【元3佐が解説】『海自トップ、引責辞任|無資格隊員ら10年近く違法運用』にみる現場を覆う『言ってもムダ』という諦め

特定秘密が無資格隊員によって運用される『真の問題点』とは?

海上自衛隊の護衛艦隊10隻以上の艦艇が関与する安全保障の機密情報「特定秘密」の違法な扱いが続いていた問題について、元自衛隊3佐の視点から『真の問題点』を明らかにします。

この問題は、2014年に施行された特定秘密保護法が適切に運用されていなかった事実が明らかになり、日本と諸外国の防衛・外交関係に多大な影響を与えるものとなります。

私自身自衛官として勤務している間、適正評価を受けた後にのみ「特定秘密」に指定された情報を扱うことが許されていました。
特定秘密を取り扱う前に行われる適性評価では犯罪歴や借金、精神疾患の有無、飲酒傾向などが調査され、自衛官以外の友人や知人の連絡先も記載する必要があります。

報道によれば、違法運用が10年近く続いており、法の施行から「一度も適正評価を受けていない」という事態が発覚しました。特定秘密保護法を完全に無視した行為であり決して許されるものではありません。

ただし、私が問題視するのは、法律の無視そのものではなく、問題を放置してしまう、『言ってもムダ』という組織体制です。

疲弊する現場と『言ってもムダ』な空気感


日本の安全保障環境は目まぐるしく変化しており、自衛隊は日々、新たな事象に対応することが求められています。従来どおり大規模災害が発生すれば、そちらに対応し、北朝鮮がミサイル実験を行えば、それに対応し、そして、その傍ら「宇宙・サイバー」といった新しい領域の防衛力を構築しなければなりません。
しかし、実際の現場では、定員を割る人員での業務遂行が求められ、日々のルーチンワークに追われる中で、新たな装備やシステムの導入、安全管理や人事管理等に追われ、現場は「完全に」疲弊しています。

このような状況で業務をおこなっていると、「言っても無駄」と感じさせる雰囲気が現場を覆ってしまいます。上記のとおり、自衛隊そのものは火の車。
幹部自衛官は残業代もなしに月100時間以上の残業をし、業務を行っています。そんな多忙な幹部自衛官に下士官が何か問題提起をしたとしても、聞いてもらえるわけがないのです。

しかも、自衛隊のトップダウン式の組織文化では、上位からの命令が絶対とされ、「上がやれと言うから何とかやる」という献身的な努力が求められます。
このような献身が、時には法令よりも優先されることがあります。
なぜなら、法令を遵守するよりも、上官からの叱責を避ける方が個人にとってリスクが少ないと感じられてしまうからです。

こういった背景から、現場には「言ってもムダ」という雰囲気が蔓延してしまうのです。これは決して海上自衛隊だけの問題ではありません。
私が4年前、現役で勤務していたときですら、「もう色々言うのは諦めました……僕の処遇が悪くなるし、嫌われるだけなんで…」とうなだれる隊員を何人も見てきました。

防衛省は美辞麗句をやめ、現場を見よ。

おそらく現場の隊員は知っていたはずです。

自身が取り扱う秘密が特定秘密に該当していたこと、
自身が法律に基づく適性評価を受けていないこと、
そのうえで彼らはこう言うはずです。
『黙認されていたので問題ないと思っていた』と。

ですが、特定秘密に関する処分は決して軽くなく、昇任や評価に多大な影響を及ぼし、自衛官としてのキャリアは台無しになります。

本件が明るみになる前は、心の中ではこう思っていたことでしょう。
・『言ってもムダ』だからそのままそっとしておこう、
・問題になれば自分にも不利益があるし、周りにも迷惑をかけることになるかもしれない。だからじっとしておこう…

幹部が下士官からの声に耳を傾けない状況では、部下からの問題提起は意味をなしません。
問題提起が意味をなさなくなると、「言ってもムダ」という状態が常態化し、組織内の改革が進まない一因となります。

防衛省が行うべきは、「規則を厳格に適用」することや「厳正に対処」するといった美辞麗句ではなく、「言ってもムダ」という雰囲気を打破することです。

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