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私家版・近代将棋図式精選(42)

          (72)素田 黄「千山」 

72 素田 黄「千山」

          (近代将棋 昭和59年6月号)
           第63期塚田賞長編賞
 
 正直言って般若一族の作品はどれも複雑過ぎて、私にはどうも美しさが感じられないものが多い。だが、この「千山」だけは別だ。彼らは、既に知られた手筋を組み合わせるのではなく、盤上に存在する複雑なルールを解答者が手探りで導き出さなければならないタイプの作品を目指し、実際にそういう傾向の作をいくつか作っているが、本作はその中でも最も完成度の高い作品と言えよう。
 しかし、本作に対する近代将棋の森田さんの解説は(誌面の制約があったにしても)分かり難い。初めて読んだときも分からなかったし、今改めて読み返してみてもやはり分からない。柳田さんは看寿賞作品集の中で「『イオニゼーション』が日本一難しい詰将棋だ」と仰っていたが、私にとっては「千山」が最も手順構成を掴みにくい作品のように思える。そこで今回は異例ではあるが、途中図をふんだんに使い自分なりにかなり詳細に分析してみた。読者の方々にも、この手順を成立させている論理、そして作品の素晴らしさが伝わってくれたらと思う。

36香、35飛、同香、43玉、55桂、54玉、32馬、55玉、65馬、46玉、
47馬、35玉

          (12手目の局面) 

72-1 素田 黄「千山」


 2手目に玉方が35に何か捨合をしないといけないのは分かるが、作意は飛合。しかしまずは、香合をした場合の図において変化を調べてみることにしよう。 この場合、2回転目の手順は次のようになる。

       (2手目香合をした場合の12手目の局面)

72-2 素田 黄「千山」(2手目香合の場合の12手目)

37香、(イ)36香、同馬、34玉、14馬、(ロ)35桂、同香で作意35手目に短絡

       (2手目香合をした場合の19手目の局面) 

72-3 素田 黄「千山」(2手目香合の場合の19手目)


(イ-1)飛合は同香、25玉、15飛、同玉、37馬以下。
(イ-2)金合は同香、25玉、26金、14玉、15歩、23玉、32銀以下。
(イ-3)桂合は同馬、34玉、14馬、35香、同香で、やはり作意35手目の局面に短絡

 これらの変化を見ていると、以下の事実が分かってくる。

(a)玉方は36に飛合、金合ができない
(b)特に、35玉の時点で攻方の持駒を飛香にしてはいけない。
(何故なら37香、36合、同香以下イ-1の筋が成立するから)

(ロ-1)飛合は同香、43玉、55桂以下(b)に抵触する。
(ロ-2)金合は同香、同玉、36香、46玉、24馬以下。

ロ-2の筋は持駒が桂桂であっても同香、同玉、47桂以下詰むので、35には常に金合が出来ないことも判明する。つまり、
(c)玉方は35に金合ができない

(a)と(c)より、要するに玉方の合駒として金が出てくることはないということが分かった。

ここまでで分かったことを纏めると
(fact1) 35合は飛、桂、香のいずれか
(fact2) 36合は桂、香のいずれか
(fact3) ただし玉方は、35玉の時点で攻方の持駒を飛香にしないようにする

となる。では、これらを踏まえてもう一度作意順を追ってみることにしよう。
          (作意12手目の局面再掲) 

72-1 素田 黄「千山」


37飛(ハ)36香、同馬、34玉、14馬、35香、同飛、43玉、55桂、54玉、
32馬、55玉、65馬、46玉、47馬、35玉

          (28手目) 

72-4 素田 黄「千山」(28手目)


 攻方は香の代わりに飛を貰っても同じように37に打つしかなく、玉方は
3筋に連続で香合をする。35に飛合ができないのは(b)に抵触するからだが、なぜ桂合ではなく香合なのだろう?その訳は、もう一回転することで明らかになる。

37香、36桂、同馬、34玉、14馬、35桂、同香、43玉、32馬、52玉、
41馬、43玉、55桂、54玉、32馬…47馬、35玉

          (48手目) 

72-5 素田 黄「千山」(48手目)


 攻方は持駒に桂が2枚揃ったところで32馬-41馬と手を変える。このとき62玉の変化が桂桂でないと詰まないのだ。この事実に気付くと同時に、何故2手目香合では駄目だったのかも分かる。つまり、二回転目に持駒にもう桂が2枚揃うので、作意より一回転少なく32馬以下の順に入っているのだ!更にこのことから、持駒に桂が2枚あるときのみ知恵の輪の鍵に当たる手が入ることも分かる。(ちなみに、この52歩消去は後の二歩禁を回避する伏線である)

(fact4) 玉方は、なるべく攻方が桂2枚持つのを遅らせる必要がある

 しかし、これでもまだこの作の全貌を暴いたことにはならない。作者は更にもう一段仕掛けを用意している。

37香、36桂、同馬、34玉、14馬、35飛、同香…47馬、35玉

          (64手目) 

72-6 素田 黄「千山」(64手目)


 次の合駒の順序は非限定ではないのか(桂-香でも香-桂でも同じ)と思ってしまうかもしれないが、何と35の合は飛合だ!これは、55桂のところ32銀としたときの変化にその意味付けが隠されている。即ち、32銀、54玉、56飛に対し55香合で逃れる為の不利合駒だったのだ!ということで、攻方も桂2枚持ってはいるが、もう二回転して再度玉方に合駒を伺うことにする。

37飛、36香、同馬、34玉、14馬、35香、同飛…47馬、35玉

          (80手目) 

72-7 素田 黄「千山」(80手目)


 28手目の局面と比較すると、実に50手以上もかけて52歩を消去したことが分かる。収束はもう目前だ。

37香、36桂、同馬、34玉、14馬、35桂、同香、43玉

          (88手目) 

72-8 素田 黄「千山」(88手目)


 とうとう、攻方は持駒に桂が2枚あり、かつ玉方の持駒は飛か金しかないという局面が巡ってきた。ここで32銀として、やっと迷宮の堂々巡りに終止符が打たれることになる。

32銀、(ニ)54玉、56香、55金、同香、同玉、56歩、46玉、47金、35玉、
36金、34玉、43銀、同玉、55桂、52玉、41馬、62玉、63桂成、71玉、
72歩成、同金、同成桂、同玉、84桂、81玉、82歩、同玉、93歩成、
同玉、92金、94玉、85馬、83玉、74と迄123手詰。

(ニ)52玉は41銀、62玉、74桂以下。

          (詰め上がり図) 

72-9 素田 黄「千山」(詰め上がり)


変化ニを見れば分かるように、攻方は持駒に桂が2枚ないとこの順に入れない。また、予め二歩禁を回避しておいたのも、作意を見ればその意味は明らかだろう。
 1サイクル毎に2回の変則合を含む馬追いに実に複雑な意味付けを施して、合駒が毎回変化する不規則趣向に仕立てた作者の創作力は素晴らしい。古今の知恵の輪趣向の中でも最上位に位置する傑作と言えよう。

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