形式をとっているものの、生まれ変わってもまた自分がいいとAdoが歌うことになるのは、楽曲作成者みゆはんの心意気だろう。

客席最後方の天井まで向日葵の輪郭を投影する黄の光と、おびただしい黄のペンライトが会場を平和な花畑に変え、映像の花畑の上にはあざやかなミルキーウェイが。
「会いたくて」や「阿修羅ちゃん」が映画や別のドラマの主題歌であったことは、とうに忘れている…。

9 歌の大車輪

ギア・チェンジの妙がみられる「リベリオン」。
ここから後半戦の盛り上がりか。リップロール。オイ、オイ、とホールの底から突き上がる声援。バンド演奏のただならぬグルーヴ感。
待った。
「俺のリベリオ〜ン」のオ〜ン、フランス語の鼻母音のように発音したか?…待ってはくれない。
この力の緩急が調子の良さを物語っているようだ。英語のコーラス部分はオーディエンスに委ねたようだが、Adoが期待するほどの合唱にはなっていなかったかもしれない。

次はご当地版「アタシは問題作」のイントロ。と言うのも出だしが、

「そうでもないで」。ホール沸騰。

このはずし方がダイモンダイ。前曲の変身から、いや実はアタシそんなヒーローじゃないんで、ハハ歯…と本題を逸らす。他にもアレンジが入っていたようだがすべてはキャッチできなかった。
背景はとっ散らかっている。
サビでは結構な合唱が聞かれた。
歌声のみならずその人柄も愛されているのだなぁ、と実感される。
サビでアリーナ勢は一斉にとび跳ねるのかと思いきや、そうでもなさそうだった。ノリはペンラ主体だ。

ここでサプライズと言うのか、サポートメンバーの二人が、なんちゃってバズーカで会場にプレゼントを放つコーナーが入る。他のアーティストのライブ(円盤)で見たことがあり、同じものかはわからないが、おそらく圧縮空気で詰めたものを飛ばすのだろう。サイン入りのタコ(焼き)のマスコットらしい。たくさんの腕が、手が、とび跳ねる。ガチャ・コーナーで落とした小銭を拾おうとして関節がはずれたのはアタシ。

か・ら・の、紫炎吹き荒れる「Tot Musica」。
目まぐるしい展開だ。
終始低姿勢で歌っているように見える(不確か)。歌姫ウタの明暗を我がものとし、自分の中の分かちがたい異物感との闘いと言おうか、「unravel」の痛みがここまで尾を引いていると言おうか。硫黄の火と呪文。
グールに上書きされた訳でもなかろうが、すでに勘づいていたように、アニメの歌姫ウタの面影は希薄となっている。「蜃気楼」ではセットリストの半数を占め、濃厚なウタの物語が織りこまれていたのだが、今となってはなんと贅沢なセトリに見えることか。
背後では引き続き紫炎と特大の髑髏、しゃれこうべがぐるぐる回転し、かなり怖い。

天を仰いで絶叫し、崩れ落ちた。

今回、禁断の楽譜を開いたのはAdo自身。
それが次の絶叫版「うっせぇわ」で明らかとなる。

「正しさとは…」…歌いながら、おもむろに起き上がる。そしてNO! とにかくNO! もはやスクリーミング唱法?…ボーカリゼーション?大人の事情?御自愛下さい、はあ?うっせぇわ、と。サビ後半にはさまれる16ビートもドライブ感を増しに増す。「蜃気楼」では1曲目なので鋼のごとくガッチリ組み立てられていたが、また崩してきた。メンタル的にもフィジカル的にもどうなのと熱狂を越えて呆然となる。
ああこれか、ライブハウスの棒立ちのひとたちは…。
特殊効果の炎が上がる。
全面朱に染まって火柱と共に暮れる火の星。
筺体はとっくに罅割れている。

右腕を高く天に差し伸べ(不確か)…また倒れた。

各曲が粒だって優れているのは言うまでもないけれど、実のところ、ジェットコースターのように目まぐるしく、カバー曲披露後の流れに戸惑っていた。
チルの後に叛逆の狼煙が上がったかと思うと、小心翼翼とした自己諧謔で逸らされ、油断したところに歌の魔王が再び降臨し、闇落ちしたAdoが、社会現象化した代表作をすら消費し尽くした社会に激しくNO! を叩きつけるクライマックス。

