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温故知新(詰パラ353号)

 今日は詰パラ353号(昭和60年7月号)を読んでみよう。忘れもしない、近代将棋の小さな囲み広告を見つけて申し込み、初めて手元に届いたパラがこの号だった。ちょうど看寿賞の発表もあり(長編賞が添川さんの「帰去来」、中篇賞が山本民雄さんだった)、初めて見る本格的な詰将棋の世界にわくわくしたことがつい昨日のことのように思い出される。

 さて、今日も学校からまた2作ほど引用してみよう。

           小林敏樹

(詰パラ 昭和60年7月号)

39香、同馬、33飛、22玉、13飛成、同玉、23角成迄7手詰。

「無駄合」ルールを必要としない遠打の原理図。当時、これを解くのに二週間くらいかかった記憶がある。解けたときはそれはもう嬉しくて、近くの将棋仲間の家にお節介にも「こうやれば詰むんだ」と手順の説明をしに出かけたのだった。懐かしいなあ。

           小西逸生

(詰パラ 昭和60年7月号)

12金、同玉、14香、同銀、22飛、13玉、24飛成、同馬、31馬、23玉、22馬迄11手詰。

 何の変哲もない手筋ものに見えるが、これでもこの月の首位作である。作者名に「小西逸生」とあると、その詰将棋が私の目には手作りの郷土玩具のように見えてくる。特に凝った作りでもないし、洒落ている訳でもない。でも何ともいえない味わいがある。

 よく「客観的な評価のため」として作者名を伏せて出題することがあるが、私はひそかに「そんな客観性なんかくそくらえだ」と思っている。作者名に「小西逸生」或いは「吉田健」とあることで、ごく普通の手筋や銀生が光り輝いて見える。そういう美しい誤解の方が、薄っぺらな客観性なんかよりずっと深い意味を持っている。

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