トーチトワリング事故と教師の業務遂行義務感について

トーチトワリング事故において判明したこと

1、教師が灯油を絞らずして生徒にトーチ棒を渡す

2、骨折している生徒(被害者証言)も参加させ、片手で演舞させる

3、教師が被害児童を倒し(被害者証言)、足で火を消す消火活動を実施する

4、教育委員会への報告が速やかに行われず、また事故直後救急車などを呼ばなかった

これら1から4までの事項はある共通点で繋がる。

そのキーワードは、教師の業務遂行義務感である。

1については、灯油をなぜ絞らなかったかについては、途中で演舞が止まるのを警戒したものと思われる。トーチトワリングマニュアルにおいては、具体的数値として灯油量が記載されていないため、教師は具体的にどの量が約3分から5分までの間火が鎮火せず演舞が滞りなく実行できるのかがわからないため、絞らずに渡したと推定される。万が一火が消え、演舞が中断したらまた新たに火をつけるなどの手間がかかるからだ。

2骨折している生徒の参加は、つまり、メンバー入れ換えをすることが煩雑であったと推定される。仮にこの生徒の真摯な希望によりトーチをやりたいと教師に伝達したとしよう、それは教師は許可すべきではないのだ。その根拠は、豊橋市トーチマニュアル記載にもある、着衣着火したときの姿勢が非常にとりにくいからだ。

3事故を大袈裟にしたくないとの抑制が強く働いた

教師にとり教育は業務である。業務というのは滞りなく実施しなければならない、これはプロだからだ。しかしその意識が強すぎると、生徒への安全配慮義務よりも優先してしまう。教師の目線は、自分の仕事にあり、生徒親の視点はこれからの人生にある。

今回の事故で、2の被害児童を突き飛ばして足で消火活動を実施したのは、もしかすると、自分が考えた滞りなく実施できたはずのトーチトワリングが、ある生徒の失敗によりそれが阻害されたため、その悔しさが、彼の無意識にあったのかもしれないと考える。

合理的に考えれば、火がついた服を大人が足で踏むことにより、皮膚と火が密着し火傷の深くなったりする障害を負うことも想定される。確かに、火を窒息させることの手段として火の息の根を止めるために緊急的に足で鎮火するというのも考えられなくはない。しかし、この学校では、着衣着火の鎮火方法について教育はしていなかったために、教師が火の窒息方法として足で消すという行為は、もしかしたら、鎮火というよりは別の意識が働いたとも言える。

教師は仕事を回すのにその行為の視点が注がれ、そしてよい評価を受けたい。

業務として請け負っている教師、それはあくまでも職業教師である。トーチ事故の失敗の原因は紛れもなく教師側にあったと結論できるが、火を見て気が動転し、人道的にも効果的にも全く推奨されない足による鎮火はなぜ実施されたのかの背景を推測してみた。

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