……。

「孤独は殺菌」(踊)
「同情じゃ救えないから」(FREEDOM)
「あんたわかっちゃいない」(阿修羅ちゃん)
「本当は泣いていた」(レディメイド)
「サディスティックに変貌する精神」(うっせぇわ)

数ある楽曲は歌詞と共に、特にAdoの同世代のファンにとっては頭の天辺から足の爪先まで浸透しているのを現場にいて感じ取れた。声出しどころか、コンサート会場自体初めての方も少なくないだろう。
それは良いとして、付記すると、客席に意識を転じたとき曲間の声援には変にばらつきがあるように個人的に感じた。

「声出し解禁」の解禁は何でもありを意味するのではなく、発声して応援できるようになったということだ。声援にぶれるもぶれないも無いと思いつつも、ライブの会場も公共の場所である以上、一定の節度は必要です。うっせぇか。

……。

「夜のピエロ」からの流れは、新曲込みで構成されてはいるけれど、同曲で始まりデビュー曲で終盤を締める『カムパネルラ』の全体的な印象に近い。

「向日葵」を主題歌とするドラマでは、のぞまぬ妊娠で夢を諦めそうになる主人公の一人の、リアルな出産シーンが話題になった。誕生、夢、希望…その話が頭にあると、続きにメガ髑髏が登場するのはギョッとする。

To sing,or not to sing ー

勇気と生命力。
闇と破滅。
ポジティブとネガティブの同居、ないし反転。

ー that is the question.

陽も陰も引き受けて歌の大車輪が廻り続けている。回し続けている。

「アタシは問題作」、音源とは違う「一回…」の「喝」バージョンが、耳の底に小骨のように刺さったままだ。「うっせぇわ」は一度倒れた後なのでゾンビ版?

いっかい、お茶のむ。

10 Adoの主題歌はファンの主題歌

無事に復活し、クローゼットの中のように暗い舞台上でMCが始まった。公演先での見聞や出来事を話題にするトークタイムだ。

たこ焼きはなぜあんなに美味しいんでしょう、との問いかけに全方位から声が上がる。観客とやり取りをしながらのことで、筋道はわかりにくかったけれど、粉物がアイデンティティだからという所にひとまず落ち着いたようだ。
アーケードを歩いて目についたドラッグストアの多さは何なのか、とふる。なぜか酔いどれが多いからという話の結びになっていく(多いのはインバウンド目当て。シランケド)。

話の順序が前後するかも知れないけれども、別の会場で誰かが叫んだと言う。
Adoちゃ〜んしなないで〜、と。おそらくその何倍もの声量で真似をして自ら叫んだ後、大丈夫ですAdoはしにません、ときっぱり。

ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)ではちょうど2日前から、コラボレーションのあるイベントが開始されていた。
ちょっと気の早い『ハロウィーン・ホラー・ナイト』。
行った人、と挙手を募る。ああ、あなたはもうゾンビ。あなたも…キレッキレの新ゾンビ・デ・ダンスは伝播力がすごいから…Adoにうつったらダンスがキレッキレになるかな。行ってない人はこれからぜひ、とよく喋る。コラボ曲「唱」を選ぶとAdoの音声案内の出るアトラクションもあると紹介された。

ーのこり2曲となりました。
ー新曲です。海のように…力強い…愛の歌「DIGNITY」。

開演前の高さに戻った格子柄の筺体の中から、今度はAdoのからだだけがリフトですうっと上昇する。箱の上に乗って歌うかたちになる。

泡沫や波飛沫の映像をバックに、非常に繊細な導入パートから、愛、命の語をこだまさせる展開部、そして泣きのギター、と聴く者に息もつかせず歌い上げる。Adoを載せた筺体の側面がすべて無色となり背景映像を透過させている。つまり、Adoは空中に浮遊する四角い鉄板に乗って歌っている構図になる。火星の重力。

B'zによる日本人アーティストへの初提供曲の報が駆け巡ってから1カ月以上経つ。9月29日公開の映画『沈黙の艦隊』主題歌で、新曲をフルバージョンで聴けるのはライブならでは。そしてギターソロにAdoのフェイクがからむ流れで出て来た、大気圏を突き抜ける超高音。ホイッスル・ボイス(⁈)…

水のように流動的だった背景のイメージは、次第に円環の中に集まって来、ひとつの惑星のようにまとまる。巨大な舞台セットが一番生きるシンボリックな映像演出であった。

アコースティック・ギターの刻みと共に始まるさいごの曲、「いばら」。

4月3日から朝の番組『めざましテレビ』テーマソングとして放映され、早朝から聴き朝の戸を開いて来たひとも多いことだろう。Vaundyからのオマージュとエールが感じ取れ、Adoというアーティストの主題歌のようでもあり、同時にファン一人一人の主題歌にもなり得る。

