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市島啓樹の12局(1)

はじめに

 市島啓樹氏が令和2年度の看寿賞を受賞されたとの報に接し、最初に思ったのは「やっと取るべき人が取ったか」ということだった。彼の実力からすればむしろ遅すぎたくらいであり、今回の受賞を我が事のように喜んでいるのは、きっと私だけではあるまい。実際、彼が最も活発に活動していた平成前半の活躍ぶりを知る詰キストなら、今回受賞した作以外にも彼の看寿賞レベルの作品を何作も挙げられる筈だ。
 しかし当然のことながら、詰キストは私のような古い人間ばかりではない訳で、あるいはこの受賞を契機として市島啓樹という優れた作家を知る方がいらっしゃるかもしれない。そうした人達の為に、ここで改めて彼の手による数々の名作・傑作を振り返ってみたいと思う。

           (1)市島啓樹

1 市島啓樹(11手詰)

          (詰パラ 平成8年7月号)

24香、イ22桂、同香成、同金、12馬、同香、31飛、同玉、23桂、同金、 32金迄11手詰。

イ22歩は12金、同香、同馬以下。
イ23歩なら32金、同金、同銀成、同玉、22飛以下。

 2手目桂合は12金、同香、同馬以下の変化で14飛を防ぐ意味。合駒を読ませておいて5手目にズドンと馬を放り込むという、この重量感ある捨駒に解答者は痺れるのだ。しかも玉方の12への利きを増やしてから捨てているので、余計に妙手感が増している。
 こういうのを見ると、やはり短編作家の生命線は、何よりも手の感触に対する感受性だという思いを新たにする。

           (2)市島啓樹

2 市島啓樹(29手詰)不利合の為の不利合

          (詰パラ 平成9年11月号、半期賞)

34金、45玉、44金、同玉、71角、53龍、同角成、同銀、45飛、同玉、  23角、34飛、同角成、36玉、37飛、26玉、15銀、同金、36飛、同玉、  37歩、26玉、66龍、同と、27歩、同玉、45馬、26玉、36馬迄29手詰。

 まず25金を消去するのは、後で23角と打つ際に14金を質にみる為の軽い伏線。問題は71角に対する合駒だ。ここで普通に歩合などとすると、同角成、同龍、45歩、同玉、23角と進み、34歩合としても同角成、36玉、37歩、26玉、66龍、同と、27歩で簡単に詰んでしまう。これは明らかに作意ではないが、では一体どこがおかしかったのだろうか?
 丹念に調べてみると、53合が何であっても先手は取った駒を直後に45に捨てざるを得ないのに気付く。この事実と打歩誘致の不利合駒がリンクしたとき、正解が閃く筈だ。そう、7手目は53龍なのである!わざと攻方に飛を渡し、その飛を45に捨てさせ、更に23角に対して34飛合と捨合をする。作者が言うところの「不利合駒の為の不利合駒」だ。この一連の玉方の深謀遠慮によって37飛、26玉の形は見事に打歩詰に導かれている。
 その後は飛を歩に打ち換えて手際よく収束し、全体を通して間然するところが全く無い。本作は、構想作の一つの理想形と言っても過言ではないだろう。

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