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「生きた歴史」に挑む/遠藤美幸


「生きた歴史」に挑む

遠藤美幸

戦場体験者がまもなく一人もいなくなる。でも遺された「歴史」を見つけ出し、感じることは非当事者の私たちにもできるはず。たとえば戦場跡や戦争遺跡や資料館などを訪れてみる。戦争のリアルを想起できるような「現場」に立つとふと感情が揺れ動かされる瞬間に出会う。このようなエモーシャルな体験が戦争を知るモチベーションに繋がるのだ。

モチベーションアップの実例を紹介しよう。慶應義塾大学日吉キャンパス(横浜市港北区)の敷地にある連合艦隊司令部地下壕および地上の施設(校舎や寄宿舎やチャペルも含む)の見学をお勧めしたい。実は、私は2012年から日吉台地下壕保存の会のメンバーとして見学ガイドをしている。戦時中、軍隊と縁遠いはずの大学キャンパスまでが海軍の施設として利用され、学生たちは勤労動員や戦場へ向かい、学舎からは学生の姿がなくなった。

日吉で巨大地下壕の建設(延長2600キロ)が開始されたのは戦争が終結する1年前。1944年8月中旬に約2400名の設営隊が編成され、民間業者の協力も得ながら、9月から急ピッチで工事が開始され、驚くべきことに11月には全部ではないにしろ、地下壕は使用可能となる。日吉の地下壕は本土決戦のために建設され、水際で米軍を撃滅するために様々な特攻兵器が開発準備された。1945年4月、日吉には連合艦隊司令部だけでなく、海軍総隊が置かれ、海軍のありとあらゆる指揮系統がここから発令されるようになるのだ。

地下作戦室(左は暗号室・電信室への通路)

暗闇の中、懐中電灯を頼りに地下壕の通路を歩いていくと一番奥まった地下壕の中枢部の作戦室にたどり着く。地下30メートルの作戦室で、私は長い間聞き取りをしてきた岩井忠正さん(1920-2022年)の話を必ずする。

忠正さんは慶應大学文学部哲学科(予科)の2年時にいわゆる「学徒出陣」で横須賀の海兵団に入団した。 

「どうせ死ぬなら潔く一発で」との思いで特攻隊員に志願。最初に、1.6トンの炸薬を装着した人間魚雷「回天」の特攻隊員として訓練を受けるが、全長15メートルの実物の「回天」を目の当たりにした時、上官から「いいか、これが貴様ら棺桶だ!」と叫ばれて、死ぬ覚悟はできていたはずなのに「ゾッとした」と語る。その後、1945年6月に久里浜(神奈川県)の人間機雷「伏龍」の部隊に転属となる。無謀で非合理的な特攻兵器に優劣をつけること自体愚行であるが、「伏龍」ほど奇妙で成算がない特攻兵器はない。生身の身体一つと、粗末な潜水服と性能の悪い呼吸装置を背負い、武器は2.5メートルほどの竹竿の先端に装着した機雷(炸薬)で、海底を徒歩で移動し、敵艇を海低から突き上げる。誰が考えてもうまくいきそうもない最悪の「自殺兵器」だ。忠正さんは、「そもそも海底が暗闇で視界が閉ざされ、さらに潜水服が重すぎで簡単に歩けないし、頭も上げられないから、海底から突き上げるなんてことはできやしない」と語る。結局、「伏龍」は実戦には使用されなかったが、訓練中に若い隊員の多くが命を落とした。

忠正さんは2022年9月に102歳で亡くなられた。以下は、忠正さんの次世代に向けた「遺言」である。

死ぬことは我々世代に課せられた避けられない運命だと覚悟し、どうせ死ぬなら潔く死のうと特攻隊を受け入れた。しかし、戦争が間違っていたことを薄々知りながら、易々と海軍将校になり特攻隊まで志願した。死ぬ覚悟があったなら、死ぬ覚悟で戦争に反対すればよかったのに、時代の流れに迎合してしまった。皆さんは私のマネをしてはいけない。

さらに、特攻隊を美化しちゃいけないと力を込めて訴えた。

遺書などで勇ましいことを書いたとしても、本音が書けない、本人はつらい、死にたくなかったことを知ってほしい。

無謀な戦争遂行を支えた海軍の拠点がこの日吉にある。通常の作戦室は地上の寄宿舎内であったが、地下地上を問わずこの日吉からあらゆる命令が策案され発せられたのだ。運よく生還した忠正さんの魂のこもった言葉を、特攻命令を出した暗闇の作戦室で見学者に語る意味は極めて重要だ。臨場感が半端ない。その瞬間、過去の戦場と私たちがふと繋がる瞬間に出会える。このように「生きた歴史」に触れることは今でも可能なのだ。

(左)岩井忠正さん、忠正さんの娘さん、(右)弟の忠熊さん、忠熊さんも元特攻隊員

遠藤美幸 1963年、秋田県生まれ、神田外語大学・埼玉大学兼任講師。イギリス近現代史、ビルマ戦史研究者。不戦兵士を語り継ぐ会共同代表。主な著作に、『「戦場体験」を受け継ぐということ』(高文研、2014年)、『悼むひと』(生きのびるブックス、2023年)、『戦友会狂騒曲』(地平社、2024年)などがある。

『戦争のかけらを集めて』担当章
「不戦兵士の会 元兵士と市民による不戦運動の軌跡と次世代への継承」



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