(早業で)エレクトリックに変じて豊かに拡がる音楽に合わせ、火星に夜明けが訪れる。

これもライブ初披露なのにファンの一体感には、数年来のライブの定番といった趣がある。
石灰化しバラバラになっていた茨のイメージは、曲の進行と共に、ふたたび大きな茨の像を中央に結ぶ。
「準備はできた」ーAdoの声を受けて満場の歌声が響き渡る。
ここがそれぞれの痛みの先にあった未来だ。
たくさんの紙ヒコーキ(のように舞う青いハート型だと後に知る)が舞い落ちる中、丁寧にお礼を述べ、Adoはステージを降りた。

11 これぞSHOW

拍手と声を出しての「アンコール」コールが続く。
サポートメンバーの影が現れる。
1曲目は「逆光」。
また持ち上がる中央ステージ。
前奏からの掛け声。
従来の巨大なバックライトの画像はなく、MVが部分的に援用されているようだ。Adoは芸達者な謎の立方体から解放されて、束ねた長髪を背に揺らしながら、右へ左へと渡り歩いて歌唱する。衣裳チェンジがあったかは定かではない。光をオーロラ様に反射させる素材のケープか何かを身に着けているようだ。
サビで腕をぶん回す。
跳ねるビートがつむじ風を起こす。
ブレイク。続く「もう、怒りよ!」でペンラの赤いオーシャンがうねる。
火星の地下洞窟に集い、夜が明けても音楽パーティをしている情景。

アンコールありがとうございます…(おおきに)…とMCが入る。脱獄したので、したいことがあります。バズーカ。サンリオとのコラボキャラクター「アドローザトルマリィ」だったか、サイン入りグッズを放出すると言う。マイクを置いてカウントするので静寂に、と、Adoが静かにと言ったにもかかわらず「声出し」をする不届者がいる。バスっっっ。プレゼントがまとめて飛ばされた。

新曲「唱」(SHOW)。
アラビックな旋律に合わせ唐草模様の映像がうごめく。右へ、左へ、言葉のアラベスクを繰り出しながらAdoがステージを闊歩する。次第に民族楽器音も加わって行き、ボリウッド映画状態。

アンコールから、円環の左右にそれぞれ、筺体を二つ並べた程度の大きさのビジョンが設置され、シルエットの姿も中継されている。

民族楽器タブラはたぶらかすなの歌詞とシンクロ、サビになると愛嬌のある絵柄のゾンビが一列に並んでダンス、軽快にダンス。ホラーとボリウッドのアマルガムーー我武者羅洒脱法度shirt韃靼ぐでん句点流転無添数珠尼、そんで噛んでなんでundead陀、法螺掘る鯔彫り達磨舞う輪ーー場内は混沌となってボルテージを上げる。
(注 耳コピのため実際の歌詞とは異なります)

12 でっかい夢

熱気の収まらない中、真面目な話が始まった。
はじめに、マーズでこれまで以上のライブをお見せすると言った。
「マーズ」はAdoにとって「覚悟」。
『カムパネルラ』の後、いろいろ考え、自分一人のための夢というより、もっと大きなものを目指すのが良いのではないかと思い至った。

ー「わたくしは、本格的に世界に進出します。」

拍手と歓声が、ホールの空間にひときわ大きく反響する。
具体的には、3つある。

○グラミー賞を獲得すること。
○米国の音楽フェス、コーチェラに出演すること。
 (Coachella Valley Music and Arts Festival)
○日本の歌い手、アーティストが、誰も成し遂げたことのない規模の世界ツアーをすること。

話す順序は上の通りに、3つの目標が掲げられた。
圧倒されつつも、応援は一層高まる。
と言っても、とAdoは落ち着いて付け加える。特別に何かが変わるわけではなく、今まで通りの歌い手として、活動を続けるだけです、と。
人類が次に向かうべき場所は、Adoが次に向かうべき場所だと言う。

(挑み続けること、夢を追うことの大切さをAdoが言葉にすることで、どれだけ多くのひとが希望を持てることか。)

この3つを、どのくらいかかるかわからないが成し遂げたい。誰も見たことのない景色を必ずお見せしますと決意を述べた。ついて来てくれますか、の問いかけに、体感的には今日一番の声援が応える。
本当にさいごの曲となった。

ー「すべてのみなさんの夢が、輝き続けますように。」

「新時代」、との曲名紹介に合わせ、舞台前方で花火の火柱がスパークする。
アカペラなしで、いきなり重低音の前奏に入る。
「逆光」などもそうだったが、MVを援用しつつ、ウタの姿は一切映さず、トレードマーク的なモコモコした雲も、登場しない。Adoの想いがのった歌を聴きながら、ウタが登場しないことに、かえって感動している。
特殊効果もさいごに大盤振舞い。
炎、コンフェッティ・銀テープ。色彩の乱反射。
また炎。
火星での徹宵は火と共に明けた。

自ら荊棘の道を歩み始めたAdoの姿は消えて、ステージに残るのはイラストだが立体に見える青い薔薇。

送り出しの歌「心という名の不可解」が流れる。今更ながら、演奏されなかったことに驚く。

ホールの外は雷雨の後らしい。混み合う出口付近から湿った空気が流れこむ。地球はまだ宵の口だ。

梅雨のさ中に始まった全国ツアーは、りんどうの花が咲く中、終了する。

この時は誰も知らなかった。
ツアー「マーズ」にはまだ先があることを。

13 千秋楽

横浜アリーナ2days(9/16,17)。

不安定な気象と連日最高気温が30℃を超える厳しい残暑の中、2日目の日曜日、全国ツアー「マーズ」は「千秋楽」を迎える。

ツアー中と言うのは、うかうかして日々を送っている一観客にもなにかしらポジティブな効能をもたらすようで、そのひとつとして、11月に来日公演を控えるCOLDPLAYの新作を聴き直してみた。新作と言っても2年ほど前になり、その頃は気分的に敬遠していた。
「ミュージック・オブ・ザ・スフィアーズ」。
アートワークの架空の宇宙内には、土星型や無限大記号の天体に混じって、なんとキューブ型の星が。星についての記述もキューブ型の言語なので、読めないのだが。
…sphereと言えば、9月30日にラスベガスの巨大な球体型ステージ「スフィア」のこけら落としとして、U2の公演が行われたと報じられる。球体型の会場は全面LEDスクリーンで没入感がすごいらしい。VRゴーグルの対極にあり、しかも通じ合っているものか。両方を経験したとき、ヒトは何を聴き何を見るだろうか。

時系列があやしくなってきた。
と言うより、音楽を通して、時空を移動している。
音楽は旅だ。

…「マーズ」横浜アリーナ公演。ツアー最終日。

髪を染めたりゴシック風の格好をしたグループを見かけた。さすがにフラワースタンドも多い。衣裳とファンアートの展示場はずいぶん広く、今年の「ニコニコ超会議2023」に出された「Adoのクローゼット」(再現)も展示されていた。極小の宇宙だ。

本編のセットリストに変更はなかった。細かい感想は、ここまでの文に加味してあるので繰り返さない。
MCの声音には初めから、大阪公演とはまた違った、気合と良い意味での緊張感が漲っていた。
Adoにとって『カムパネルラ』は「夢」と「憧れ」、「蜃気楼」は夢の先にある未来を意味していたこと。ファースト・ツアーを通して、かなえた夢は「宝物」になり、ステージには幼い頃からの「理想」のアーティストとして立ち続けられるのだと気づいたこと。そして「マーズ」で何が表現されるのか、観衆はこれからたっぷりと体験させられる。

二度目のMCでは、前日の「下手」だったらしい語りと内容を挽回しようとして、また同じような袋小路にまよいこんだ様子だった。

「DIGNITY」を歌い上げ、「いばら」を歌い切ったところで演奏のアウトロ。茨の像は消え、背景は白一色となって5人のシルエットが浮かび上がり、本編はここで終了する。

……。

千秋楽のアンコールでも、まふまふ作成の「心という名の不可解」は歌われなかった。1stライブ「喜劇」から2nd『カムパネルラ』の夢を追う原動力の一つだった「憧れ」は、走り続けるAdoにとって、これまでにしっかりと歌えたという気持ちがあるのかも知れない。今回胸にしまって置かれたその想いは、海外に言及した決意のMCからも受け取れるはずのものだろう。披露されずツアー後も印象に残るのも凄いことだ。

また、前回ツアーでよく目にしたウタを想起させる装飾やコスプレを見かけなかった。「ウタの歌」に関連してつけ加えると、応援上映などで曲ごとのイメージカラーもあったはずだが、わたしたちは飽きやすいし忘れやすい。
ペンライトはとにかくRed Planet(火星)にちなんでか、火の星だった。アーティスト側に曲ごとに意図するカラー等がもしあるなら、基調となる推奨色を演出の邪魔にならぬようにまたはその一部として映像表示するのもありだろう。観客の幅広い年齢層を顧慮して、適宜、画像やMCにて着席を促したり、子どもの耳を保護するためのイヤーマフを貸し出すライブもある。

日本武道館を特別に意識して来たことはないようだ。会場規模の分岐点として2デイズを難なくこなしている。2日目の翌日は初音ミクの16歳の誕生日だった("FILM RED"のワールドプレミア上映および「ウタのLive」は武道館であったはず。10月20日から最終アンコール上映)。

孤独にこもるレコーディング時も、Adoは各曲の表情に自らを適応させて来たと想像される。七変化するその歌唱スタイルは、ライブという場においても、今ツアーでグルーヴ感を増したバンド演奏を完全に把握して、仕上げて来たのだろう。

後半の約3週間で日本武道館を含む6公演をこなして、規模の大きな会場にAdoなりのマイルストーンを建てた驚異的なパワーと集中力に喝采を惜しまない。

…まだアンコールがあった。

14 サプライズ、サプライズ

アンコールのイントロと映像が出ると、会場は一瞬で火がついた。

「Ready Steady」(Giga)。

7月末に公開されたカバー曲で、椅子に座っているらしい3人の歌い手のシルエット。歌唱パートにより、舞台下手(客席から向かって左側)からの影がそれぞれ吉乃、Ado、弱酸性と伝わる。吉乃の高音が聴く者を上へ上へと引っ張り上げ、弱酸性の低音が重力のちからを強める。宙吊りになったところで、Adoがトドメをさす、逃げようのないアンサンブルだ。

ひとしきり場内を沸かせた後、メンバー紹介がされる。吉乃、弱酸性共に「すばらしい景色」と「すばらしい声援」に元気いっぱいの謝辞を述べた。筺体は、紫、青、緑と3人のカラーに染まる。

まだまだ続く。
さらにドライブ感を増した「逆光」。こうなると誰もAdoを止められない。
前蹴り、腕の回転。のけぞるような姿勢のシャウトにホールが揺らぐ。
ベース(櫻井陸来)のキレもぶっちぎりだ。
地方公演はわからないが、今ツアーのアリーナ公演では、前ツアーの主要サポートメンバーのうちドラムスのみ交代している(今回は山本淳也)。バンドマスター・キーボードの西村奈央、ギターのCO-K両氏を含め、他アーティストのサポートを何年も続けて来たらしいバンドメンバーの強みが生きていた。
そう言えば、2時間半に及ぶ千秋楽公演の中でもバンド紹介がないのは少しさびしい気がした。

短か目のMCにて、Adoからファンへのプレゼント。しかも、2回。
マーズSHOWの「唱」TIME。新ゾンビ・デ・ダンスの踊り手は増えていただろうか。

呼吸を整えて締めのMCを聴く。
覚悟のマーズ。3つの大きな夢、目標。
人類が次に向かうべき場所は、Adoが次に向かうべき場所(つまり、Adoは可能性を追い続ける歌い手、アーティスト)。
とは言え特別に何かが変わる訳ではなく、今まで通り歌い手としての活動を続けること。

ー「マーズ」はこれで閉幕するが、自分にとって良い思い出となり、また宝物となった。それはいつまでも輝き続ける。
次の曲も、人生を大きく変えてくれた1曲。

ー「すべてのみなさんの夢が輝き続けますように。」

「新時代」。

名残を惜しむようにアウトロがたっぷりと奏でられ、「マーズ」は幕を下ろした。

…と、ステージ上ではまだ何かの続く気配が。

薄暗がりの中、一条の淡い光の下にてAdoが語りかける。

4つ目の夢、と口にする。
先の3つは、世界を見据えた目標。
4つ目とは、ここ日本国内でほとんどのアーティスト、歌い手が立っていない舞台。

ー「2024年。4月。27日、28日。」

ー「次は国立競技場でお会いしましょう!」

大歓声に包まれてステージは溶暗し、残るは一輪の青い薔薇。

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青い薔薇   La rose bleue
ADOROSA       La rose transformée
ADOIBARA       La rose pensante

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信念がAdoを強くする。
どこまでも自由に羽ばたけ。